ぬるいですがグロ注意。
「遅いわよ、所木。何してたの。」
「ごめん御影、ちょっと手間取って。」
「あそ、らしくないわね……まぁいいわさっさと行きましょ。」
 いつもながら恐れ入る。
 なんでモップごときで人殺せるんだ。

ブチこわしてくよ

「何見てるの。」
 御影がいぶかしそうに僕を睨んだ。僕がしたいから目を離すと、彼女は追い打ちをかけるように重ねる。
「死体なんて見て楽しい?もう生きてないモノを見て一体何が楽しいっていうの。」
 そうだね、ごめんごめん。曖昧に返しながら、僕は内心で皮肉を言う。 違うだろ?生きてないモノ、じゃなくて。
 ____殺せないモノ、だろ?
「よくモップなんかでこんな人数殺れるなって……感心して。」
「酷使しちゃってるから、そろそろ変え時かもだけど。」
「33代目、だね。」
「何が?」
「そのモップ取り変えたらだよ。」
 32代目殺人兵器をな。
「そーね。ちょっと使い過ぎかしら?」
 使い過ぎ=殺し過ぎ。その等式は成り立ってしまう。御影は、ちゃんと分かっているのだろうか。
 僕達がしていること。殺戮の罪深さを。 「って、そんなことどうでもいいのよ。行きましょ、次の戦場に。」


 いつからこんなことになったんだっけ。確かテストが終わって、一月ぐらい経ったある日のことだったと思う。おそらく物理の授業中。突然スピーカーから、無機質なアナウンスが_____どの先生の声でもない、女性の声が聞こえてきて。
「わが祖国の皆様、行動を開始して下さい。」
 一部のクラスメイトが、床板を剥がしてマシンガンを取り出し。 乱射した。


 日本が戦争をしているのはもちろん、知っていた。ニュースとかでやってるから。プロ野球速報の次くらいにだけどね。 本土攻撃がないなら、ハラハラするのは自衛隊とその家族のみなさんだけ。僕にはてんで関係ない。
 そう、思ってたのに。
 まさかこんな、テロという形で、戦争の害悪が降り掛かってこようとは。
 政府は僕らを見放した。完全に閉じ込められてるんだ、僕らは。こんな狭ーい戦場に___本来なら、味方となってくれるであろう人たちの手で。だから、まだ若い僕らが青春を満喫しきる為には、戦わないといけない。
 殺らないといけない。この手で。


「所木。」
 短く強く、御影が僕の名を呼んだ。反射的に僕は動きを止める。
 御影は低くうなるように、実に嬉しそうに呟いた。
「いるよ、この教室。」


 甘木御影。この戦争が始まるまでは、同級生以上でも以下でもない、………ちょっとかわいいクラスメイト、だった。
 だって御影は、本当にまるで影のように、そこに存在しているだけだったんだから。____僕と、同様に。


 さて、始まりの日。級友達が放つ凶弾にばたばた倒れる級友達を、僕は無関心で眺めていた。
 だって、ねえ。僕は別に、どっちでも良かったんだもの。 今ここでこんなことで死ぬなら、それは決められた運命だ。逆らったってろくなこたあない。時の流れに身を任せ、って誰かさんも歌ってたしね。
 そんなとき、違うグループで実験していた御影が、カツカツと僕に近づいてきた。上履きなのに、ヒールみたいな音、立てて。
「いい目してるね、同級生。」
 まるでいつもと変わらない速度で歩いているていうのに。テロリスト達だって銃撃の手は止めてない。なのに____弾は不思議と当たらなかった。いやむしろ銃弾の方が、御影を避けているみたいだった。
 関わりたくない、と。
「僕の名前は同級生じゃない、所木だ。所木和弘。」
「あっは、あははははは!!変なヤツねえ!こんな状況で___落ち着いてるのね。」
 なにが可笑しかったのか。御影は高く笑い声を上げて。 聞いてるこっちがおかしくなりそう。
「甘木こそ。」
「のんのん、私のことは御影と呼んでよ、かずひ____」
「やめて」
「……ん?」
「下の名前で呼ばないで。なんか、くすぐったいから。」
 はっきりと拒絶する。裏の意味も匂わせて。 本当は意味なんてないけどさ、馴れ馴れしいのが嫌いなだけ。
「んん?まあ、どうでもいいか。ふふ、所木。」
「何?あま____御影。」
「そーそー、それでいいのよ。さあ、ところで所木、」

「生き残るつもりある?」

「___それは、運命に任せるつもりで居るよ。」
「ひゃはは、ひゃっはっっははは!やっぱり変なヤツね、所木。ならば私が、その、運命とやらになってあげるわ。」
 さっきより数段狂った笑い声を奏でると、御影は。ひどく陰湿でいやな笑みを浮かべて。
「まあ、見てなさいよ。」
 掃除用具入れから、モップを一つ、取り出した。


 そこから先はあっという間。
 銃器と掃除用具なんて、結果なんて見えてたはずなのに。気付けば形勢逆転、競馬だったら大穴、一発で億万長者。
「きゃあっっは!ひゃははは!あああああああははははっはっはははは!」
 悲鳴なんだか笑いなんだかよく分からないような奇声を上げて、御影は殺戮を繰り返す。
 ぐちゃ
 びちゃ
 ばき
 ごりっ
 どしゃ
 奇声を鼓膜からシャットアウトすれば、聞こえてくるのはそんな効果音。やっぱりゲームと違って生はいいね。迫力が違うよ。
 そんなことを思いながら、僕は頬杖ついて、その殺戮ショーを観劇していた。

 テロリストどころか逃げ惑っていた同級生たちをもぐちゃぐちゃにして、やっと、御影はこちらを向いた。いや、思い出したという感じだけど。
 あーあーあー真っ赤っか。掃除すんの大変そうだ。僕、今週物理実験室担当なのに。
「うふふふふふふふ、本当に黙って見てたわね、所木。疼くものは、なかったの?」
 とてもとても楽しそうな笑み。校外授業でもこんな顔しなかったのに。
 君の中の何が満たされたっていうのさ、御影。
 とりあえず、問いには答えなければ。
「___あったよ。腹の底がくすぐったいような、じっとしてらんないような、変な気分。」
「やぁっぱりね!きゃはは!!私の思ったとおりだわ。」
 御影は再び高く笑って、僕の顔にずいっと、その整った___血まみれな___顔を近づけた。
「その目を見た瞬間からずーっと思ってた。君は、」
 どたどたと足音がする。テロリストの仲間が応援に駆けつけたんだろう。三番目に御影に殺された級友が、何やらトランシーバーでしゃべっていたから。
「____ふふ。ねえ、今から来る奴らは君が相手しなよ、所木。」
 ぺろり、と御影は唇を舐めた。
「君はきっと、」
 テロリスト達が辿り着き、銃を構える。異国の言葉で、何事か喚き散らす。 一応習ったであろう日本語を、使うつもりはないみたいだ。
 それは同時に、僕達を、
 生かして返すつもりはない、と。
 御影は無言で、白から赤にカラーチェンジしたモップを手渡す。 僕もまた、無言で受け取る。
「君はきっと____」
御影は僕の肩に手を置き、艶めいた声で囁いた。
「私と同じ人種だよ、所木。」

 そして今。
「さあ行くわよ、所木。」
 さっきよりも目に見えて楽しそうに御影は笑う。これから、思う存分殺れるもんな。
「うん。」
 今は生き死にを、運命に任せようとは思わない。自ら生を勝ち取ってみせる。何故だか殺せば殺すほど、そんな風に思えてきたんだ。
「ふふふふふふ、さあ、所木。」
 御影が目を爛々と光らせる。唇をぺろりと舐めて、彼女は色っぽく命じた。

「ブチ壊してくよ」
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