できる?
和弘がそう、問いかけてきた。できるだろうか?俺なんかに。
でも。
できるできないは考えるな、と、アイツは言った。その通りだと俺は思った。できるできないは、どうでもいい。俺は、したいことをするだけ。
兄さん、俺は。
あなたを一人にしたりはしません。
「決意があるならそれでいいよ。僕は君のしたいことを手伝う。君は僕の、親友だから。」
ありがとう。
「行くぞ。」
もう一人の親友が言った。俺は大きくうなずいて、銃を、握りしめた。


「オールクリア」
ノユちゃんの機械的な声が、廊下に響く。戸羊さんも同じく、機械的な声で返す。
「こちらのダメージ?」
「ゼロ。」
出てっても平気だよ。戸羊さんは言った。俺らが教室から出て廊下を覗くと、ノユちゃんは頬を拭った。駆け寄る。
「じつを言うと、ちょっとかすった。」
「そうか。大丈夫かな?絆創膏、貼る?」
「へーきだよ、にーやん。」
悠、ほら。和弘が俺の肩を叩いた。校長室だよ。
「しばらくはテロリストも気付かないさ。行っておいでー。」
十緒美先輩が頭を撫でてくれた。それでも迷っていると、虎が俺の背中を、ばしっ、と叩いて。
「さっさと行ってこいよ。来ちまったとしても、邪魔なんかさせねーからよ。」
ドアの前に立つ。俺はきっかり三回深呼吸してから、そのドアを開いた。


「…………何の用だ、悠。」
殺されにでも来たか?
蔑むように兄は笑った。日本語、だ。
『違うよ。俺は兄さんに、言いたいことがあって来たんだ。』
俺が母国語を口にすると、兄さんは少しだけ、驚いたような顔をした。
『今さら俺に何の話だ?話すことなど、もうないだろう。』
分かってないなぁ、やっぱり。
黙って拳銃を取り出し、銃口を向ける。一瞬、兄が寂しそうな目をしたのを、俺はもう見逃さなかった。
『____なるほどな。殺されにではなく殺しにきた、という訳だ。』
兄さんはイスから立ち上がり、俺の目の前に立って、銃口を自らの胸に押し付ける。
『撃てるものなら撃ってみろ。撃てるのだったら上出来だ、死ぬ直前に褒めてやるよ。』
“撃てる”と思っているのでしょう?兄さん。なのにそんなこと言ってるんだね。
バカじゃないの。
『上出来、か………兄さん。』
撃鉄を起こす。引き金に、指をかけた。
『兄さんは…………分かってないよ。』
ぱん。乾いた音が響いた。


…………え?
俺、撃たれたんじゃ、ないのか?
『あのさぁ兄さん。』
俯きっぱなしのユウが、声を出した。肩をわななかせながら。
『あんたバカなんじゃないの!!?』
はぁ!? 思わず素っ頓狂に声をあげる。ユウは銃を床に叩き付けて、顔を上げた。
『バカじゃないの、本当にバカなんじゃないの、俺が兄さんを殺せると思う訳!?できるわけないじゃん!!ちょっと考えれば分かるでしょ、もっと兄さんは頭いいと思ってたよ!!』
『………っ、お前こそ、バカなんじゃないのか!!』
ユウの胸倉を掴む。ユウは少しだけ、俺を睨んだ。
『こんなところにのこのこ一人でやってきて、殺されててもおかしくないんだぞ!なぁ相手は俺なんだよ、何しでかすか分からないだろ?何で来たんだ、少しは考えろ。』
『分かるよバーカ、兄さんが俺のこと殺すワケない。』
少し、むっとくる。
『だからお前に何が分かるんだよ!?何を根拠にさっきから、』
『根拠なんてあるワケないでしょ!?そんなもの必要ないもん!!だって、だって俺はっ、兄さんの弟なんだよ!!』
理由なんてそれだけでいいじゃん。
ユウに言われて呆気にとられた。何を言ってるんだ、コイツは。思わず手を放す。
『生まれた時にはもう……俺のそばにはあなたが居たんだ、兄さん。ずっと一緒に居たんだよ。分かるよそれくらい、兄さんの気持ちくらい、分かるよ。本当は今までだって、心の奥では分かってたんだ。確かめるのが怖かっただけ。兄さん、あなたは俺を嫌ってなんかない。そうでしょ?俺が兄さんのこと大好きなのと、その好きと同じくらい、俺のこと好きなんでしょ?』
何言っても、無駄だから。ユウは付け加えた。そうです俺は甘ったれです、根性なしです、優柔不断です。だから好きな人を嫌うだなんてできないです。だって、好きなんだもん。兄さんがたとえ俺を嫌ってたとしたって、そんなことは、どうでもいいんだ。
『………人の気も知らないで。』
俺は小さく呟いた。
『やっと、やっと嫌われた、と、思っていたのに………大嫌いだと言ったじゃないか、俺に。アレは一体なんだったんだよ?』
『強がりに決まってるでしょ、そんなの。』
『____お前はいつも、』
期待外れだな。
言うとユウは、すねたようにそーですか、と返した。
お前何なんだよ、ユウ。好きか嫌いかなんて、好きに決まってる。それを隠してわざと遠ざけて、なのに一つも気付かないでわざわざ迎えにきやがった。やってられない。
『突き放しても追ってくる、冷たくしてもついてくる。俺はもう、どうすればいいか分からない。何をすれば、お前は俺を、嫌うんだ?』
分からず屋、とユウは言った。嫌うことは絶対ないの、一生、永遠。何度言ったら分かるのさ。
俺は半ばヤケになって応えた。
『………あぁそうだよお前の言う通りだよ、俺はお前が大好きだよ。昔も今も変わらないよ。だからこそ俺はお前に嫌われようと、』
『何、俺と一緒に居ちゃ行けないとか、言い出すつもり。』
多少、怒りがこもっている。怒り、か。お前が俺に、ね。
『随分察しがよくなったな。お前、何か取り憑いてんじゃないのか?』
『兄さんはしばらく会わないうちに随分鈍感になったよね、何かに呪われてんじゃない。』
何キレてんだよ。若干面倒になって返す。ユウはますますイラついた。
『お前は、俺と一緒に居ちゃダメだ。』
『どうして。』
『今から言うから少しは待てよ……俺は、お前とは違うんだ。』
俺は静かに、続けた。
『お前は分かってないようだがな、お前は俺より優れてるんだよ。俺は、場違いだ。この世に嫌われてるらしい。生まれるべき場所を……間違えた、みたいだ。』
ユウはあからさまに戸惑っていた。俺は畳み掛けるように言葉を発する。
『疎外感、って分かるか?俺はずっとそれにつきまとわれてる。お前は違うだろ?それはお前が、この世に好かれてるからなんだよ。俺と一緒にいたらお前まで嫌われる。それは嫌なんだ、こんな思いは、して欲しくないから。』
『え、ちょっと待ってよそんなのおかしい、』
『自分で作った壁だけど、俺はここから出られない。出るつもりだってない。お前はこっちに来ちゃダメだ。お前には、友達が沢山居るだろ。お前のことを愛してくれる人は俺以外にも沢山居るだろ。俺だって愛してる、でも、俺が居なくても、平気だろ?』
俺は微笑むことにした。そんな顔してるんだろうな、俺は。取り繕えてる自信がない。涙が出そうだ、だけど、泣いたらコイツは引き下がろうとはしないだろう。俺はいいんだよ、ユウ。何でお前が泣きそうな顔するんだよ。そんな顔、するな。
とん。ユウの胸を軽く突く。
『行け。お前は明るいところで幸せになれ。もうここから出ていいよ、テロなんてやめだ、だから早く幸せになれ。俺も好きだよ、いつまでたっても愛してる。一緒には居れないけど、お前のこと、大好きだ。だからさよならだ。振り返んな、さっさと行け。お前が幸せで居てくれれば、俺は、それだけで救われるから。幸せになってくれよ。』
ユウは俯いて唇を噛んだ。震えている。つらいだろうが、分かって欲しい。俺は幸せであって欲しいだけだ。お前に笑っていて欲しいだけだ。俺は独りでも平気だから、俺のことなんか忘れてしまえ。 その時だった。
『______な、』
『え?』
『ふざけんなって言ってるの!!!!』
ユウは俺に抱きついてきた。引き離そうとする。離れない。戸惑う。
『何ソレ、そんなの知らないよっ!!出られないってそんなの、そんな壁、兄ちゃんが勝手に作っちゃったんじゃん!!一緒に居られないなんて、兄ちゃんが勝手に決めたちゃったんだろ!!俺の気持ちは全部無視して!!』
『そう、だけど……なぁ、分かってくれよユウ。もういいんだ。俺のためだと思って』
『イヤだ!!何が兄ちゃんのためだ、兄ちゃん今すっごく苦しいくせに!!泣きたいくらい苦しいくせに!!俺は、俺は兄ちゃんを悲しませるヤツは、それがたとえ兄ちゃんだったとしたって許さないからね!!』
腕の力が強くなった。ユウは泣き出している。やめてくれ、決心が、揺らぐ。
『俺は兄ちゃんと一緒がいいんだよ!!他の誰が居たってそれだけじゃ意味ないんだ!!幸せになんて、なれない。兄ちゃんが居なきゃ意味ないんだ。そうしても出てきてくれないって言うなら、俺は壁を壊すよ。俺の力じゃ壊れないだろうね、きっと。兄ちゃんが作った壁だもん壊れないだろうね、でも俺はあきらめたりしないからね。皮が擦れて肉が裂けて骨が見えて血が噴き出してもやめたりしないからね。』
そんなこと言われたって……俺は。出て行くなんて出来ない。お前のためを思ったらここから出るなんて出来っこない。やめてくれよ、何で俺なんかのためにそこまでするんだよ、こんな兄捨ててしまえばいいだろ、俺はお前を嫌ったりしないよ、だからさっさと見捨てればいいだろ、やめてくれよ、俺はとうの昔に、決めたんだ、あきらめたんだ、お前と一緒に居れないって、分かってしまったんだ。今さらどうしろって言うんだ。俺に何をしろって言うんだ。
『ねぇ痛いよ、俺今すごく痛いよ、ぼろぼろだ、ねぇ、でも俺やめたりしないからね、兄ちゃんが泣いて頼んだってやめたりしないからね、兄ちゃんが出てきてくれるまで、兄ちゃんのせいだよ、こんなにつらいの兄ちゃんのせいだよ、ねぇお願いだから出てきてよ!!そばに居たいよ、出てきてよぉっ!!』
ふっと情景が浮かんできた。レンガで出来た壁の中に、独りで座っている俺と、外から壁を叩く弟。音が痛々しい。俺は泣いてばかりいる、ユウも泣いてばかりいる。声が荒い、泣き声だ、俺は怯えてて涙が止まらない。出てしまったらどうしようかと、思っている。出て行ってユウが不幸になったら耐えられない。怖い。壁を叩くのをやめて欲しい。俺は耳を塞いで、音は消えなくて、血の滲む音まで聞こえてきて、逃げ出したくなって、どこへ?行く当てがないよ、この壁の中じゃどこにも逃げれないぞ、音がやまない、音がやまない、どうすればいいんだろう、俺は、俺は、

『俺とずっと一緒にいてよっ、リュウ兄ちゃん!!!』

もう、限界だった。


突然、体を締め付けられるような感触がした。膝から崩れて、座り込む。さっきまで見上げるほど上にあった兄の頭は、俺のすぐ横にあって。
声が聞こえる。すぐそばに。初めて聞いた、兄の泣く声。
『……バカ、何で、何で分からないんだお前はっ……分からず屋ぁっ…………』
『_____分からず屋は、兄ちゃんの方じゃんか。』
こんだけ言わなきゃ分かってくれないの?
言ってようやく、自分が泣いていることに気がついた。
『……いいのか、ユウ。不幸になっても知らないぞ。俺のせいで不幸になったら、俺は絶対耐えられないぞ。幸せにならなきゃ許さないぞ。俺は何にも、保証できないからな。突き放すなら今のうちだぞ。』
『兄ちゃんが居なきゃ、どっちみち俺は不幸なままだ。』
力が強すぎて、少し、苦しい。でも安心する。やっと兄ちゃんに会えた。昔のままの、大好きな俺の兄ちゃんに。
『そうか………なら、ユウ。ここから一緒に出て行こう。』
兄さんは俺を放して、微笑んだ。はにかむような優しい笑みで。見たことのない表情で。兄さんと俺は立ち上がった。
「……っと、そうだ、ミサワ。」
いきなりの日本語に少なからず驚く。声に応えるように、真日さんが奥のドアから出てきた。
_____あれ?
「ミサワ。俺はもうこのテロを行う意味をなくした。よって、ここから出ようと思うのだが……ついてくるよな?」
出迎えるように、兄さんは手を伸ばした。だけど、真日さんの様子がおかしい。
「? どうしたミサワ、早く手を取れよ。」
兄さんが首を傾げた、その瞬間。
ぱしっ
真日さんは、兄さんの手を、払った。
「………は?」
「やーぁおつかれさん。柳よかったなぁ、悠くんと仲直りできたじゃん、ずっと苦しんでたもんな、めでたしめでたしハッピーエンドだ、だから、さっさと行っちまえ。」
「いやだから、お前も一緒に、」
「行かねえよ。俺は、残る。」
なぜ?
兄さんは明らかに混乱していた。俺だってそうだ。真日さんは兄さんの友達なのに、何で?
「俺がいると邪魔になるからさー、お前らだけで行けよ。知ってる?俺ついてく権利ないんだ、お前が気付かないように、ずっと仕向けてたんだから。」
「___は?」
「何だよ察しが悪いな、お前らしくないじゃん。お前が気付かないようにだよ、分かるだろ、悠くんと仲直りなんてしないようにだよ。だってお前がここから出てったら、俺一人になっちゃうんだもん。それが怖くて騙してましたー、ごめんな、だからほらこんなヤツさぁ、お前と一緒に居る権利ねぇよ。」
真日さんの声は少し、震えていた。いつも通りの口調で、しゃべろうとしているのだろう。けど………無理がある。
「なんつーの、お前の場合はさ、お前が勘違いして自分でつくった壁じゃんか、俺は違くて、生まれたときから閉じ込められてんだ、檻に、鍵も見当たんねーし、お前らと居ても空しいだけだし、だからほら俺は置いてって、さっさと」
「何言ってんだ? ほら、行くぞ。」
がしっ。兄さんは至極当然のことのように、簡単に、真日さんの手を掴んだ。
「____あのさぁ柳、話聞いてた?」
「あぁ聞いていたぞ、一言も漏らさず。何ならそらんじてやろうか」
「恥ずかしいからいいよ……っ、聞いてたんなら分かるじゃん、俺は行かねーよ」
「知るかお前の都合など、お前が居ないとつまらないだろう。鍵がないなら作る、それでも開かなきゃ檻ごと引きずる。結構無様だけどな、それ。」
俺は正直呆気にとられていた。え、この人話聞いてたのかな、何言ってんだろう。
「俺に選択の自由ってないの!?」
「しょうがないなあ、じゃあ次の中から選べよ。
A.俺についていく
B.市羽目柳についていく
C.今お前の手を掴んでる人についていく
はい、どれにしますか?」
どれにしますかじゃねーよ言い方変えただけじゃん!!」
「何だCか、ひねくれ者だな、直球で来いよここは。」
「俺何も選んでないんですけど!!」
うるさいな。兄さんは面倒そうに顔をしかめた。
「ぐちゃぐちゃ言うなよ、ミサワのくせに。馬鹿なこと言ってないで黙ってついてこいよ。」
俺じゃあるまいし。 その言葉に思わず、吹き出す。睨まれた。
「俺は、わがままになることにしたんだ。お前の都合など知るか、お前の意見など聞いちゃいない。俺が、お前と一緒にいたいんだから、それでいいんだよ。ついてこいよミサワ、お前が居ないと、楽しくないんだ。」
にっ、と思い切り兄さんは笑った。いたずらが成功したときの子供みたいな、どこか誇らしげな笑みで。真日さんは目を丸くして数回、まばたきすると、しょうがねーなとため息をついた。
「……何が“なることにした”、だ。お前のわがままは今に始まったことじゃねーだろ?お前はいつでも自分勝手だよ、最悪。」
「あっそ。そんな俺と親友なお前も、どうかと思うけどな?」
親友、という言葉で、また真日さんは目を丸くして。こぼれた涙を荒っぽく拭うと、真日さんも兄さんと、同じ顔して、笑った。
「そうだな!!」


扉が開いた。銃声が、やむ。僕らもテロリストも、一旦その動きを止めた。
「悠!」
「ありがと和弘。ぜーんぶ解決、です!」
悠はにっこりと嬉しそうに笑った。その後ろに立つ二つの人影、片方のその美しすぎる顔には、覚えがあった。
「あ……」
「和弘君。____この前はすまなかったな。」
虎君も。柳さんは照れ隠しするように言った。
「あ、いや……いいんです。あの、柳さんって悠の、お兄さん、なんですか」
「? あぁ。」
虎と二人で顔を見合わせる。僕らは同じことを思った。
「「うわぁ悠サンったら超惨め」」
うるさいなぁ!!騒いでる悠をまた二人で無視する。僕は柳さんを見上げた。
息が詰まる。あの日のことを思い出すと、やっぱり……ちょっとね。
「………恐いよな。」
「____すいません。」
虎がぼそっと呟いた。いや、恐がられて当然だ。柳さんは申し訳なさそうに笑う。
「すまない、もうしないよ。ごめんな二人とも。」
ぽん。頭の上に手が置かれた、何でかしんないけど照れくさい。虎も隣りで照れている。
「君らに言った言葉は、君らを追いつめようとして言っただけの言葉で……本当に思っていることとは違うんだ。それはまた、機会があれば言うけど……そうだ。」
柳さんは廊下の向こうに居るテロリスト達に、声をかけた。
『私はこのテロ行為を遂行する意味を失った。私は指揮官を降り、この子達の側につく。出来ればかつての同士と殺し合いは、したくないが……お前らは、どうする?』
耳慣れない言語だ。これが悠の国の、母国語。何だか不思議な響きの言葉。
柳さんが言い終えると、喚きちらすような声が辺り一帯を埋め尽くした。何言ってるかは分からないけど、どうやら、不服らしい。
「そうか……残念だが仕方がない、」
『『********』』
悠が横から声を会わせた。実の兄の口調を、真似るみたいに。
なんて言ったんだろう。
独り言を呟くと、金髪の男が代わりに答えた。
「“裏切らせてもらうよ”、だってさ。」
「え?」
柳!
金髪の男が短く呼びかける。柳さんはテロリストのいる廊下の端へと駆け出しながら、金髪の男が投げ渡した何かを、受け取った。
「日本刀!?」
「そ。」
アイツ斬るの大好きだもん。
からかうように金髪の男は笑った。からりと鞘が抜け落ちて、床で一回転する。白銀の刃が煌めいてすぐに見えなくなる。
柳さんの動きはノユちゃんみたいに、目で追えないような速さではなかった。ちゃんと見える、でも避けれないだろうなと思う。無駄がない動きは虚をつくように反転する。対応が出来ないのだ。空中を舞う絹の布を断ち切ることが困難であるように、柳さんのことを捉えるのは、難しいことなのだろう。気がつけば、もうそこに立っているものは亡かった。
「相変わらず演舞みたいに人を殺すな、お前は。」
笑いながら金髪が言った。柳さんはくるりと振り返り、微笑する。
「何だか、久々だな____ごめん。」
すごく愉しい。
あははは、と短く柳さんは笑って。さぁ、行こうか。血が数滴、刃から滴り落ちる。やっぱりこの世の人じゃないなぁと僕は思った。でもこれは、恐怖じゃない。畏怖だ。


「………出れた、ね。」
僕らは校庭に立って校舎を見上げた。全てが始まる前と何も変わらぬように見える。でもよくよく窓を見れば、そこには惨劇の爪痕が色濃く残っていた。いつもそう、僕らは気付かない。
呆気なかった気もする。色々なものを失って、壊れて、何もかもをおかしくさせた惨劇の終焉。
「けどまあ……失っただけでもないか。」
壊れたところはきっと、これから再生するのだろう。僕らはまだ生きているから。
「では、全部消してしまおう。」
ノイくんが呟いて、遠隔装置を取り出した。爆破するよ、ここを。
「爆破?」
「あなたが仕掛けた爆薬ですよ、柳さん。自殺でもするつもりでした?」
ノイくんのからかうような台詞は無視して、柳さんはそっぽを向いた。あーなるほど。そういえば最近見ないなぁと思ってたよ、そのスイッチ。
「そんな管理でいいのかよ………」
「うるさいな。俺は元々、だらしない人間なんだぞ。」
大学生二人が軽く、言い争う。悠は一人ぶんむくれていた。
「ノイくん……僕が押しても、いいかな。」
僕はノイくんに声をかけた。別にいいけど。ノイくんはそう言って僕にスイッチを手渡す。
「御影、一緒に壊そう。」
「え?」
「この世界を一旦、失くしてしまうために。」
御影はきょとん、として言った。どういうこと?
「僕ね、考えたんだよ。あの日君に言われたこと、ずっと、考えてたんだ。君と二人きりになれないって、その話。」
「……そう。」
「僕なりの結論、僕らで違う世界を創ろう? 誰にも邪魔されない、違う世界を。そうしたら、僕らは……」
僕らは特別だよ。僕らの世界だ。
そう言って僕は微笑んだ。おーお珍し。お熱いねー。虎と十緒美先輩が笑う。御影は頬を赤くする。
「あなただけってワケにはいかないけのね、でも……そうね……私たちは、特別?」
「うん。僕らが互いに特別と、思っている限り、ずっと。」
そう。御影は笑った。嬉しそうに笑った。それだけでいい。僕は、君が笑ってくれればとりあえず、幸せだ。
「早く、押しちまえ。新しい世界創るんだろ。」
虎が頭をはたいてきた。痛いなあ。言い返す。
「和弘、色々ありがとう。そのスイッチは多分、いや絶対、二人が、押すべきだと思うよ。」
悠が笑った。
「ありがと。……御影、手、乗せて。」
「ええ。」
温かい。生きている温度。脈拍が伝わる。僕らで新しく、創るんだ。僕らだけの、僕らのための世界。みんなとともに居られる世界。だから、この世界とはおさらばだ。
僕らはキスをしながら、そのスイッチを押した。

Doomsdayにサヨナラを


世界の終わりに。僕らはまた、息を始める。
おつかれさまでした。長い物語でしたが、ここまで読んで下さってありがとうございました。
これにて“この話”はひとまず終わり____そうですよー察しがいい、次からは“新しい世界”を描いていこうと思います。
そっちはほのぼのする予定。幸せなお話も、許されたっていいですよね。


それではみなさまに、最大級の感謝と祝福を。

2010/11/13:ソヨゴ
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