運命は気まぐれだ。何気なくすれ違ったその人が、人生の終盤に重大な役割を帯びて再登場することもある。
偶然は移り気だ。たまたま隣りのカウンターに腰掛けたその人が、自分の命を救うことだってありうる。
そして、大概の場合_____人生は、皮肉屋だ。

皮肉屋さんの小さなお遊び

「三十分も並んだだけはあるな。」
「だなだな。さっすが人気店。」
街中。二人の大学生が歩きながらソフトクリームをほおばっていた。
「ミサワ、この店どうやって知ったんだ?」
ぞっとするほど美しい顔の青年が、傍らの青年を見上げる。金髪の青年は、口の周りをぺろりとなめると、答えた。
「え?あー雑誌雑誌。うまそうだなと思ってさぁ。」
「ったく、彼女と来ればよかったのに。」
ほんの少しだけ、美形の青年は眉をひそめた。
「俺、食えない訳じゃないけどどちらかと言えば辛党で、」
「どちらかってレベルじゃないだろお前。いーじゃんかさー、気楽なんだよお前と来ると。」
ちょっ、やめてその冷たい目線。おどけるように付け足して、金髪の青年は笑う。
「お前は本当、軽いな。色々と。」
「え、それどういう意味」
「別に何も。褒めてもいなければ貶してもいない。」
あむ、とソフトクリームを一口ほおばる。その様を金髪の青年はぼんやりと見ていた。
「……何だよ。顔に何かついてるのか?」
いぶかしそうな目で、美形の青年は金髪の青年を眺め返した。金髪の青年は取り繕うように言う。
「いやぁ、別に。アイス食ってても様になるヤツだと思ってさ。」
「____そりゃあどうも。」
呆れたように言うと、青年はアイスのコーンにかじりついた。


「和弘ぉ、食べに行きましょうよぉ。」
「……彼女じゃないんだから。姉と一緒にクレープ屋に行く中学生がいるかよ。」
住宅街。Tシャツ姿の少年とその姉らしき若い女が、ちょっとした言い争いをしていた。
少年は整った顔をしていて、その表情には完膚なきまでに色がない。女の方はモデルのような体型で少年より頭一つ分背が高い。
「いたっていいじゃないの!!お姉ちゃん思いの、優しい弟!!」
「気恥ずかしいよ。千弘と行けばいいだろ。」
少年が心底面倒そうな声音で返すと、女は子供のような表情で弟の腕を引っ張った。
「イヤだわ!千弘と行ったって何も面白いことないもの。」
「姉としてどうなのその発言は」
「私の眼中にあの子はいないわ。いるとしたら和弘だけよ。」
お願い!!おごってあげるから!!
ぎゅうぎゅうと腕を引っ張ってくる姉の姿にあきれ果てたのか、少年はため息まじりに答えた。
「……分かったよ、分かった。行けばいいんだろクレープ屋」
「本当!?」
ぱあ、と輝くばかりの笑顔を見せる姉に、少年は冷ややかな視線を注いだ。


「ったく、んで俺がてめぇの買い物につきあわされなきゃなんねえんだよ。」
「ひどいな!何だよその言い草は。」
ショーウィンドウの前で、少年二人が喧嘩をしていた____というより、片方が一方的に、もう片方に罵られていた……というべきか。
「もう、和弘相手だったら、そんなこと言わないくせに。」
眼鏡の少年が、不良スタイルの少年に言う。
「アイツには言ってもしょうがねえからな。」
何言っても無表情だし。
不良少年は吐き捨てるように呟いた。学ランの下にはカラーTシャツが覗いている。典型的だ。
「ったく、それこそ和弘誘えばよかっただろ。んで俺なんだよ面倒くせぇ。」
「だって、虎じゃなきゃ意味ないもん。」
眼鏡の少年は不服そうに口を尖らせた。
「……何で。」
ふいっと目を反らし、不良少年は尋ねた。眼鏡の少年は当たり前のように言う。
「虎の誕生日プレゼントだよ?本人居ないと意味なくない?」
ぴく、と不良少年の頬がわずかに引きつった。
「………お前、バカじゃねーの?」
「ふえ?何でさ。」
「そういうことは____本人には内緒にしとくもんなんじゃねえんですか。」


「千弘……テンション高いね。」
Tシャツ姿の少年が、若干引き気味に問う。彼と全く同じ背の、ツインテールのかわいい少女が、良く似た瞳をくりくりさせて答えた。
「そりゃあひっさびさのスイーツだかんねー!!テンションもあがるってもんです」
「あっそ。」
自分から聞いておいて随分と素っ気ない対応だ。その隣りで歩く姉には、疫病神が取り憑いたらしい。
「はあ………和弘と二人っきりがよかったのに……」
周りにどんよりとしたオーラが漂っている。そんな姉を見て、少女は馬鹿にしたように笑った。
「うっわぁ、相変わらずのブラコンっぷりですねwww さすがねーねww マジ勘弁wwwww」
「オタクみたいなしゃべり方しないで頂戴!! 恥知らず!」
「お前人のこと言えねーだろうが」
「あん、そんなこと言わないで和弘ぉ」
「キャー美弘サンッタラ 女の前と男の前じゃ態度違うんですかー スイーツ(笑)」
「お前ら二人とも猿ぐつわでも付ければ?……ん、あれ?」
怒濤のような姉妹の会話をぴしゃりと切り捨てると、少年は前方を見やった。
「おぅ?どうかしたのー?にーに」
性格と雰囲気以外は本当にそっくりな妹が、兄の顔にずいっと迫る。少しだけ身を引きながら兄はイライラした様子で答えた。
「気味悪い呼び方すんな、兄っつっても双子だろ……いや、あれ。あの二人。」


「あれ?もしかして和弘?」
「ん?……げっ、千弘!?」
不良少年は、ツインテールの少女を捉えると露骨に顔をしかめた。
「あーーーーーーーっ!!輪払さぁん!!」
ツインテールの少女が大声で叫ぶ。それに気付いて、姉は優雅な笑みを浮かべた。
「あら、お二人ともごきげんよう」
「「ご、ごきげんよう……」」
恐縮した様子で少年二人組は返した。
「何でいんの、二人とも」
「てめえこそ。」
「僕の方は、姉さんに無理矢理連れてこられたんだ。」
「あら、人聞きの悪い。」
「事実だろ」
ぷう、と頬を膨らませる姉を見て、少年はうんざりしたような顔をした。
「ちょっ、こんなところでも出会ってしまうなんてやっぱ運命ってやつですかーーーー!!にーにと輪払さんはやっぱし赤い糸で結ばれて」
「やめてくれ吐き気がする!!」
叫んだ声が泣きそうだ。
「大体、市羽目だっているでしょ」
兄は妹をたしなめた。と、妹は急に残念そうな表情で応える。
「へ?あー………まあねー」
「何で残念がるの!?」
「えーだって、市羽目が相手だといーにが受けにならないじゃない」
少女の言葉に、眼鏡の少年は疑問を示した。
「受け?受けって何?」
「誰相手でも受けにはならねーよ僕は あと千弘説明すんなよ、説明しやがったら殴り飛ばす女とか関係ねえ顔を殴る顔を」
「キャーにーにったら鬼畜ー」
やっぱどうでもいいから殴ろうかな今ここで。少年は彼にしては珍しく表情を変えた。今にも血管が浮き出てきそうな、いい笑顔だ。
「……おい、ミサワお前甘党だったか?そろそろ気持ち悪くなってきた。」
「えーマジで?じゃあココで最後にするから、頼むっ!!」
先程アイスクリームをほおばっていた青年二人がやって来た。片方は口を押さえていて、顔色が悪い。
「下調べに使うなよ、俺を。どうせ高山亜梨沙と来るんだろ?」
「そうそう亜梨沙と……っておい何で俺の彼女知ってんだよ!?」
「見てれば分かる。お前はよくも悪くも単純だからな。」
ざまあみろ、とでも言いたげに美形の青年は笑った。
「誰にもバレてねえと思ってたんだけどなー……」
「まぁ、俺以外にはバレてないんじゃないのか?」
「___そうですねー。お前にゃバレても、しょうがないかぁ。」
ちぇ、と呟く青年をよそに、美形の青年は三人の少年達のうち、一人に、目を留めた。
「…ああ」
「ん?どしたー」
「弟が、いる。」
その小さなつぶやきに、金髪の青年は大げさな反応を見せた。
「えっ悠くん!?うそっ!!マジで!?どこ!!」
「うるさいな。仕様がない、他人の振りでもするか。」
「話しかけりゃいーじゃん」
「そうもいかないんだよ……あ、」
刹那、少年が振り返った。青年が冷えた目で少年を見据えると、少年は少しだけ傷ついたような顔をして、すぐまた輪に戻った。
「………ひどくない?」
「なんとでも言え。俺とアイツは、こういう関係なんだよ。」
フ、と背筋の凍るような微笑をすると、青年はさっさとクレープ屋の店内へ向かった。
「なあ、市羽目。」
「…え、何?」
「あ、いや、なんつーか……傷ついたみてぇな顔、してたからさ。」
内心で焦りつつ、眼鏡の少年は不良少年に答えた。
「気のせいじゃない?俺別に、傷ついたりしてないよ?」
「___だよな、悪い。」
不良少年は、気まずそうに言葉を切った。案外鋭いんだよなあ、コイツ。そんなことを思いながら、眼鏡の少年はふと、妙なことに気がついた。
「あれ?虎。」
「あ?」
「何で休日なのに学ラン着てんの?」
あ、それ、僕も気になる。 無表情な少年が、妹を若干強めにはたいた後に言った。
「へ?あー……私服考えんの、面倒なんだよ。」
「___ズボラだね」
「そうか?」
そうこうしてるうちに、先程の青年二人が店から出てきた。美形の青年は、クレープを見て遠い目をしている。
「? 顔色悪いな、大丈夫?」
「誰のせいだと思ってるんだ……別に平気。食べ切れなくて吐きそうなのが不安なだけだ」
「うぉいリバースかよ!?大丈夫じゃねーじゃん」
「だから誰のせいだと思ってんだよ。今度さ、」
「ん?」
「おごれよ、辛さ15倍カレー。学食で。」
了解。その答えを聞いて、美形の青年はガラス玉のように薄く青みがかった緑の目を細めた。
その時だった。
ずしゃっ
素足がコンクリートを擦る音がする。見ると、幼い少女が一人、盛大に転んでいた。
案の定、数秒の後幼い少女は声を張り上げて泣き出した。痛みも総だが、その無惨に潰れたクレープも、悲しみの一因だろう。
あちゃあ。金髪の青年は、気の毒そうな目を少女に向ける。周りの少年少女も、そうしてものかと戸惑っているようだった。行動を起こしたのは、美形の青年、だった。
「そこの女の子。」
す、と少女に近寄ると、青年はそう声をかけた。少女はヒックヒックと嗚咽を漏らしつつ、青年の顔を見る。
「かわいそうに、痛かっただろう。俺、コレいらないから、あげる。ほら、だから泣き止んで。」
指を優しく目の縁にそわせ、涙を拭う。青年は空いた方の手でクレープを差し出した。
「あうっ……ふぅ、でも……お兄ちゃん、は?」
「いいんだ。俺は甘いもの、苦手だからさ。」
そう言って青年は微笑んだ。少女は泣き止み、にっこりと笑ってクレープを受け取る。
「ありがとぉお兄ちゃん!!」
「どういたしまして。今度は、落とすなよ。」
優しげな笑みを浮かべると、青年は金髪の青年とともに、元来た道を引き返して行った。


「へえ、お前あんな顔も出来るのな!!つか、ちっちゃい子には優しくすんの?」
「人をロリコンみたいに言うな。違うよ、別にそういう訳じゃない。」
「じゃ、何で?」
「俺、人の泣く声って苦手なんだよ。特に幼い子のやつは。」
聞き苦しいだろ。青年はぼそっと呟いた。
「うっわあ……お前、最悪だ。どうかしてるぜー。」
「そんな最悪な俺と友達なお前も、どうかしてるとは思うけどな?」

「今の人、かっこよかったねー!!」
つか、超美形。やっばいマジで顔きれい。 少々興奮した様子でツインテールの少女は言った。
「確かに、今の人もかっこよかったけれど…やっぱり和弘が一番よ!」
若い女はゆずらないわ、と首を振った。
「うっさいな黙れよ姉さん。でも確かに、かっこよかったなあ。」
「____そうだね。」
軽く目を伏せた眼鏡の少年に、不良少年はまた、声をかける。
「おい、お前なんか変だぞ。どうしたんだよ。」
「あ、いや、気にしないで。」
はは、とどこか淋しそうに笑う少年。不良少年は、何も言えなくなってしまう。
「あの二人の関係も気になるなぁ。一緒にクレープ食べにきてるとかっ!!デート!?デートなの!!?」
「見知らぬ人で妄想すんな、バカ。」
舌打ちでもしそうな表情で兄は言った。平和だなー、なんて、柄にもないことを感じながら。

人生は、皮肉屋だ。あの日少年が感じた平和は、その場に居合わせた人間たちを巻き込んで、崩れ行く運命なのだから。
まだ誰も、気付いてはいない。

小説に『!』『?』以外の記号は使いたくないんですけど、ね。千弘はなあ。しょうがないよね。

2010/10/04:ソヨゴ
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