「あ、ねーねー虎くん。」
「!……何ですか、士道先輩。」
軽音部部室。虎の武器の調達に付き合っていた十緒美が、突然言った。
「うふふ、十緒美でいーよ」
「なんか、慣れないんで。」
「そう?まあゆっくりでいーさ。あ、ね、虎くん。」
「あ、はい。そうだ用事があったんですよね」
「用事ってほどのことでもないけどね……虎くんって、軽音部だったんでしょ?」
「え?あ、はい。幽霊部員でしたけど……」
「結構弾けるって、美少年から聞いたよー____ギター、弾いてみてくんない?」

その先に行く。

「べ、別にいいですけど……全然、弾けませんよ?」
「いいのいいの。弾いてみてちょーだい!」
「そうですか……、期待、しないで下さいよ。」
少々困惑した表情で、虎はギターを手に取った。
緑のストラトキャスター。虎は軽く弾き鳴らした。
うわ、チューニング超狂ってる。安物だからな、コレ。
暗にニセモノであることを示唆しながら(もっとも、本物のフェンダー・ストラトキャスターを置いてる学校などありはしないだろうが)軽く不満を漏らすと、虎はイスに座って、ギターのヘッドをいじりだした。
「あ、虎くん虎くん」
「? 何ですか?」
「どうせなら弾くときは、立って弾いてほしいなー♪」
「うげ、マジですか。」
「うん、先輩命令。」
「_____先輩命令なら、仕方ないっすね。」
にまにま笑う十緒美をチラと見ると、虎は諦めたようなため息をついた。
ほどなくしてチューニングは終わり、虎は席を立った。
「あの、士道先輩。」
「んー?」
「何が、聞きたいですか?」
「いやあ、私音楽とか詳しくないんだー。虎くんの好きな歌でいいよ。」
「そう、ですか。じゃあ……」
ジャン、と先程より短く鳴らしてから、虎はピックを振り上げた。


昼間の街は平らな庭で
夜になってから花が咲く
赤いサイレン ライトの群れ
クラクションの中キスをした

俺達に明日がないってこと
はじめからそんなの分かってたよ
この鳥達がどこから来て
どこへ行くのかと同じさ

エレクトリック・サーカス 燃え上がる空
澄み切った色の その先に散る



十緒美のちょっとした予想とは裏腹に、それは激しい曲ではなかった。むしろ切なく響く、ゆっくりとしたテンポの、哀しい歌。虎はテンポの速いハードロックが好きなのだろうと思っていた十緒美はちょっと拍子抜けした。
でも、それは、とてもいい歌だった。
歌詞はロックな感じなのに、何でこんなに、物悲しいんだろうか。


きらめくタイヤ火花散らして
地鳴りのエンジンが踊ってる
そこにいるはずの星と月
やわらかに通る彼女の声



ドラムの音もベースの音もない、ギター一つのが奏でる音。それも哀しさの原因だろうか。
でも多分哀しく聞こえるのは、何より虎の歌い方のせいだ。
まるで今にも泣き出しそうな。
表情からは何も読みとれない。声だって、震えてるのでも細いのでもない。けれどそれでも、泣きそうだ、と十緒美は思った。
歌は終わりに近づいていく。


俺達に明日がないってこと
はじめからそんなの分かってたよ
この鳥達がどこから来て
どこへ行くのかと同じさ

エレクトリック・サーカス 燃え上がる空
澄み切った色の その先に散る

エレクトリック・サーカス その先に行く

夜になってから花は咲く



歌は少しだけ唐突に終わった。ギターの余韻がまた、少し哀しい気分にさせる。
十緒美は、しみじみと感動して、言った。
「すごく……本当に、すごく、いい歌だった。」
「ありがとう、ございます。」
「ねえ……虎くんこの歌歌ってる時、なんだか泣きそうだったよ。どうして?」
「ああ、それは___」
虎はギターを壁に立てかけながら、言った。
「______この歌は、泣きそうに歌うのが、正しいんです。」
「へえ……」
十緒美は、耳に残るさっきの歌を噛み締めた。エレクトリック・サーカス、燃え上がる空。
「ねーねー、コレ、誰の曲?」
「THEE MICHELLE GUN ELEPHANTっていう、バンドの。もう解散しちゃったんですけど。」
「そうなんだ……なんか本当、いい曲だった。」
「ですよね。俺、すっごく好きなんです、このバンド。他にもいい曲いっぱいありますよ。こんなにスローテンポで哀しい曲は、そんなにありませんけど。大体はアップテンポで、もっと、なんていうか……退廃的、な感じ。」
あ、私の予想正しかった。
内心で呟きながら、十緒美は立ち上がった。
「そーなんだ……あ、ありがとねー虎くん。感動したよー」
「いえ、別に……いいですよ、全然。」
虎は少し照れたようだった。
なーんだ、結構かわいいじゃないの。
おばさんのようなことを思いながら、十緒美は虎に近寄った。
「ねーねー虎くん。」
「え?あ、はい。」
「虎くんって結構、意地っ張りじゃん?」
「……あ、まあ、はい。人間が出来てないんで。」
「うふふ、じゃあどうして、私にはギター弾いてくれたのかなー?結構、素直に。」
「え?いや、それはその……俺が、」
「んー?」
「十緒美先輩みたいな人が……その……結構、好き、なんで。」
言い終わったあと、虎は自分が抵抗なく『好き』と言えたことに驚いていた。
もちろんそれはLikeの意味だが、元来『好き』だの『愛してる』だのいう言葉を苦手としている自分が、そんな言葉を言えたことに、虎は少なからず衝撃を受けたのだ。
(言われんのは怖くても_____言うのはそんなに、怖くねえのかな。)
「へえ〜!それは嬉しいなー。あ、虎くんちゃっかり、『十緒美』先輩って呼んでくれたねー」
「へ?あっ……すみません。」
「いいんだってー!むしろその方が嬉しいな。」
うふふふふ、と十緒美は笑いながら言った。
「虎くん虎くん、また弾いてくれると嬉しいな!!」
「あ、はい。俺なんかで良ければ、いつでも。」
「ふふ、ありがとー!じゃ、私、教室戻ってるねー」
ばいばい。
軽く手を振りながら部室を出て行く十緒美。十緒美が居なくなった後、虎は自分が少し赤くなっているのに気付いて、戸惑った。

「赤いサイレン、ライトの群れ、クラクションの中キスをした……」
一方、十緒美は、考え事をしながら廊下を歩いていた。
歌が脳内に響く。震わせるように、響く。
私はこれでいいんだろうか。
士の道を貫く。私はその名に恥じてはいないか?
人を殺す重みもつらさも、理解してるつもりだ。でも。
理解していてそれでも選ぶのと、理解しないままただ繰り返すのと、どちらが罪が重いのか。
思い悩む十緒美に、あの歌の歌詞がちらついた。

「俺達に明日がないってこと、はじめからそんなの分かってたよ……」

ギター弾きな虎が書きたくてやっちゃった。反省も後悔も多分しないと思う。
出てきた歌はTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTの『エレクトリック・サーカス』。名曲なんで是非聞いてみて下さいな。ようつべで『エレクトリック・サーカス』って検索すれば出てくるはず。
なんで泣きそうに歌うのが正しいのか、は、グーグル先生にこの歌のいわれを聞けば何となく分かるかも。

2010/06/20:ソヨゴ


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