ちょっと外の空気が吸いたくなって、教室を出る。赤い日が差し込む廊下をぷらぷらと歩いていたら、少し戸の空いた教室を見つけた。
人の気配がする。テロリスト?
気になって、覗く。とそこにいたのは、犬猿の仲のあの男だった。

好きじゃないです。

彼は机に突っ伏していた。電気も付けずに、考え事?
「ノーイーくん。何してんの。」
「……十緒美嬢。」
声に覇気がない。何だか、調子が狂う。
「何よー、落ち込んでんのー?」
「…別に。」
ふい、とノイくんは目を逸らした。イラつく。
「ねーうざったいんだけど。うじうじしないでくんない?目障りー」
「何で君にそんなこと、言われなくっちゃならないんだよ。」
ノイくんは些かムッとした様子だ。
「君は裏表が激しいな。私に対する態度が本当にあからさまだ、ガキか」
「は、ガキぃ?ノイくんに言われたくないんだけどなー童貞野郎」
「な、君何の根拠があって、」
「ノイくんとヤりたい子なんかいないでしょー、このシスコン長髪」
もう、いい。好きに言ってろ。ノイくんは呆れたみたいに吐き捨てた。何なの、ムカつく。
「ねー、調子狂うんだけど。ウザ、気になるんだけど、ねえ。何悩んでんのあんたごときが」
チッ。彼の舌打ちが響いた。ノイくんは相当不機嫌な口調で言い返す。
「んだよしつこいな、君には関係ないだろ?どうして人が落ち込んでるのに絡んでくるんだ。」
「あんたが目につくからでしょー、湿っぽいんだけどじめじめしてんだけど、ねえ。」
「うるせーな、視界から消えろっつってんだよ分かんない!?」
はぁ!?何コイツうっざ!!
「ちょっと本気でイラっときたんだけど今。一発殴っていいかなー?」
「それでこの場から去ってくれるんだったら殴ろうが蹴ろうが好きにすれば。………早くどっか行けよ」
頼むから。
小さな声で付け足された。へぇー、そんなに居て欲しくないワケ。
私は邪魔だってワケ。
別に私はコイツが落ち込もうが落ち込んでなかろうがどうでもいいし、慰めるつもりなんて微塵もない。私はコイツがキライ、本当に大キライ。だからむしろ傷ついてればいいとさえ思う。でも。
私が必要ないっていうのが気に入らない。
何でコイツごときに邪魔とか、ウザイ超ウザイ死ねばいいのに。つまりは今、私はムキになっている。
「悩みごとでもあるのー?言うだけ言ってみればー?」
「君に言う必要はない。一人にしてくれないか?落ち込んでるんだよ私は、君に付き合う体力はないんだ。」
脳の血管がぶちぎれそうになったが、隠す。私はしゃがみこんだ。
「あっそ。まー頭脳専門のあんたが分かんないことが、私に分かるワケないけどさー。一人で悩んでないで言っちゃえばいーじゃん。今日だけ見逃してやるからさー、何言っても。」
八つ当たりでも何でもすればいーよ。
もちろん、ただで済ますつもりはなくて。弱みにするつもりだったんだ。借りを作っとこうってこと。
でも。
「……ありがとう。」
その一言で、何かが違うって、思って。
「____え、」
「じゃあ言わせてもらうよ。吐き出すだけ、だから。何も言わなくていいから。聞いてるだけ、いや……聞かなくても、いいから。」
そこにいてくれ。
言うと、ノイくんは窓の外を見ながら、見たことのない表情をした。
何、何よ、何よその表情カオ。私、私は、知らないよ。そんな顔見せていいの、仲悪いじゃん、気ぃ合わないじゃん、お互い大嫌いじゃん、なのに、さ、そんな顔、そんな顔………何でよ。
何も言えなくなるじゃない。
「………俺はさ、ただ単に、ノユに幸せになって欲しいだけなんだよ。」
力のない声で、ノイくんは続けた。
「ノユのためなら何だって出来るよ、俺は。死ぬことも殺すことも容易いよ。でもさ、考えてみたんだ。もしノユが居なかったとしたら、ノユという存在が俺の中から消え去ったとしたら、俺に残るものって、何?…………何もなかった。俺には、何もなかったんだよ。」
黙ることしか出来なかった。何か言いたかったのに、何が言いたいか分からなくて。唇を噛む。
「それは別にいい、寂しかったけどそれはいい。俺はね、俺はノユが居ればいい、けど。それって依存だろ。依存してるんだよ俺は。守るべきなのは俺なのにそんなのだめだろ。でもノユから離れたら、俺には………何もない。空っぽはイヤだ。空っぽは、本当に、イヤだ。じゃあどうすんだよ、俺はどうするべきなんだよ。俺が離れたらノユは悲しいだろう。でも依存はだめだ、幸せを呼ばない。じゃあ何をすればいい?俺には他に、何もない。俺は、俺のしたいことすら分からない。」
馬鹿だ。
自分自身を蔑むように、ノイくんは薄く笑った。
「だって今までしてきたこと全部、ノユのためにと思ってたこと全部、きっと自分のためだったんだろ。俺はノユが全てだと思って生きてきたけどノユにとっては重荷だろうし、第一本当は知ってるんだ、ノユは悲しむに決まってるんだよ。俺がノユのためだけに生きてたら、あの子は悲しむに決まってんだよ。くそっ、頭こんがらがってきた。」
ノイくんは机に肘をつき、頭をがしがし、と掻いた。続ける。
「俺はどうすればいいのかな。どうするべき、なのかな。何がしたいのかな。分かんねーよ、空っぽだから分かんねー。何もないから答えもない。答えが見つからないのに慣れてないんだよ。気が、滅入る。ノユが好きだ、大好きだ、俺の大事な妹だ、その気持ちを保ったままで、どうやって離れろっていうんだ。何すればいいんだ、分かんねぇ…こんなに分かんねぇの………初めてだ。」
そのまま俯いてノイくんは息をついた。疲れた眼をしてる。
沈黙。でも静かじゃない。息づかいとか、服と机が擦れる音とか、その他諸々。焦燥感。何か言わなきゃ、言いたいんだ、なのに……時間だけが残酷に過ぎていく。何を言えばいいんだろう、ヤダ、私本当に、何もできないんじゃない。つらいこと言わせただけじゃない。サイアク。
「____ありがとう。聞いてて面白い話でも、なかっただろ。」
少し気が楽になった。
穏やかに言って、ノイくんは席を立った。がらり、戸の空く音がする。気がつくと私は泣いていた。
「………なんでお前が泣くんだ、士道。別にお前は悪くないだろ。いいじゃないか。泣くこと、ないだろ。」
「…っ、………別、に、悲しくて泣いてんじゃない。」
悔しいの。 ぽつり、つぶやく。その言葉の意味は、ノイくんには伝わらなかった。
「あーっ、もう____何だよ泣くなよ、お前が泣くと何か、ヤな気分になんだよ。」
それは分かる。さっき私もそうだった。ふざけて出した拳が、みぞおちに入っちゃったみたいな……バツが悪い。
ノイくんは戸に寄りかかって廊下側を見ている。彼の背中はやはり細く、頼りなく、なのになぜだか安心した。長い髪が少し、荒れている。夕日が教室に差し込んで、私の影を床に写した。
「やめろって泣くなよ。いいじゃないか、お前俺のこと嫌いなんだろ、泣く意味が分かんねーよ、嫌いなヤツが悩んでんの見てどうして泣くんだ、清々するだろ、泣くなよ……泣くな。」
そんなこと、言われても。私だって泣きたくなんかないよ。
「そ、の言葉………そっくりそのまま、返す。」
は? ノイくんはわずかに刺々しい声を出して、顔だけ、振り返った。
「嫌いなヤツが泣いてんだよ、スカッとするでしょ。何でそんなにイヤそうなの、変。変だよ、それ。」
だって、そうでしょ。
あんた私のこと嫌いでしょ。
私だって……あんたのこと、嫌い、でしょ。
おかしいよ。
「___俺は、嫌いなヤツに笑ってて欲しいとか、思ったりしないよ。」
ぼそっと、分かり切ったことのように、ノイくんはつぶやいた。
「私だって、嫌いなヤツが苦しんでるのみて、泣いたりしない。」
あっそ。ノイくんは言った。何コレ、何でこんな青春っぽいことしてんの、俺達。
「あの、さー」
「………何。」
「私は、さー。気楽に生きてるからさー、あんたの悩みとか解決とか、絶対できないけど。」
あぁ。 ノイくんは横を振り向きながら腕を組み、うなずいた。
「私なりにさぁ、考えてみたんだけど……大切な人、他にも作ればいーんじゃない。」
「___は、」
「ノユちゃんだけじゃなくってさー。そしたら空っぽじゃないでしょ、他にも居るでしょ、寂しくないでしょ。だからそーしなよ。大切な人、作れば、いいよ。」
ぽかん、という効果音がつきそうなくらい、ノイくんは目を丸くした。そして数秒後に軽く吹きだして笑った。
「あっは、何ソレ告白?」
「? 告白って何のことよ?」
「ったく……私の場合は計算だが、君はどうやら、天然だね。」
鈍感。
くく、と笑いながら発せられた言葉に、かちんとくる。
「ノイくんにだけは言われたくないなー!?」
「いやぁ、今の言葉は結構ネタになりそうだねぇ。おー恥ずかしい恥ずかしい。」
「何がよー?ったくさっすが妄想族、気持ち悪いなー何考えてたわけー?」
「っちょ、何その不名誉な称号!?」
やっと、いつもの感じ。少しほっとする。やだなぁ安心とか……何か、くすぐったい。
「さて、私はちょっくら見回りにでも行ってくるよ。君は?」
「んー?教室戻って、みんなとまただべろうかな。」
「その前に顔、洗った方がいいぞ。泣いていたってモロバレだ。」
「んじゃーこのまま行って、ノイくんに泣かされたって言ってこようかなー?」
ちょっとやめてくれよ、輪払君に殺される!! ノイくんは悲鳴を上げた。虎くん?
「え、何で虎くん限定?」
「うわ………本当に気付いてないの、君。鈍感にも程ってものが。」
ノイくんは若干引いている。え、何で何で。
「まぁいいや。じゃあね十緒美嬢、またあとで。」
「____ん、バイバイ。」
笑いながらノイくんは手を降り、去っていった。私も教室へ向かう。明日は雨が降りそうだなぁ、と思った。
私の大好きな、雨が。

ケンカップル?でも恋愛感情はとりあえず、ノイの方にはなさそうです。
ノイは普段、割とキャラ作ってます。頭がいい人特有の防衛本能なんですかね。十緒美に関しては別に隠してもしょうがないんで、案外キャラ作ったりせずに名字呼び捨てです。でも本音を出すのは好きじゃないです。

2010/11/11:ソヨゴ


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