ちょっと、相談したいことがあるんだけど。
真夜中。悠はまだ起きていた虎に声をかけた。

If you shout LOVE,

「相談?」
虎は机に座って日本酒を飲んでいた。瓶を置く。
「何で俺なんだよ。」
「だって……起きてるヤツ他にいないし、それに」
虎に相談すれば、単純な答えが見つかるような気が……して。
虎は少しだけ赤い顔で悠を睨んだ。
「あ?俺が単純だっていいてぇのか?」
「ちっ違うよ!!そうじゃなくて………虎なら知ってる気がして、その、」
悠はあわてて否定する。ったく、めんどくせーなあ。虎は腕で口元を拭った。
「じゃーねえなあ、聞いてやるよ。何?」
「あ、ごめん、ありがとう。」
「? 友達だろ、別に普通なんじゃねえの?それくらい。」
あ、そ、そうだよね! 明るく返しながら、悠は内心で照れていた。コイツ恥ずかしいこと平気でいうよな………和弘には、負けるけど。
「えっと、その……俺には、すごく大切な人がいるんだけど。」
悠は虎の隣りに座って、ぽつ、ぽつと話しだした。
「でもその、俺にとってはすごく大切な人、だけど……その人にとってはどうなのか、俺には分からなくて。昔は結構、大切にしてくれてた気がするんだけど、最近はめっきり冷たくなってて、何というかその、____壁を感じるんだ。」
悠はその人の後ろ姿を思い浮かべた。その距離はとても遠い。去っていく兄の背中を感じるだけの、空しいイメージ。
「____大事だと思ってた人を、いきなり嫌いになったりしねえよ、人は。」
言いつつ、虎もまた自身の父を思い浮かべた。そう、いきなり嫌いになんてなれやしない。
それに嫌いなうちはまだ平気だ。どうでもいい、そう感じ始めたら……終わり。
「そう、かな。」
「あぁ。そう簡単に人は『好き』って気持ちを捨てらんねぇぜ。お前だってそうだろ?冷たくされても、ソイツのこと嫌いになれねーんだろ?」
俺だってそうだ。母さんが死んでようやく、俺はあの人のことなどどうでもいいと思うようになったんだから。それまではまだ俺は、あの人と家族でいたかった。
言わないでおくことにした。言うようなことでも、ないから。
「_____その人さぁ、もしかしてお前の家族?」
「へっ!? あ、あああうん、そう。」
「だったらよぉ……余計なことぐるぐる考えてんじゃねーの?どうせ。」
だってお前がそういうヤツだし。いつものように虎は笑った。
「で、でも、兄さんと俺は全然似てないし。」
「兄貴かぁ。あのなぁ、似てないなんて思ってんのは大体当事者だけなんだよ。案外似てるもんだぜ?特に兄弟ってのは。」
「に、兄さんと俺が……似てる、か。」
それは悠にとって、にわかには信じられない話であった。何でも出来る兄と、何も出来ない俺が、似てる?
「案外お前と同じこと考えてんじゃね?その兄貴もさ」
「同じ?」
「どうせお前アレだろ?その兄貴と一緒にいれないとか、」
「思ってるよ。______ふさわしくない気が、して。」
図星だ。なんで分かるのかな、虎は。
「やっぱし。」
虎は呆れたように言った。
「兄弟が一緒にいるのにふさわしいもふさわしくないもあるか、バーカ。んなもんに理屈は必要ねーよ。一緒にいたけりゃ一緒にいろよ。そうじゃないなら、離れてりゃいい。」
ふさわしいもふさわしくないも、ない?
一緒にいても、いい?
そのとき、悠は幼い日のことを思い指した。兄が中学三年生の頃のこと。自転車に二人乗りして、家路を急いでいた時の夕暮れ。遊園地の帰りだった。


「兄ちゃんほら、夕焼け、きれい!」
「ん? あぁ、本当だ。綺麗だな。」
「えへへ、兄ちゃん兄ちゃん、また一緒にいこうねゆうえんち!」
「あぁ、また行こうな。______でも、」
「?」

「悠、俺なんかと一緒にいない方が………いいかも、しれないぞ。」

「…え?」
「い、いや、ほら……俺とばっかり遊んでいると、友達が増えないだろ?」
「大丈夫だよ!俺、友達いっぱいいるもん!」
「____そっか。なら、いいんだ。」


あの時は分からなかった、兄のあの言葉の意味。今でははっきり、手に取るように分かる。
あの人は、何で勝手に決めちゃうんだろう。
初めてだった。兄に怒りなど覚えたのは。
「_____そーですか。へぇー、何、あの人何考えてんの?」
「? はぁ?」
「何なんだよっ、もう!!」
悠は勢いよく机を叩くと、立ち上がって虎を見据えた。
「虎!!ちょっと聞いて!!」
「えっあっはい!!何ですか!?」
「あの人はさぁ、思えばいっつもそうなんだよ!自分のことが分かってないの、勝手にぐるぐる考えて、それで結論出しちゃって、俺はいっつも取り残される。そりゃ兄さんは頭いいよ、でも理屈しか分かってないんだ!!自分の気持ちは押し殺して無視しちゃうんだ、バカ、何でだよ、なんで心を無視すんだよ、気持ちってもっと大切なものだよね虎!!違う!?」
「あ、はいごもっともです!」
「そうだよね!! それが分かってないんだよあの人は!!何勘違いしてんだか知らないけどさぁ、俺は兄ちゃんと一緒にたいんだ!!俺のためだろうが何だろうが、勝手に離れてくなんて許さないんだからね!!絶対認めないからねそんなの!!!」
「………………いや、あのさぁ」
俺に言われても困るんですけど、それ。
狼狽気味に虎は答えた。
「そっくりそのままお前の兄貴に言えよ。ここで騒いでも伝わんねーぞ」
「ああそりゃそうか………って、え?」
兄さんに、言う?俺が?直接??
「むっ、ムリムリムリムリ絶対無理!!」
悠は頭を抱えて座り込んだ。俺に出来る訳ない、そんなの。
んだよ、てめぇもその兄貴とやらと同じじゃねえか、勝手に決めつけやがって。」
しゃべれない訳じゃないだろ、お前の口は。だったら言えるだろーが。
バッカじゃねぇのと付け足して、虎はため息をついた。
「出来るかな、俺なんかに。」
「人が作った壁だろ?人が壊せねーワケねぇじゃん。出来るかどうか考える前にやれよ、面倒くせぇな。」
何でもないことのように虎は言った。そう、簡単なことのように。
なぜだろう、虎に言われると………本当にできるような気がしてくる。
「………やってみるよ、やってみる。もう人に任せっきりはナシだ。俺がやる。」
何度も何度も、言い聞かせるように悠は呟いた。噛み締めるように、刻み込むように。俺がやる、俺が、やる。
「ありがとう虎、俺決心できたよ____決心できた。」
「そうかよ。あのさー悠、撤回するわ、俺。」
「え?何を?」
「優柔不断ってのは、ナシな。忘れろ。」
さらっと言うと、虎はお酒をぐびりと飲んだ。
「___な、何だよ。嬉しいじゃんか。」
「はあ?気色悪いな何照れてんだよ」
変なの。虎はいぶかしげに呟いた。


「____柳、何見てんの?」
「ん?……写真。」
覗き込む。へぇ、家族写真、か。
「お前さぁ………本当は悠くんと、一緒にいたいんだろ?」
「_______当たり前だろそんなの。」
少しだけ驚く。随分あっさり認めたなぁ。
「じゃあ何で、一緒にいようとしねぇんだよ」
「簡単に言うな。そう上手くはいかないんだよ……俺とアイツは、一緒に居ちゃダメだ。」
柳は切なげに写真を眺めた。
「アイツはさ、優しいんだよ。少し甘ったれな部分もあるが。俺はこの世にふさわしい人間じゃないけど、アイツはそうじゃない。俺と一緒にいたら、狭い世界に閉じ込められる。アイツはもっと明るくて広い世界に行けるんだ。それを邪魔したくはない。感情と願望が、一致するとは限らないよ。」
柳は無理矢理笑ってこちらを向いた。
………そんな顔すんなよ。こっちが泣きたくなるだろ。
「アイツには、幸せでいて欲しいんだ。だからいいんだ俺は。そばに、居れなくても。」
お前は?
お前の気持ちは、どうなるんだよ?
優しくないヤツが、そんな顔するワケないのに。この世にふさわしくない、だって?そんな人間が、切なくて、苦しそうで、でも愛しげなそんな顔を……出来るワケがないじゃないか。
「ミサワ、お前はこっちにいるんだろう?こっちの世界の人間なんだろ? だから俺は別に、一人じゃないんだ。」
だから構わない。つらくはないよ。
そっか。答えて背徳感に怯えた。柳が去ってしまうことを恐れているのは俺の方なのに。本当はお前は、悠くんと一緒にいれるんだぜ。その資格があんだよ、お前はこの世にふさわしい人間なんだよ。この世界を変えられるような人間だから、場違いに思ってるだけで……でも俺には、怖くて言えない。ここから出られないのは俺の方だから。ふさわしくないのは俺だけだから。ごめんな、ごめん、許してくれ。俺は________最低だ。
友情でもなく、もちろん愛情でもない。俺は甘えているだけだ。お前の優しさにつけ込んで、お前の弱さにつけ込んで、一人を恐れてつなぎ止めようとしてる。
お前と悠くんがまた昔みたいに仲良くなって、それがハッピーエンドで、俺はまた一人になって。お前はそれでも俺と一緒にいようとするだろう。俺のことも、そっちの世界に連れて行こうとするだろう。でもそばにいればそばにいるほど、俺の『一人』は際立つに違いない。お前を囲っているものは、壁だろう?お前が自分自身で作った、壁。でも俺は檻の中なんだよ。誰も壊してはくれないし、開ける鍵だって、ない。とうの昔に消えてしまった。
お前が壁の中にいて、動けないでいる内は、お前のそばに居れるんだ。俺は一人じゃないんだよ。でも壁が壊れてしまえば、お前が動けるようになったら俺は_____取り残される。それが怖い。できればまだ、気付かないでくれ。壁を隔てたままでいてくれ。_____願わくば、永遠に。

知っている。これを依存と、人は呼ぶ。
壊せない壁はない。追いつけない距離はない。そばに居れない人などいない。
君が愛を叫んだなら。

2010/10/24:ソヨゴ


戻る inserted by FC2 system