「いいのか?」
「ん? 何がだ?」
「襲撃。中止しちゃってさ。」

世界はこんなに素晴らしいのです

「ああ、いいんだいいんだ。『襲撃』を命じたのは、襲撃したかったからではない。」
「?___ああ、ハイハイ。」
決心させたわけね、弟さんに。
ぼそっと呟くと、柳は薄い笑みをもって答えた。
「その通り。いい加減あの膠着状態には飽きていたからな。」
「へーえ。まあお前らしいっていうか。」
「それに、このまま何もしないというワケでもないぞ。」
そう言うと、柳は写真を手渡してきた。輪払虎。生き残りの1人。
「ミサワ、彼が1人の時に、彼と接触してくれるか?」
「いいけど、殺すの?」
「いや、殺さない。立ち話でもしていてくれ。」
「時間稼ぎ?」
「それも違う。狙いは____」
柳は立ち上がり、俺の耳を自分の口元まで近づけた。俺よりほんの少しだけ、柳は背が低い。まあ180超えてるけどな。俺がばかでかいだけだ。
「あそ、そーいうことね。」
了解、頼まれた。言うと、柳は普通の笑顔を見せて言った。
「頼まれた、って古くさい言葉だな。前から思っていたんだが、もしかしてそれ、キャラ付けか?」
「うっせーなぁ、そんなこと作者に聞けよ。」
「それは言わない約束じゃないのか。」


「あーえーっと、君が輪払くん?」
声に驚いて振り向く。同時に、ギターを握りしめた。
「あ、当たり?よっしゃあ!俺はミサワ、真日ミサワ。よろしく〜」
「何がよろしくだ……殺す気できたんだろ?」
「え?あ、いや、違うんだって!!ちょっと立ち話でもどうかなと思って。」
「______は?」
何言ってんだコイツ。
呆気にとられていると、そいつはさらにこう続けた。
「なー輪払くん……ぶっちゃけ、人殺しって楽しくない?」


「所木和弘、君。」
自分の名を呼ぶ声に、背筋が凍る。この世の者ではない人に話しかけられた気分だ。怯えを見せないように、ゆっくりと振り向く。
「………誰、ですか。」
「俺か?そうだな___柳、だよ。」
「リュウ、さん。」
「そう。柳と書いて、リュウ。変わってるよな。」
「確かに、少し珍しいですね。」
後ろ手にモップを握りしめる。この人はヤバい。関わっちゃいけない。
「ハハ、そんなに怖がるなよ。俺は、君を殺すつもりはない。」
そう言って、柳さんは微笑した。
凍り付く。
空気ごと冷やされていく。本当に凍らされたみたいに動けない。何だよこの人、こんなに綺麗で恐ろしい笑み、僕は見たことない。
柳さんはゆっくりと僕に近づいてきた。微笑を崩さぬまま。薄緑の目に、捉えられたかの、ような。
いつの間にか柳さんは僕の目の前に来ていた。僕が柳さんを見上げると、彼は微笑を深くした。そして。


「…いきなり何だよ。」
「え?あーいや、輪払くんの率直な意見を是非にと思ってさぁ。」
馴れ馴れしいなコイツ。うっぜえ。
「……俺は、殺したくて殺してるわけじゃねえよ。」
ふうん、という相槌。イライラに耐えて言葉を紡ぐ。
「俺は人殺しなんかしたくねえ。しないですむならそれが一番だろ。」
「ふーんそうなんだ。俺もそう思うよ、俺はね。でも、」
ニタ、と気味の悪い笑みを浮かべて真日は言った。
「本当に?」
「は?」
「本当にお前、人を殺したくねえの?」
「なっ、俺は和弘や御影とは違」
「そう!その通り!!!」
突然、真日を大声を上げた。待ち望んでいたかのように。
「そう、君は甘木ちゃんや所木くんとは違う!!あっちは化けモンだよ?俺達は人間だろ?」
「……確かにな。だから何だよ?」
「なー輪払くん、あんな化けモンと一緒にいてどうすんの?お前ら、言っとくけど永遠に分かりあえないぜ。」
「___っ」
ギターを振り上げる。下ろす寸前で止められた。
「うるせえんだよぐちゃぐちゃと!!!!」
「おいおい、キレんなよ面倒くさい。いいじゃん事実なんだしさ。あの子達と君は違う。あいつらと俺らじゃさぁ、生きてる世界が違うんだよ。一緒になんて生きれない。お前らは互いに、仲間である資格なんかない」
「うっせえつってんだろ!!知らねえよそんなこと!!」
凄むと、真日は驚いて目を丸くした。
「化けモンだから何だ?仲間である資格はない?一緒になんて生きれない?はっ、んなこととっくに分かってんだよ。だからどうした、んなことどうでもいいんだよ、化けモンだろうが何だろうがアイツは俺の『親友』だ!!文句あるかクソ野郎!!」
「____クソ野郎はひどくねー?」
あはは、と面白そうに笑って真日は飛び退いた。
「あっそ、だったらいいや!俺は退散しますよーっと。」
「ああ!?てめえ逃がすと思って、」
「人を殺すのは趣味じゃないんだろ?」
「______ちっ」
ギターを下ろす。真日は走り去りながら言った。
「あーお前、早く所木くんのこと探した方がいいかもだぜ?」
「……は?てめえ、和弘に何しやがった!」
「俺じゃねえよ、俺よりずうっとタチの悪いヤツ。」
ご愁傷様、と笑って、真日は今度こそ去っていった。


「っ、がっ」
彼の左手が、僕の首を掴んだ。
そのまま勢いよく壁に叩き付けられる。頭部の痛みはすぐに薄れた。頸動脈が締められている。息苦しくはない、けど、気が遠くなる。
「ハハハッ、『殺さない』とは言ったが、『傷付けない』とは言ってないだろ。油断したか?俺はテロリストなんだから、気を抜いちゃあいけないな。」
僕が動けなかった本当の理由を、分かった上で言っている感じだ。僕は何も言い返せない。
モップが落ちる音がした。自由になった手も合わせて、両手で首を守ろうとする。でも柳さんの長い指は、少しも動かない。
「なあ、和弘君。」
「っ、ぐはっ、ああ、あ」
柳さんは僕の喉も押さえ始めた。息苦しくなる。気が遠くなる。頭が、回らない。
「君は、生きているという確かな実感をえるために____つまり、『死にたくない』と思うために、人を殺しているんだろ?」
何で。
僕自身が長い間悩んで得た答えを、会ったばかりのあなたが知ってるんだ。
「でもさ、『死にたくない』と思う方法は……人を殺すだなんて物騒な方法だけじゃないだろう。」
「う、あ、がはっ、あ」
「ほら、今、君____死にたくないだろ?」
………怖い。
こわい。
怖い、怖いよ、誰か。
「フッハハハッ、いきなりいじめすぎたかな。」
始まりと同じく、唐突に柳さんはその手をはなした。崩れ落ち、喉を押さえて咳き込む僕を、柳さんは黙って見下ろしていた。
いや……見下していた?
「和弘君。」
柳さんが僕の髪を掴んだ。強制的に顔を上げさせられる。
荒い息をしていると、柳さんは嗤ってごめん、と言った。
「ちょっとやりすぎたかもしれないな。フハハ、和弘君。」
「…っ、げほっ……何です、か。」
「君はわがままだ。自分勝手だ。最悪な化け物だよ。『死にたくない』と思いたいなら、自分を死ぬ一歩手前まで追いつめてみろよ。実感しろ、死を。他人の死なんて軽いものだろう?たとえ自分が殺したんだとしてもな。死にたくないなら、死んでみろ。そうすれば君は、本能で、死を恐れることが出来る……君がそうしないのは、君が人を、『殺したい』からだ。」
「う……あ……」

「言い訳をするな。認めろ。君は____ただの“人殺し”だ。」

声にならない声をあげると、柳さんは再び微笑して僕から手を離した。前髪が額にかかる。軽く払うと、もう目の前に彼はいなかった。
「ああ、そうそう。」
階段付近で、柳さんは肩越しに僕に言った。
「弟のこと、よろしくな。」
「……弟?」
「フッハハハッ。分からなければいいさ。」
そんなに似てないかな。楽しそうに呟くと、柳さんは角を曲がって去っていった。


「ミサワ、うまくいったか?」
「んお?いや、ちと失敗。予想以上に性格が男前でさあ、あいつ。」
「え、本当?ま、でも、そうなるんじゃないかとは思っていたよ。」
「思ってたなら頼むなよな!!」
「怒るなよ。心情をかき乱せれば十分だ。追い打ちなら、いずれかけにいくさ。」
「あっそ…お前は?」
「ん?ああ、多分成功だ。」
「さっすが。」
「彼の心をかき乱すのは簡単なんだよ…彼は俺と同じだ。」
「……へぇ。」
「さぁ、面白くなるといいな。これで二人に溝が出来る。」
「お前と悠くんみたいにか?」
「………そうかもな。」
目を伏せて柳は笑った。マトモになってくんねぇかなぁ、コイツ。


「和弘っ!!」
「そうしたの、そんな急いで。」
思わず息をのむ。
いつも以上に、和弘の目には光がなかった。
「っ……なぁ、和弘、」
「帰ろう。教室に。」
俺の言葉を断ち切るように、和弘は立ち上がった。
「おい、どうしたんだよ和弘!お前なんか変だぞ?」
「変?あっは、変って何。」
和弘はくるりと振り返った。
「“異常”の間違いじゃないの?」
「どうして、」
「ねぇ虎。」
「____何だよ。」
「ねぇ虎、僕……“人殺し”だったみたい。」
面白いと思わない?
苦しそうに、なのにどこか嬉しそうに和弘は笑った。
どうしたんだよ。
何だよ。
何されたんだよ、和弘。
俺の恐怖とは裏腹に、和弘は笑みを崩さなかった。

柳兄さんは人の首を絞めるのが好きです。

2010/09/13:ソヨゴ


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