「何ニヤニヤ笑ってんだよ、柳。」
「ニヤニヤって……そんな下品な笑みはしてないつもりだがな。」
____確かに、その表情だけを見ればとても静かで美しい微笑なのだけれど。
内面がにじみ出てんだよ、内面が。
「長い付き合いだからな、大体分かるよ。なんか企んでんだろーなーってのは、さ。」
「……普通の人にはバレないんだけどな。」
やっぱりお前も“特例”か。
柳は一人ごちた。
「俺が本音を言ってしまう相手って、ミサワぐらいだな。」
「ふうん……そりゃ光栄だねえ。」
「____光栄だなんて思ってないだろ。」
「おっ、さすが人間観察士。分かる?」
「……誰でも分かるっつの。」
俺じゃなくてもな。
柳は呆れたような表情をした。確かに、俺以外の前でそういう表情をしたところは、見たことがない。
でも俺は、特別と言われるよりも普通と言われて、平穏に過ごしたいタイプの人間だ。
それを言うと柳はいつも、
「それは特別だからこそ思えることだ。」
と笑うんだけど。

『コイツは意地の悪いヤツだ』と気付いてからも俺が柳と付き合いを続けているのは、別に関わりを断つ理由がないからだ。性格が悪い、というのはもしかしたら十分な理由になるのかもしれないが、俺の場合はそうじゃない。一緒に居て面白い、というのと性格が悪い、というのは反比例する事柄ではないんだ。
あと、柳は見てて面白いヤツだ。ただ単に意地が悪くて冷淡で、ってタイプの人間じゃなくて、何というかもうちょっと彩りのあるヤツだ。らっきょう好きだったりするし。カレーのルーの半分以上を占めるらっきょう漬けを見たときは、さすがにちょっと引いたけど。
ある時、俺は柳に聞かれた。
「…なあ、ミサワ。」
「? 何だよ。」
「もうお前は、俺が性格悪いの分かってるだろ?」
「うわ、自覚あったのかよ。タチ悪ぃ」
「そう、タチも性格も悪いんだよ。なのにどうして、友達続けてられるんだ?」
柳は考えて考えて考え抜いても分からないことは割とあっさり聞いちまう。そういう妙に単純で潔いところも、俺は案外好きだ。
「ん〜…見てて面白いから?」
「____フッ、ハハハハハハッ」
言うと、柳はめったに聞けない楽しげな笑い声を上げた。正直あんまし聞きたくない。ちょっと怖い。
「何だよ、聞いといて笑うなよ。」
「フッハハ、いや、その……あらゆる人間を観察している俺が唯一観察してないお前に、逆に俺が観察されてるなんて……よく出来た皮肉だと思ってな。」
「なるほど、言われてみれば。」
柳はいつもの表情に顔を戻しつつ言った。
「ああ……分かった。全部分かった。ミサワが俺と友達で居られる理由も、俺がお前を観察しようと思わない理由も。」
「お、ちょっと気になる。」
「お前が、あまり深く考えないタイプの人間だからだ。」
「____え、何ソレ俺が能天気ってこと?」
「違う違う。お前は表面だけ知ればそれで満足する。複雑な裏事情、感情、事件。お前はそういうもののさわりの部分だけで満足できる。それは特殊なことだ。人間は知りたがる生き物なのに。」
「…ふうん。」
「異常なほど知りたがる俺と、異常なほど知ろうとしないお前。興味はあるんだから逆に不気味だよな。俺らはにてるんだ、多分。」
柳はいつもより少し楽しそうに____嬉しそうに?_____微笑した。
「俺もミサワも“複雑”が嫌いだ。俺は嫌ってるからこそ知り尽くし、“単純”に変換しようとする。ミサワは嫌っているから最初から知ろうともしない。俺らはやってることこそ正反対だけれど、やってる理由は同一だ。」
だったら俺はお前を知る必要はない。だって、俺と一緒なんだから。
柳はそう締めくくった。
「なーるほどね。観念的すぎて全く意味が分からなあい!」
「ほーら、お前ははなから分かろうとしないんだ。まあいい、雰囲気だけでも伝わればそれで構わない。」
微笑を崩して普通の笑顔を見せながら、柳は楽しそうにしていた。

「無駄話はこの辺にして、俺らの嫌いなややこしい話をしようぜ。」
ぱん、と手を叩き、柳はこのぐだぐだとした雰囲気を切り替えた。
「あーはいはい。今残ってる日本人って何人?」
「ええっと、1、2、3、4……7人だ。」
「? あれ?そんなに居たっけ?」
「君も合わせて、だ………唯一の日本人テロリスト君?」
「んだよ、嫌味かよ。」
俺は日本人だ。
けど、柳側についている。
今思えば、よくもまあテロされる側の人間にテロの誘いが出来たものだと思う。柳のことだ、全て分かり切っていたのだろう。そう言われて俺がどう思うか、俺がどう思うか、俺がどう悩むか、そしてどういう決断をするか、全部予測してから誘いをかけたに違いない。もしかしたら悩む時間まで(数秒だったが)予測していたかもしれない。そう考えると虫酸が走る。
でも、まーいいや。
どうせ、俺は分かりやすい人間だ。
俺は嫌味を言われた仕返しに、ちょっとした嫌がらせをすることにした。
「なあ、おい柳。」
「ん?」
「悠くんとの関係は、どんな感じなわけ。」
少しだけ、柳の目が冷たくなった。
「悠?別にどうもしないな。アイツにはあまり興味ない。」
使えないしな。
柳は頬杖をついた。
「へえ……何だっけ?お前が一番望んでんのは、悠くんがあっち側につくこと?
「そうだ。」
「____おかしいんじゃねえの?興味ないっつっても、弟さんだろ?」
「まあな。」
「それじゃあまるで___」
「「対立することを望んでいるみたいだ。」」
うわ、出たよユニゾン攻撃。
「……家族なのに。」
軽く笑いながら言うと、柳は多少不機嫌そうに眉をしかめて、言った。
「別に、悠と対立したいわけじゃない。ただこの場合はそうなった方が都合がいいだけで、」
「柳」
「!……何。」
「お前さ____悠くんのこと、嫌いなのか?」
珍しく、柳が言葉に詰まる。
数秒後、柳は軽く息をついてから話しだした。
「____純粋な子は、嫌いじゃない。優しい子も、嫌いじゃない。ただ………甘ったれたヤツは、大嫌いだ。」
「………あっそ。」
殺伐としてらあ。
心の中で呟いて、俺は柳が差し出して来た書類に目を通した。

「襲撃、か……」
脳裏に、和弘の言葉が浮かぶ。
『次襲ってきたら、殺すから。』
こんな時になってまで俺は、悩んでいる。迷っている。だから嫌われるんだよな___兄さんにも、虎にも。 どちらとも離れたくない、なんて甘ったれた考えだとは思う。でも俺には選べない。どちらか一方を切り捨てるだなんてこと。
ああ、甘い。
反吐が出るほどに。
自己嫌悪で憂鬱になりながら、俺はサブマシンガンを握った。

「悠くん、大丈夫か?」
トン、と肩に置かれた手を見て振り返ると、そこには異質な彼が立っていた。
「マナビ、さん。」
「ミサワでいいってば。あと、『真日』な、『真日』。カタカナ語発音で言われるとどうもなじめなくってさ。」
んなこと言われても。このテロ組織の中で日本語が母国語な人なんて、あんたぐらいしか居ないんだよ。
「___平気です。あなたに心配されるいわれ、ありませんから。」
「ふうん。だったらいんだけどさ。だって今から襲撃するの、君の友達なんだろ?」
「………」
「___裏切っちゃっても、いいんじゃねえ?」
「は?」
「だってさあ、悠くん。柳とその友達との間で揺れてんだろ?」
___兄さんのことを呼び捨てにする人なんて、真日さんぐらいしか知らない。大学で出会って以来ずっと兄さんの友達らしいけど……
どうして、弟の俺より兄さんのこと知ってるんだよ。
イラつく。単純に気に入らない。家族なのに。俺は、家族なのに。
……やっぱりそう思ってるのは俺だけなんだろうか。
耳にちらつくあの日の言葉。信じているよ。ただそれだけの短いセリフ。それでも忘れられないのは、簡単な話。俺がこの言葉を信じたいからだ。
信じたい。嘘だろ?信じたい。嘘なんでしょ?
馬鹿だ。切り捨てればすむ話なのに。
「柳のヤツ、弟の悠くんに言うのもなんだけどさあ、ぶっちゃけ性格最悪だぜ?悠くん優しいし、あんなヤツと一緒に居たら利用されちゃうぜ?……ああでも、あんなヤツでもお兄ちゃんだもんなあ。」
「…兄弟だと、思ってるのは」
「?」
「俺だけかも……知れないですけど。」
馬鹿じゃないの。
俺だけ“かも”、じゃないでしょ?
………俺だけ、だ。
ああ____俺だけだ。
心臓が引き裂かれたかと思った。今すぐにでも叫びだしたい。泣き叫びたい。でもこの痛みをどう吐き出せばいいのか分からない。俺は泣き方も叫び方も忘れてしまったんだろうか。今まで心が痛んだときは、どうやって処理してきたんだっけか。
小さい頃、心ってのは心臓じゃなくて脳味噌にあるんだって誰かに教わった。でも違う、それは間違いだ。だったらこんなに痛いはずない。心臓が、痛いはずない。
「…………どうしたー悠くん。目ぇ見開いたまま固まっちまって。」
真日さんの声にハッとする。数秒目を閉じてから、俺は真日さんを見据えた。
「____真日さん、助言ありがとうございます。」
「へ?」
「おかげで気付きました。俺はもうとっくに、切り捨てられてた。だから俺が俺で居るためには___俺も、切り捨てなきゃ。」
「……」
「真日さん、兄に伝えておいていただけますか?」
「え?いいよ、何て?」

「あんたのことなんか大ッ嫌いだ、兄さん______って。」

「___了解、頼まれた。」
「ありがとうございます。それじゃ。」
さようなら。
俺は軽く一礼すると、くるりと背を向けて全力で駆け出した。和弘の居る教室へと。
そこに居る兄と決別しながら。

「……居るんだろ?柳。」
「……何だ、バレてたか。」
柳は微かに笑いながら物陰から出てきた。
「言っちまったな、弟さん____伝言は、必要ねえか。」
「ああ、必要ない。アイツも俺が居るの分かってただろう。俺の“弟”なんだから。」
「寂しいか?____弟さん、行っちゃって。」
何だかんだ落ち込んでんじゃねえかなあ、と軽く予想を立てて振り向く。
俺は目を見張った。
柳は、微笑していたんだ。
背筋が凍り付いた。初めてあいつの微笑を見たときと同じように。
コイツ、人間じゃないんじゃないか。
ゆっくりと這い上がってくる冷気に感覚を支配される前に、俺は急いで柳から目をそらした。
「予想通り、予測通り。これでいい、これがいい。それでこそ俺の弟だ。」
幽霊のように浮世離れた____現実感のない足取りで、柳は俺に歩み寄った。
「『あんたのことなんか大ッ嫌い』……フッハハハ、そうでなくちゃな。楽しくも何ともない、俺のことが好きな悠なんて____つまらない。」
俺越しに、悠くんが走り去った方角を見つめて、柳はその微笑をより幽幻なものにしながら言った。
「俺は……大好きだよ、悠。」

少年は走る。 圧倒的な痛みと悲しみと____ほんの少しの開放感を手に。
青年は嗤う。
どこまでも優しく甘ったれな弟に____ほんの少しの愛情を示して。



そして二人はすれ違う



((大好き))

市羽目兄弟の関係性ってのは大体こんな感じです。
あ、あとまたキャラ出しちゃってすみませんでしたあああ!!
テロリスト側、というより柳側の人間も一人くらい居てもいいかと思って(汗
柳は器用なんだか不器用なんだか____いや、多分器用なんだろうな。
とりあえずは彼の計画通りです。さあここからどうしよう(笑

2010/6/08:ソヨゴ


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