「うーん、何が何やらだなあ。」
「ん?どーしたにーやん。」
「イヤね、今和弘君の部屋盗聴してるんだけど、」
にーやんが答える。ノユは思いっきり顔をしかめた。
「ぬすみぎきかよ、にーやんサイテー。」
「兄に対して最低はダメだぞ、ノユ……ノユ、市羽目とか言うテロリスト、知ってる?」

ウサギがフタリ

「知ってるもなにも、ノユがにーやんにおしえたんじゃん。」
ああ、そういえばそうだった。
つぶやくと、にーやんはこちらをむいた。
「今和弘君、彼を捕まえて問いただしてるみたいなんだけど、」
「うん。」
「いつまでたっても殺す気配がなくてね……ノユ、何でだと思う?」
そんなの、かずっちがテロリストのシンユウだからじゃないの?
返す。にーやんはだよねぇ、と相槌を打った。
「やっぱりノユもそう思うか。でも、和弘君は情が深い方じゃないだろう?生かしておいているのには、他に訳があるんじゃないかと思ってさ。」
「そんなのにーやんが考えろよ。頭脳専門だろ。」
「___こういう時、切なくなるんだよなあ。」
にーやんは盗聴器をはずしてノユを見た。
「? せつなくって、なにが?ってか、盗聴しなくていーのかよ。」
「ほら、また。」
かた手をかみの中にうずめながら、にーやんはため息をつく。
「ノユはさ、小四だろう?飛び級してるから、本当は小二の年だし……だから、親友とか盗み聞きとか、はっきり言えないのは当たり前だと思うよ。でも……」
「でも?」
「”盗聴”ははっきり言えるだろ?」
キョトン、としていると、にーやんはノユを見あげて言った。
「嫌なんだよ、何か……ノユは普通の女の子なのに、”頭脳専門”とか”盗聴”とか”拷問”とか”誘拐”とか……そういう言葉は、はっきり言えるだろう?ちゃんと、分かってる。」
「もちろん、SEPタイショウシャだし。」
「こういう時に後悔するんだよね、そのこと……ノユをSEPに入れることにもっと反対すればよかったって。私はノユには……普通の女の子として普通に、幸せになって欲しかったから。」
だから時々、兄として、すごくつらくなる。
にーやんはそう言ってうつむいた。
「____ノユは、べつに平気だよ。どうせ、ほっといても人殺しになってたから。」
ノユはにーやんに近づいて、にーやんの頭に手をおいた。
「ノユはSEPに入った方がよかった。入ってなかったら、セイギョできないヤツになってたよきっと。ムサベツサッショウマとかトオリマとか、そういうヤツになってたよ、きっと。」
にーやんがだまったままなので、ノユはもっとつづけた。
「……カワイソウなのは、にーやんだ。」
ノユがはなしはじめてからはじめて、にーやんは顔を上げた。
「にーやんはただ”頭よかっただけ”じゃんか。すっごく”頭よかっただけ”じゃん。なのに、SEPに入れられたんじゃん。イヤだったんでしょ。カワイソウだよ。」
「___私は、いいんだよ。」
にーやんはムリヤリわらった。ノユにだってそれくらい分かる。
「元々、頭を使うのは嫌いじゃなかったから。戦術ゲームとか、好きだったし___ゲームだと思えば別に」
「ウソツキ。」
「…え?」
「にーやんのバーカ。ゲームじゃないじゃん。人、死ぬじゃん。ノユが分かってること、にーやんが分かってないはずないよ。それに、ノユは知ってる。」
__これを言うのはユウキがいる。
ほんとは、知らないフリをしてなきゃいけないことだ。これは、タブーだから。心の中にしまっておくべきことなんだ。でも……しまったまんまじゃ、ダメなことでもある。
今言わなきゃ。
「____にーやんは、ノユのためにSEPに入ったんでしょ。」
「! ノユ、何でそれ」
「そしてっ!!」
「……」
「そして、にーやんは、パパとママをいつか殺そうっておもってる____ノユの、ために。」

長い長い、間。

「_____当たり前だろう。」
たえきれそうもないそのチンモクをやぶったのは、にーやんだった。
「あの人達は____ノユをSEPに入れたんだ!それどころか、特殊部隊コースに入れようとしたんだぞ!?」
「……特殊部隊、コース。」
特殊部隊コース。
カンタンに言えば、バケモノをつくるシステムだ。
ニンゲンセイをすてさせ、チョウジンテキな力をもった生きる兵器をつくりだす、システム。
「たしかにSEPには、國から選ばれたものしか入れない。参加は自由とはいえ、あれはもう国からの命令みたいんなものだ。それに逆らえなかった気持ちは分かる。でも、特殊部隊コースだぞ!?あのコースに入れだなんて、親なら、家族なら、絶対拒むはずだ!でもあいつらは進んで入れようとした!!それは、それはつまりっ……」
ああ、にーやんの、
「あいつらはっ……」
泣くとこなんて、
「あいつらはぁっ……」
ひさしぶりに見たな。
「ノユのことを、化け物だって思ってるってことだ……」


「ノイ。お父さん、ノユのことを特殊部隊コースに入れようと思ってる。」
「………は?」
「ノイ、ノイは嫌だろうけど、お国の為にもウチの為にも、これが最善だと思うのよ、お母さん達。」
許せない。
「これもノユのためなんだ。このまま放っておいたら、あの子はどんな化け物になることか……」
許せない。
「国は、ノイがSEPに入るなら特殊部隊コースじゃなくてもいいって言ってるけど、ノイは嫌でしょう?あんな人殺しの部隊に入るのは。」
許せない許せない許せない。
こいつらは、ノユを厄介払いしようとしてるのか……?
そんなの、そんなこと……
____させてたまるか。
「……あ………んたは」
「え?なんて言ったの?はっきり言いなさい、ノイ。」
「_____じゃあ、あんたは、ノユが人殺しになってもいいのかよ。」
「ノ、ノイ?一体どうしたの、そんな乱暴な言葉遣いして」
「ノイ、お母さんに向かって何て口の利き方を、」
「はあ?誰が母親だって?」
がたん、と大きな音を立てて立ち上がる。
二人は怖じ気づいたような顔をした。
「………入るよ、SEP。」
「___え?何だって?ノイ、もう一回言ってみろ。」
「だから入るって言ってるんだよ、聞こえなかったのか?耳が悪いんだね、”戸羊さん”。」
「何だと!?調子に乗るなよ、ノイ!」
父さんが私の胸倉を掴んで、拳を振り上げた。やめてください、と母さんが制止する。
もうどうでもよかった。
握りしめすぎて血が垂れている自分の拳を、父さんの頬めがけて放つ。
面白いくらい吹っ飛んだ。
「ノイ!何て事をするの!!お願いだから、父さんに謝ってちょうだい!!」
母さんが、私の左腕にすがりつく。
うっとうしい。
ばしっ、と邪険に振り払うと、母さんは傷ついたような顔をした。
知るか、あんたのことなんて。
「ノ、ノイ……」
「申し訳ありませんが、赤の他人の頼みを聞いてやる義理はないんですよ。そこまで私は優しい人間ではございませんから。出来れば女の人を殴りたくはないので、慎んでいただけますか?慣れなれしい行動は。」
仕上げに思い切り、見下す。近寄るな、母親失格。私はもうあなたを家族だとは思わない。
「ノイ、行くなら行け!勝手に出て行けばいい!!好きなようにしろ!!お前なんか絶縁だ、この恩知らず!!」
ようやく立ち上がった父親が、大きな声で怒鳴り散らした。ちっ、二階のノユが起きちゃうじゃないか、黙ってればいいのに。
お父さん!!、と母親が絶叫する。私は二人を置き去りにして階段に向かった。
ふと思いついて、足を止める。
「……絶縁もなにも。」
「何だ!」

「父親だったことなどあるんですか?”父さん”。」

言い捨て、階段を上がった。
背後から怒鳴り声と鳴き声が聞こえる。好きに喚いて泣いてればいい。私はもう、あんたらのことなど知らない。
ノユとフタリで、生きていく。


「___ノユ?」
にーやんは、ノユの顔を見てつらそうに顔をゆがめると、立ち上がって、ノユのことをだきしめた。
「……ノユ、」
「___ひっく、うっく、うう」
「ノユ、ごめん。こんなこと、言うべきじゃなかったな。」
「分かっ、てた、にーやん、」
「うん。」
「ノ、ユは、わかってたん、だ、」
「…そうだね。」
「パパ、とママ、が、ノユのこと、好きじゃ、ないってこと……こわいっておもってる、こと、でも」
「……」
「やっぱりつらいよお、にーやん」
にーやんのうでの力が、つよくなった。
「ノユ、」
「うっ、ひぐっ、ひっく」
「ノユ、にーやんがいつか必ず、あいつらのこと殺すから」
「うぐ、ひうっ」
「あんな奴ら殺してやるから、だから、」
「ひうう、うわああん、あう、」
「だから泣かないで、ノユ。」

そんなこと。
しなくていいと、言えなかった。


戻る inserted by FC2 system