「何考えてんの?」
ぼんやりと雲を眺める柳に、尋ねる。
「いや……ただぼーっとしてるだけだ。」
眠そうな目をして柳は答えた。昨日の作戦会議、長引いたもんなぁ。
「ったく……夜更かしはよくない、な。」
口調まで眠たくなってきた。そんな柳の珍しい様子を見て、とあることを思い出す。
「なぁ柳、覚えてる?」
「何を?」
「大学生んときさぁ……一回だけ、賭けしたことあんだろ?」

あいつは何で起きてられるんだ、こんな退屈な授業で。
俺はその事がずうっと気になっていた。
俺は、真日ミサワは、ちょいと名の知れた居眠り常習犯であるが、おかげでいつも単位はギリギリなわけだが、それはともかく、よく受けてる講義がかぶるヤツの中に、一切寝ないヤツがいるのだ。
ソイツの名前は市羽目柳。あれでリュウ、と読むらしい。
成績優秀で有名で、生徒どころか先生の中にもファンがいるほど顔がいい。何もかもが平均いかな俺とはかけ離れた存在だ。
このままいけば、一言も言葉を交わすことなく卒業するだろうなと思っていたが、最近俺はあいつと知り合いたくて仕方がない。
くだらない理由だ。どうすれば寝ないでいられるのか聞きたいのである。

学食にカレーを食いにきたら、先に食ってるヤツがいた。柳だ。
同じものを頼んで目の前の席に座る。と、意外にもあっちから声をかけてきた。
「あ、真日……だっけ。」
「あれ?何で知ってんの?」
「何でって……受ける講義よくかぶるだろう?それに、」
柳は俺の頭を指で軽く示した。
「その金髪。目立つよ、相当。」
「そっかぁ。やっぱ目立つんだなー金髪。」
「まぁな。」
言って、カレーをかき込む。イメージに反して豪快な食いっぷりだ____って、いやいやその前に。
「あのさ、」
「ん?」
「何だよその大量のらっきょう」
さっきから気になっていたことだ。柳のカレーの器の半分は、らっきょうで埋め尽くされている。
「え?好きなんだよ、らっきょう。」
「親父くせぇな!てか好きっつっても限度ってもんが、」
「? いけないか?」
見苦しいなら控えるが。 いや、別にいいと思うけど?個人の勝手だし。
「ただちょっとビビる。」
「そうか。」
つまり、俺と他の人では柳に対する第一印象が大きく違ったということなのだ。他の人の柳への印象はすべからくいいものに違いないが、俺の場合はちょっと違った。俺から見た柳は、最初はただの変なヤツだったのである。

「よう、ミサワ。」
「おっ、なぁ柳、フランス語のノート貸して」
「またかよ……お前たまには授業聞いたらどうだ?」
俺と柳は高校時代のいわゆるクラスメイト程度には仲良くなった。いや、いっつも一緒につるんでる仲間、ぐらいには、仲良かった気もする。
「次、誰だっけなぁ。」
「心理学なら、山崎とかいう女だ。」
「山崎ぃ!?うっわ最悪。」
「そうなのか?受けたことないが。」
「あのなぁ、賭けてもいいけどあの授業は寝る。お前でも寝る。」
「そんなにか?俺、今まで授業で一度も寝たことないぞ。」
「いや絶対寝るね。賭けてもいいぜ本当。」
「じゃ、賭けるか?」
「おっ珍しいねぇ。」
柳がこういうことに乗ってくるのは初めてだった。今思うと柳も退屈していたのかもしれない。日常に。
「何を賭けようか。」 「今度昼飯おごりでいんじゃね?」
「OK。じゃ、そういうことで。」
柳はそういって先に教室に入った。俺は柳の二つ下の席に座る。
間もなく山崎が入ってきて、講義が始まった。

いつも通りの退屈さに思わず寝そうになっていると、隣りの女子に肩をつつかれた。
「市羽目くんから。」
そういって、小さなメモを手渡される。ちょっと振り返って柳を見ると、平気な顔をしてノートを取っている。
あっちゃー、こりゃ賭けは負けたかなぁ。
そう思ってメモを開くと、そこには。
『予想以上に退屈だ。何なんだコイツ。どこの馬の骨だよ。』
と、いつもの柳よりほんの少し崩れた字体で書かれている。思わず吹き出しそうになった。
こりゃ、案外勝負は分かんねーかもな。
ほくそ笑んで、俺はホワイトボードを見た。意味分かんなくて見るのはやめた。

「ちょっと、真日く〜ん。起きてくださ〜〜い。」
マイク音声が耳をつく。すいぁっせーん、と寝ぼけ眼で返事をすると、山崎の口から意外な名前が出た。
「それから、村上さん。ちょっと市羽目くん起こしてあげて。」
え?市羽目?柳!?
バッ、と勢いよく振り返って確認すると、柳は目を閉じて、少しうつらうつらとしていた。俺みたいに突っ伏して寝たりしてねーけど、確かに寝てる。
龍のとなりにいる女____村上、な_____はしばらく柳の横顔に見蕩れていたが、やがて遠慮がちにヤツの肩を叩いた。数回叩かれて、柳はようやく目を覚ました。
「ああ………すみません。」
目をこすりながら、柳は山崎に謝った。いいのよ、次から気をつけてね。山崎はにやけ面である。何だよ、この俺との対応の違い。
柳と目が合った。
にい、と笑うと、柳は少しムッとしたような表情を浮かべた。そして俺に向かってベーッと舌を出すと、つまらなそうにそっぽを向いた。
おいおい、今日は珍しいことづくしだな。
くくくっ、と俺は小さく笑った。案の定山崎に怒られた。

「まさか、お前に賭けで負けるとはな。」
昼食時。柳は頬杖をついてため息をついた。
俺はハヤシライスをかき込む手を止め、笑う。
「いやぁ、俺だって勝つとは思ってなかったぜー。」
「あんなに退屈だとは思わなかったよ……」
教授としてどうなんだ、アレは。
つんつん、と柳はカレーライスをつついた、相変わらずその器はらっきょうでいっぱいだ。
「だから言っただろー絶対寝るって。」
「そうだな。」
柳は軽く眉をひそめた。そうそう、コイツは感情豊ってワケじゃないけど、結構分かりやすい奴である。
少し、面白いことを思いついた。
「なー、柳。」
「ん?何だ?」
「お前、案外寝顔あどけないんだな。」
は? 柳は一瞬動きを止めたが、すぐに言われた意味に気がついた。
「っ、お前なぁ!」
「おやおやどうしたのかなぁ?」
「イラつく……っ」
お前なんかこうしてやる。
柳はスプーンいっぱいにらっきょうを盛ると、俺のハヤシライスの中にぶっ込んだ。
「あーっ!てめぇ何すんだよ!?」
「ハッ、ざまぁみろ。あんまり人をからかうからだ。」
「ほぉー?クールが売りの市羽目くんが随分子供っぽいことすんなぁ?」
「勝手に言ってろ、精神年齢小学生以下のクセして。」
「そんな言い方すんなよっ!」
一瞬の、間。耐えきれなくて二人で吹き出す。
「何をやってるんだ俺らは。」
「あっはは、バッカみてぇ!!」

「そういえばあったな、そんなこと。」
フフ、と柳は薄く笑った。
「あのときはやってくれたな」
「まーなー。俺も寝ちまったけどね」
はは、と笑いあう。柳が下を向いてる好きに、いたずらを思いついた。右手でとあるものを隠し持つ。
「そういや、あの山崎って女」
柳が笑いながら顔を上げた瞬間、
「スキあり!!」
「んぐっ!?」
柳の口に突っ込んだ。何をでしょーか?
「___らっきょう?」
「正解。」
ぽり、ぽり。柳は口だけでらっきょうを食い切った。
「何だよいきなり。」
俺は笑いをかみ殺しつつ、言う。
「っくく、お前さぁ、」
「何だ?」
「寝ぼけてっとスキだらけだな!」
「______お前なぁ!!!」
「ぶっはははは!!」


人殺し達の優しい午後。

久々のブチこわです。
柳兄ちゃんも人間なんですよ、ってことで。キャラ崩壊とも言う。

2010/09/09:ソヨゴ


戻る inserted by FC2 system