柳の髪に指を通す。なめらかで細い、女のような髪。花緑青に輝く髪は蜜のような艶がある。舐めとってやろうか、などと、考えはしたがやめにした。代わりに手に取り口付ける。 馨しい。梅の香がする。
「……どうした、柳。妙に沈んでいるではないか。」
 そこでふと気がついた。背中越しに見える横顔が、いつもより影を帯びている。俺は顎に手を添えて柳にゆっくり横を向かせた。 しゃらり。柳の髪飾りが鳴る。
「……旦那、遊女が“証”を欲するなどは_____やはり、おかしいやろか。」
「“証”?」
 問い返すと、柳は顔を上げ俺を見つめた。薄緑の瞳。翡翠のよう、霧のよう、儚げな。 口に含んで、舌で遊んで、噛み砕いてしまいたい。
「遊女は嘘を売る仕事。“証”を寄越せと迫られはしても、自らが、求めるなどは………やはり愚かでありんすか?旦那。」
「いきなりどうした。愚かなどではないぞ、柳。何だ、爪でも剥いでやろうか?それとも指を切ってやろうか。欲しい物を言ってみろ、お前には全てくれてやる。」
 言いつつ肩に頭を乗せた。声を低くして囁けば、柳から微かに、吐息が漏れて。
「そのような、痛みを伴う“証”など……旦那、何だって良いのでありんす。旦那の物なら、何だって。」
「そうか?なら、何が欲しい。 好きなものを取っていけ。」
 刀を抜き取り、柳に手渡す。柳は俺の腕から逃れて向き直った。優雅な手つきで着物を正し、俺の刀に手をかける。細い指が艶やかに動いて、鞘が静かに抜け落ちた。
 思わず、息を呑んだ。
 灯りが柳の姿を浮かび上がらせる。彼は悠然と微笑んでいた。 着物から覗く白い肌。美しく伸びた長い睫毛。梅の柄の、朱色の着物。____そして何より、似合わぬ刃。
「よいのでありんすか?旦那。 奪って、しまって。」
「え、____あ、あぁ。好きにしろ。」
 声をかけられ正気に戻る。夢を見ている、ようだった。
 まだ夢の中のように感じる。柳は俺に迫りより、鋭い白銀をちらつかせた。嬉しそうに、笑みを浮かべる。
「では………甘えさせて、いただきんす。」


「へいらっしゃい!……おや、旦那!!随分とまた思い切ったことを。」
「よう、久しいな。何か珍しいモンはあるかい?」
 商人の声はあえて無視する。彼は拍子抜けしたように、実に間の抜けた声を出した。
「へ?あ、あぁ、いいのが入っていやすぜ旦那。」
 それにしたって。 商人は、物珍しげに俺を見つめる。 やはり、少し見慣れませんなぁ。
「“いめぇじちぇんじ”とやらですかい?」
「“いめぇじちぇんじ”?何だいそりゃあ。」
「おや、異国に詳しい旦那でも知らない事はあるんですなぁ。ま、一種の俗語のようなもんです、あまり気になさらんで下せぇ。」
 失恋でもなさいやしたか? その問いに、否定を返す。
「いいや、むしろその逆さ。」
「逆?はて、逆と言いますと。」
「それ以上聞くのは野暮だぜ。控えおけ。」
 薄笑いで応える。 さいでっか。彼は青菜に塩といった様子で寂しげに言葉を返した。面白い奴よのぅ、と、からかうように眺めていると、彼は非常に言いにくそうに、恐る恐る、俺に尋ねた。
「旦那……もう一つだけ、いいですかい?」
「ん?どうした。」
「旦那の頭の髪飾り____その色、見たことないもんで。何で出来てるんですかい?」


 ざんっ。  首の後ろに回された刃が躊躇なく髪の毛を刈った。頭から、重みがふいと消えてなくなる。その軽さに戸惑いつつ、俺は柳に尋ねる。
「柳、今……お前、一体何を。」
「髪を、____切らせて、いただきんした。」
 結っていた紐を目印にばっさり切られた俺の髪は、柳の手の平にのせられている。その結われたままの金髪に、柳は頬を擦り寄せて。
「ふふ、狐のような髪でありんす。」
「そんなものが欲しかったのか?」
「“そんなもの”ではありんせん、旦那。これは旦那のものでありんす、旦那の一部でありんすよ。だからわっちにとっては十分、意味あるものなのでざいますよ。」
 満たされたような表情で、柳は刈り取った俺の髪を眺めた。髪飾りでも作りましょうか、など、可愛げのあることを言う。 三つ編みにして留めるのだろうか。
 そんな柳をまた眺めながら、俺は少し考え込んだ。取られただけでは割が合わん。ならどうだ、俺が欲しても問題なかろう。
「___柳、刀を返せ。」
「え? あぁ、はい。旦那。」
 柳は素直に刀を返した。俺は刀を受け取ると、柳の首筋に刃を当てた。真意が読めていないのか、柳は首を傾げている。俺は柳の髪を少しだけ束ねて、刀をそのうなじに這わせた。
「柳、俺も奪わせてもらうぞ。」
 ざくり、刃を通す。そこまで多くは刈り取らなかった。せいぜい、人差し指程度。
「これで飾りを作ろう、そしていつでも髪に飾ろう。………お前も、そうするつもりであろう?」
「ええ。三つ編みに結って、そう、いつでも。___ふふ。これなら逢えないことはない、旦那の傍に居れますな。」
 悪戯のように柳は笑った。つられて俺も笑顔を返す。そのまま頬に手を伸ばし、触れるだけの接吻をした。首筋が少し涼しい。 柔らかな唇にいつものように欲情して、俺は舌を差し入れた。絡めつつ、考える。
 なるほど確かに嬉しいが____髪ではやはり、物足りんなぁ。

指切り、頂戴。


たまには甘える太夫さん。唐突に真日の旦那を短髪にしたくなりまして。小ネタにつき驚きの短さ。

2010/02/03:ソヨゴ


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