孝一はトランプが苦手だ。特にジジ抜きが大の苦手だ。理由はひどく単純で、アイツは運に恵まれてない。終わってみれば、必ずと言っていいほどジジは孝一の手札にあって、ある意味才能レベルだと思う。
 そして、今回も。例に漏れず孝一が負けた。

トランプしようよ

「だから嫌だっつったのに……結果は分かりきってただろうが」
「でも神経衰弱やるスペースはねぇぜ」
 沢霧が軽く言い返す。ポーカーも飽きちまったしな、と、俺も沢霧に同調する。
「あの___負けなくてごめんなさい。」
 小豆屋が気まずそうに言った。ともすれば皮肉のようだが彼の場合は本心だろう。けれどもそれは、仕様がない。彼はすこぶる運がいい。心理戦は苦手なようだが運だけは無駄にいいので、ポーカーはダメでも大富豪は強い。ババ抜きやジジ抜きで負けたところは見たことがない。
「あぁいや、お前は気にすんな小豆屋。」
「そーそ。コイツが弱いのが悪いんだからね」
「うっせぇてめぇはゴミ箱に帰れ」
 それ遠回しにクズって言ってんの!? 沢霧が半ば涙目で返す。俺は吹き出しそうになりつつ、跡を継いで孝一に言った。
「じゃあ孝一、お前罰ゲームな。」
「……は?」
 そんなルールありましたっけ。呆然として聞いてくる彼に嫌な笑みを浮かべて返す。
「いんや、今決めた。その方が面白いだろう。」
「それは反則じゃありませんか、」
「上官命令だぞ孝一。何ならもう一回やるか?どうせお前が負けるだろ。」
 言い返せなかったらしい。孝一は深く域をついて、内容を尋ねてきた。
 少し、考える。何なら嫌がるかね……ちなみにここは食堂で、地味に人が居たりする。洒落にならないことはできない。
 よしこれにしよう。
「沢霧とキス」
 人差し指を立てて答える。 一瞬、食堂が静まり返った。
「____は、」
「「はぁああああ!!?」」
 二人は同時に立ち上がった。お見事、机を叩くタイミングも一緒。
「絶対お断りですそんなの!!」
「何で俺まで巻きこまれてんすか!!」
「いいじゃねぇか沢霧、お前ポーカーは最下位だったろ。」
 んな理不尽な。沢霧が呆れる。 孝一は、本気で嫌そうな顔をして俺に迫る。
「他のヤツならまだいいですけど沢霧だけは絶対嫌です!!」
「およ、何で。色男じゃん。」
「顔がいいのは認めますけどっ、だって沢霧ですよ沢霧!!嫌に決まってるぜってー嫌だ。」
 後半部分は独り言だ。そんなに嫌かね、と俺は思わず笑ってしまって、射るような目つきで見られた。睨むこたぁないだろうに。小豆屋は向かいの席でおどおどと挙動不審で、そりゃ居づらいだろうなぁ。
 沢霧はといえば、勝手に色々言われたせいか若干不機嫌になっていた。すすすと孝一の隣に移動し、口を尖らせて文句を言う。
「そこまで嫌がられっとさすがに傷つくんだけどー」
「でもお前だって嫌だろ?」
「そりゃもちろん嫌だけどさぁ」
 もうよくねぇ?諦めよーぜ。 沢霧が彼の肩に手を置く。 准将は一度言い出すと、絶対にやめねぇじゃんよ。
「んなこた分かってんだよ、分かってっけど嫌なんだよ!くっそなんでトランプごときで、」
 最悪だ、と孝一は呟く。さっさと済ましちゃおうぜ蔵未。 沢霧が顔を近づけた。
「はいほらこっち向けよ」
「近寄んじゃねぇよ××野郎!!!」
 スラングとともに膝蹴りが飛ぶ。見事な角度で、決まってしまった。
 ゆっくりと沢霧が後ろに倒れる。どさっ、という音がした後、孝一は顔を青くした。
「オ、オイ……沢霧?」
「あーぁ決まっちゃったな」
 可哀想にと呟けば、孝一は焦ったように沢霧にかがみ込んだ。頬を叩いて、心配そうに声をかける。 大丈夫か?
「どう見ても大丈夫じゃねぇよ、救護班呼ぶか?ん?」
 からかって追いつめれば孝一は益々不安げになって。 沢霧の顔を覗き込む。
「大丈夫か?悪ぃ、つい………」
 俺は立ち上がって沢霧に目を向けた。倒れる彼の右手を見る。 その手は、ピースサインを作っていた。
「なぁ沢霧しっかりしろよ、いつもの蹴りと一緒だろ?」
 孝一は少し顔を離した。沢霧の右手が、こっそりと動く。
「もしかして____変なところに入っちまっ、」
 た。
 孝一が言い終えるのと同時に。 沢霧は衿を引き寄せて、その唇を簡単に奪った。
 外野から短い悲鳴。もちろん嫌悪の類いではなくどちらかと言えば黄色い声だ。唇と衿が放されてからも、孝一はしばらくの間、ぽかんとしたままでいた。
「騙し討ちー」
 にっ、と沢霧が笑う。孝一の顔が、見る見るうちに赤くなっていった。
「こっ、のっ、やっ、ろぉ____!」
 勢いよく立ち上がり彼の脇腹に蹴りを入れる。孝一の爪先は沢霧の脇腹にぐっと深く食い込んで、うおわぁアレはマジで痛そう。
「おま……今のはガチでキたって…………」
 沢霧は脇腹を押さえて丸まった。苛立ちながら席に座ると、孝一は俺に笑顔を見せる。 空恐ろしいほどいい笑顔だ。
「准将ぉ、ポーカーしましょうよぉ。 もちろん罰ゲームありですよ」
「ん?い、いや俺は遠慮し、」
「罰ゲームありで」
「了解しました」
 嬉々としてカードを切る孝一を横目で見る。何か、ぞっとする。これは確実に仕返しされるぞ……ポーカーでヤツに勝つなんざ無理だ、____七回やって、やっと一回勝てるか否かなのに。
「はいどーぞ准将!」
 切ったトランプを上から順に、手札がまとめて渡される。チクショウ楽しそうだなコイツ……ん?
 はは、と思わず苦笑い。この手札は___うん、
「終わったな……」

蔵未は。准将に遠慮がなくて沢霧に容赦がない。

2011/02/23:ソヨゴ


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