よぅ、いるかい。のれんをくぐって現れたのは、浴衣姿の旧友だった。

外道の独白

「お、所木の旦那。浴衣たぁ珍しいな。」
「そこで祭りがあってね。ちょいと寄ってきたんだ。」
扇子で軽く扇ぎながら、和弘は言った。
「で?店はまだやってねえぜ。何の用だよ。」
「別に。近くまで来たんで、どうせならって顔出しただけ……ああ、そういや。」
君に聞きたいことがあるんだ。 和弘は思い出したように言った。
「御影のことさ。アイツは、どの花が好みなのかな。」
「? 花?桜は好いてるみたいだが。」
「桜か……ありがとう。」
何か買うのか。聞くと、和弘はまぁねと素っ気なく答えた。
「んなことしなくても、アイツはお前を気に入ってんぜ」
「そういうんじゃないよ。喜ぶ顔がみたいだけ。」
へぇ、惚れてらっしゃいますねえ。
茶化して笑う。和弘は、やめろよと言って顔をしかめた。
「ところで旦那、あっちの太夫は見に行ったか?」
「いいや。ただ少し、あちらに行く用が出来てね。もうすぐ見ることになると思うよ。」
用。 そう、用。
「用って何だよ?」
「虎、悠という名を覚えているか?」
悠。もちろん覚えている、幼き日の友の名だ。団子屋の息子だっけか?懐かしい。
「ああ。最近はすっかり疎遠になっちまったが……どうした?」
「アイツ、あの店で遊女やってんぜ。」
は?
思わず間の抜けた声を出してしまった。遊女?アイツが?
「いやまぁ確かに……かわいい顔はしてたけど。」
「さらに驚いたことには、アイツ、太夫の弟なんだそうだ。」
「はぁあ!?」
雪月太夫の!?ってことは、太夫はあの団子屋の、ご長男ってことか?
さすがに焦る。どういうことだかうまく飲み込めない。
そうやらそうみたいだ。僕ら二人とも悠の兄君には、あったことないものな。」
「挨拶ぐらいはしたことあるが……なるほど、それで見覚えが。」
合点がいった。にしてもこの世は狭いな、全く。
軽く衝撃を受けていると、和弘は少しだけ口元をゆがめた。
「それでね___買ってみようかと、思ってるんだ。」
「悠を?」
「そう。」
言葉に詰まる、しばらくしてからやっと俺は、外道だな、とだけいった。
「かつての親友を金で買うのか?」
「面白そうだろ?」
扇子をパチンと閉じて、和弘は微笑んだ。
「どんな顔をすると思う?」
「考えなくても分かるだろう。旧友に買われて遊ばれるんだぞ?」
最悪だ、つくづく。俺は呆れ半分に思った。コイツは嫌なヤツではないが悪人には違いない。人の道を外れた……か。コイツを表すにはぴったりの言葉だ。
「考えなくても分かる、ねぇ。」
和弘はさらに口をゆがめて皮肉な笑みを浮かべた。嫌な予感がする。コイツがこんな風に笑う時、大抵俺はろくな目に遭わない。
そしてその予感は的中した_____予想していたよりも、ずっと、ひどい形で。
「虎……君で試しても、いいかな。」


は、と間の抜けた顔をしている虎を突き飛ばす。軽くふらつくその身体に、自らの体重をかけて床に倒した。とっさに受け身を取った虎が体勢を立て直す前に、僕は耳元で囁く。
「常々思っていたんだ……虎、お前、遊女も出来るよ。」
「馬鹿言ってんじゃねえ!!」
床に手をついて、虎は怒りのこもった目で僕を睨んだ。今から、どういう顔になるかな?
悪戯をしかける時のよう、わくわくする。僕は僕を押しのけようとする虎の腕を避け、掴み、ずいと迫って、言った。
「ねぇ虎、抵抗なんてしちゃっていいの?」
「はぁ?」
「僕、その気になれば……この店、潰せるよ。」
虎は強張るように動きを止めた。何言ってんだよ、冗談だろ? 声が、震えてる。
「僕がそんな冗談言うと思う?この店、お前のじいさんが守ってきた大事な店なんだろ。潰れていいの?」
「っ、な、そんな、」
俺とお前は……親友じゃ、なかったのかよ。
裏切られたような目をして虎は言った。そうだね、裏切りだこれは。だから何?
凍り付いたままの虎を押し倒して口づける。初めは摘み取るように、やがてかぶりつくように。かたくなに舌を絡めまいとしていた虎も、そのうち、ほどけてきた。
吐息が聞こえる。もうそろそろいいかな、思ったけれど、今のうちから緩ませてしまおうと考え直した。不意を突いたのは正解だったようだ。口づけの巧さは僕も虎も似たようなもんだけど、今主導権は、僕の手にある。
僕の両肩を押す虎の力が、次第に弱くなっていった。接吻は疲弊する。特に、弄ばれている側は。
まどろっこしい。僕は虎の後頭部に手を回して自らに強く押し付けた。吐息が響く。舌が絡み合う時の、唾液が立てる水音が、激しくなる。あだっぽいな。
もういいか、と口を離した。唾液が強く糸を引く。
「……この、野郎。」
虎の息は大きく乱れていた。僕も、だろうけど。
減らず口は閉じてしまおう。僕は手で虎の口を塞いだ。口喧嘩でも喧嘩でも、僕は虎に勝てないけれど……今日は話が別。
「あは。涙目になってるよ、虎。」
右の目元に舌を這わせる。その皮膚はまだ温い。沸き切る前の風呂の湯のよう、冷えた温かさ。嫌悪と隣り合わせの快感。涙が塩辛い。
口から手を放す。わずかにしめった右手をそのまま着物の隙間に滑り込ませた。虎は僕から逃れようと、僕の右手を巻き込むようにして身をよじり、うつぶせになった。思うつぼだ。
「うぁ……この、やろ、和弘、なんで」
「なぜと問われても……虎のなくとこが見たくなったから。ダメかな。」
ふざけんな、と虎は怒鳴った。うるさいなあ、少し静かにしててよ。
口の中に指を突っ込む。舌が熱い。
ゆっくりと、肩甲骨からうなじにかけてを舐めあげる。うぁあ、と、呼吸まじりの声が漏れる。
今僕、犯してるんだな、親友を。背徳感が背筋をぞくぞくさせる。着物の下の身体をまさぐると、虎の喘ぎ声が大きくなった。
何か言いたげにしているので指を抜く。軽く嘔吐いた後、虎は口を開いた。
「あ、んぁ、あぁ、何でっ、お前が、俺、を」
「だから言ったでしょ?なくとこが見たくなったんだってば。______ほら、」
虎の顎を掴んで、上を向けさせる。耳元に顔を寄せながら、涙の跡が愛おしいなとか、思ったりした。
「ナいて見せてよ、虎。」
虎の浴衣の帯を抜く。虎が細めのヤツをしていて良かった。その白い帯を虎の目に巻き付け、縛り、目隠しする。僕は手を放し、虎を仰向けにした。
帯を解いたせいで着物は完全にはだけてしまってる。いつもより赤い頬も、荒い息も、すでに濡れてしみの付いた帯も、全てが色っぽい。
「ね、虎、もうつらい?苦しい?」
無言で虎はうなずいた。こく、こく。泣きながら。いつもとは様子の違うその態度にまた背筋がざわめく。
「そうだよね、だってイヤだもんね?これ以上、僕に喘がされるのは。そうでしょ?」
虎は俯いて、身体を震わせた。怒りも苛立ちも悲しみも、発散する術がないのだろう。そうさせたのはこの僕だ。
肩の辺りに口づけて跡を付けた。どうせ隠れてしまう箇所だが、気にするだろうな。そう思って。何をしてやろうか。どこまでやってしまおうか。全てが僕の思い通りになる。身震いするほど愉しい。
親友に犯されるだなんてね、信じてただろうに。かわいそう、かわいそう。ああ泣いてるのは僕のせいか。ぞくぞくする、気持ちがいい。
「ねぇ、虎。」
呼びかけると、虎はまた少しだけ顔を上げた。なん、だよ。

「ねぇ、僕に、何されたい?」

うぁ、と泣き声が聞こえる。ごめんね、虎、そんなに悪いと思ってないけど。
何でもしてあげる。君が嫌だと思うこと何もかも、全部。どうにでもなれるよ?どうする?
笑い出したい衝動を押さえつけて、僕は首筋を舐め上げた。
和弘が最悪過ぎてもう何も言えねえ。

2010/10/09:ソヨゴ


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