俺達が恋人としてちょっと特殊なことは知ってる。知ってるけども、分かってるけど、それでもやっぱりしてみたい。普通の恋人みたいなことを。

冬の温度で。

「さみーっ!ちょっと異常じゃねこの寒さ。」
「今日の最高気温10℃越えないらしいぞ」
 マジかよ、と美澤は首を引っ込めた。濃い灰色のマフラーが、動きに合わせて皺を寄せた。
 彼はカーキのモッズコートを着ている。ポケットに両手を突っ込み寒そうに歩く彼のそのフードには、茶色のファーがついていて、目立つ金髪に良く似合っていた。
「何、文明の発達を享受し続けた報いですかこの寒さ。地球温暖化的な?的な?」
「大きく捉えればそうなんじゃないか?」
 適当に返しつつ、美澤の向こうに横たわる広い道路に目を向ける。都会は、騒がしい。車がうなり声を上げた。
 道路を挟む形で両脇を通る歩道には、ブティックやらレストランやら、カップルでいっぱいだ。休日に来ていたらもっと大惨事だったろう、と、俺は密かに安堵する。今日は平日だが、大学は休講だ。
「ようっし服買って早く帰ろうぜー。」
「お前が言い出したことだろ、この買い物。」
「分かってますよー。でもお前だって帰りたいだろ?」
 お前、寒がりじゃん。 美澤が付け足すように言う。
 確かに俺は極度の寒がりだ、それは事実だ認めよう。だが、今着てるピーコートは奮発して買ったものなので結構高い。服に関しては高い方が質がいい。だから俺は今寒くないし、それに、いつも、家にいるから……二人で出掛けるって、あまりないから。
「___何買うんだっけ。」
「新しいコート。これ安モンだから寒くって寒くって。」
 大げさに身を震わせると、美澤は白く息を吐いた。 何買おう。
「そのモッズコート似合ってるけどな」
「えっマジ?何だよ嬉しいなーでも同じの買うの馬鹿みてーよな……」
「そんなに寒いなら、ダウン買ったらどうだ?」
「ダウンねぇ、似合わねーからあんま好きじゃねーんだよなー。」
 ライダースでも買おっかなっぁ。ぼそり、つぶやく。
「ライダースジャケット?……あぁ、似合いそう。」
「本当?」
「本当。」
「じゃーそうしよっと。」
 そうそう柳、聞いてくれよ。 隣で美澤が軽妙に話し始めた。バイト先での話のようだ。だけど何故だか集中できない。ウソ。理由など分かっている。
 見たくはなくとも目に入るので仕様がないと思うのだが……道行くカップル達は皆、腕を組んで歩いている。俺達はといえば双方ポケットに手を突っ込んだまま___男同士だからいいんだ別に、いいんだ、いいんだけども………腕組みは恥ずかしいとしても、手ぐらい、繋いでみたい、とか………って、
「___柳?何沈んだ顔してんの?」
「あ、いや。気にするな。」
 自分の情けなさに嫌気がさした。俺はいつからこんな、程度の低い思考回路に…頭の出来はいいつもりだったが、馬鹿だ、馬鹿だろう、馬鹿過ぎるだろう。いつの間にこんな低俗な人間に成り下がったんだ俺は。
「自分で自分が嫌になってな……」
「、は?」
「いいんだ本当、無視しといてくれ。」
 利き手を抜いてこめかみを押さえる。右隣の彼は、いぶかしそうに俺を覗き込んだ。
「なんかあった? つかお前俺の話聞いてねーだろ」
「すまない、集中できなくて。」
「聞けよ恋人の話ぐらいよ、って何で涙目?マジでどーしたお前、」
「もう俺バカじゃないのかバカだろバカだバカですねそうですねバカでしたごめんなさいバカすぎるバカに決まってた知ってた俺知ってた俺バカだ本当バカだバカバカバカバカたわけ者ぉ………」
 立ち止まり、両手で顔を覆う。情けなさ過ぎて泣きそうだ、女子か、てめぇは女子か、アホみたいなこと考えやがって恥を知れ愚か者。昔はもう少しマトモだったはず、昔の俺戻ってきてください帰ってきてください何なら踏んでくださいもう死にたい。
「お、おいおい何どうしたんだよ混乱してない?よし気をしっかり持つんだ柳、」
「しっかり持てたらこんなことにはっ、ぅ、」
「何なんだよおおおおお!?」
美澤が困惑してる様子が手に取るように分かる、でもごめんちょっと冷静になれない。
「いっ……一回車に轢かれてくる」
「ちょっやめろ早まるな!!えええええガチでいきなりどうしたワケ、」
「一回死んで生まれ変わった方がいいと思うんだ俺、死んでくる、もう逝ってくるぅ……」
 あれ、予想以上に立ち直れないぞどうしよう、あっでもここで立ち止まってたら美澤と長く外にって言ってるそばからてめぇはあああああああああああ!!!! 
 ごすごすごす。何度か頭を殴ってみる。美澤はさらに慌てたらしい。
「なっオイやめろ、理由を説明しろよ理由をよ!!」
「言えたら苦労しないんだよっ!!」
「はぁあ!?あーもうさみぃぃぃっくそっ、立ち止まってると余計にさみぃっ!!!」
 さっさと行こうぜ!?
 短く叫んで、美澤は俺の手を掴んだ。


 コイツはいきなりどうしたんだ。俺はひどく混乱していた。さっきから柳の様子がおかしい。
 いきなり立ち止まったかと思えば両手で顔を覆い出し、よく分からないタイミングでハッとしたように顔を上げ、かと思えばみるみる顔が歪んでいってしまいにゃ頭を殴り出した。気が狂った訳じゃなさそうだけども何してんですか。
「なっオイやめろ、理由を説明しろよ理由をよ!!」
「言えたら苦労しないんだよっ!!」
「はぁあ!?」
 本格的に訳が分からない、加えて寒い、むっちゃ寒い、歩いてるうちはまだよかったが動いてないと北風が辛い。俺は段々イライラしてきた。 何だよ、早く店行こうぜ。
「あーもうさみぃぃぃっくそっ、立ち止まってると余計にさみぃっ!!! 早く行こうぜ!?」
 乱暴に柳の手を掴む。そのままなおも乱暴に引っ張れば柳の身体は簡単によろけた。
「ほら、早く___ん?」
 よろけたまま、柳はその動きを止めている。んだよ早く来いよ、イラだちが余計に募った。
「あ……」
「ったく、置いてくぞんなことしてると。」
 もう放っといて先歩いちまおう。そう思いつつ手を放し、_かけた。
 ぎゅっ。
「オイ何がしてぇんだよっ!?………およ?」
「え?あ、いや、その、あの、」
 目が合う。頬がほんのり赤い。 ん?ちょっと待てよさっきから、もしかして、もしかしてコイツ………
「柳、お前、さ……俺と手、繋ぎたかったのか?」
 まさかなぁなんて思いながら尋ねてみれば、返ってきたのは予想外の答えで。
「うぁ……ばっ、バカみたいだろ、だから、その、バカだと、思っ………」
 真っ赤になって俯きながら。柳は小声で消え入るように言った。無意識なのかそうでないのか、握る力が強くなってる。 何それ、かわいい。
「なーんだ……言ってくれよそーいうことは、何だよ、ちょっとイライラしちゃったじゃん。」
「ごめん、でも、何か自分で嫌になって……オンナコドモじゃあるまいし、何でこんな、バカだよな…………」
 まだ固まってる彼に近付く。隣に立つと、柳は自然に姿勢を正した。不安げに軽く見上げてくる。5cm差に感謝感激だ、上目づかい万歳、くっそーやっぱかわいいなコイツ。
「そんなカオしなくても、手ぐらい繋いで歩いてやんよ。ほら、早く店行こうぜ?」
「____あの、さ。もう一ついいか?」
「? いいけど?」
 首を傾げつつ尋ねると、柳は気まずそうに目を逸らした。やがて意を決したようで、俺に向かって小さく呟く。
「でっ…デートみたい、で、嬉しいから……できればゆっくり歩きたいです。」
 やべえ死にそう。
「うん歩こう、ゆっくり行こう、お前と一緒なら氷河期来ても平気だわ、寒いとか嘘だからマジIt's all jokes that I said until just now. よしデートしようそうしよう。」
「英語が唐突すぎるっつの」
 言い切る、コイツ今までであった人間の中で絶対一番かわいい、つか世界一かわいいと思います俺にとってはな、絶対そう、揺るがない。まぁすべての点に置いて一番な訳だが当たり前だがそれにしたって、あーっもうコイツはっ!!!
「なー愛してるって言っていい?」
「街中で言うな恥ずかしい、手繋いでるのだって恥ずかしいのに、」
「じゃあ手、放してもいいんだ?」
「い、嫌だ繋いでたい、」
「もういい黙れ俺が死ぬ」

英語が合ってる自信がない(ソコジャナイダロ
甘いの書きたかったんだ、許して下さい。 あとオマケで和虎をば。

 ポケットに手を突っ込んで通りをぶらつく。と、軽快な足音が背後から響いてきた。
「?」
 振り向こうとして、身体に衝撃。体当たりされたらしい。ああこの角度、
「和弘……」
「よっ虎。」
 彼は俺の隣に並ぶと、ちらちらと手を振った。 何してんの?
「別に何も。ヒマつぶし。」
「ふーん……最近寒いよね。」
 おう、と彼に同意する。手、寒い。 手袋もしてないむき出しの手を、和弘は息で温めた。
「っ、これじゃラチあかないや……えいっ」
「ちょっ、つめたぁぁぁっ!?」
 和弘はポケットに、自らの手を押し込めてきた。俺のポケットに、だ。 くっそこのやろ、
「あー温かい」
「俺は冷てぇよ!!くそっ出せ馬鹿、冷える、」
「いーじゃんカイロ代わりってことで。」
「少しは悪びれろっつうの!!」
 そのまま押し合いへし合い、帰路を行く。ポケットの中の手は氷のようで、まぁつらそうだからいいかななんて____思っちゃうからだめなんだろうな。

2011/01/25:ソヨゴ
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