戦友は一定のリズムで穏やかな寝息を立てている。俺は氷をからんと鳴らし、ため息まじりに頬杖をついた。また寝ちゃったよこいつ……潰れる前にやめりゃあいいのに。第一酒に弱いならまだしも蔵未は割と強い方で、だのに酔い潰れるまで飲むのは身体によくねーんじゃねぇかと……それでラク軽くなるってんなら、俺に言うことなんてないけど。

in the “if” world

「見事に眠りこけてんな」
 蔵未はその長い腕を机の向こう側まで伸ばして、肘の辺りを枕にしていた。寝顔は、こちらを向いている。その表情は無防備であったがあどけない印象はない、それよりも顔の端正さや、静謐さの方が、目立っている。 よく整った顔立ち。
「きれーな顔してますねぇ……」
 彼の頭に手を置く。そのままあやすようにして叩いた。ん、と小さくうなり声を上げ、蔵未は少し顔を埋める。少々くすぐったかったが、俺はしばらくその短髪に自らの手を置いていた。女みたいに柔らかくはない。ちくちく、痛いような髪。
 手の平に伝わってくるのは“生きている”温かさ。そう思った途端、そのむずがゆいような温もりが、どうしようもなく愛おしくなった。コイツはまだ、生きてくれている。生きて、ここにいてくれる。
 どうにも、厄介なヤツに関わったと思う。賢くて、人当たりよくて、誰よりも強く、優しく、__放っとけないほど不器用な男。よくも悪くも器用な俺は、きっとこうは生きられないだろう。ずたずたになってまで真っ直ぐ歩もうと思わないだろう。こんな生き方をしてまでお前は、……あの人を愛し続けるんだろうか。
「……おかしな話だよな」
 どうにもこうにも器用な俺は何故だかこいつを見放せなかった。救う術がないことなんて、とうに分かりきっていたのに。こんな狭間で苦しむなんて器用な俺らしくない。一体、どうしたってんだか。__お前が変えたのかな、蔵未。
 なぁ、もっと前に出会っていたらさ。もしかしたらお前のこと、幸せにできたのかな。中学生でも高校生でも、学校が同じだったなら、それで今と同じように、お前が親友だったなら、俺はお前が苦しんでることに気付けたんじゃないかと思う。そしたら、助けられたはずだろ? お前が全部背負ってしまって、押し潰されて、空っぽに、空虚になんかなる前に。お前のこと、救えた気がする。そしたらさ、蔵未。お前はきっと、あの人に依存しなくても済んだんじゃないだろうか。普通の恋人で、いれたんじゃないだろうか。もし、あの人がどの世界でも、何があっても死ななきゃならない運命だとしても、__お前が壊れてしまうようなことはきっとなかったんだと思う。なぁもし違う世界だったら、お前は幸せになれたんだろうか。 俺は、幸せにできたんだろうか。
 答えは、でない。あるんだとしても。
 俺の気も知らないで、蔵未はすやすや眠り込んでいる。俺は少し考えてから頭に置いた手を退けた。代わりに、こっそりと。顔に顔を近づけて。 「蔵未、」

 その額にキスをした。__聞こえないよう、呼びかけながら。

「さ、て。……出掛けてくるか」
 立ち上がり、ぐっと伸びをする。棚の上のキーを手に取って、俺は静かに、部屋を出て行った。


「……起きてるんだけど」
 沢霧が立ち去ったあと、蔵未は小さく呟いて。その時の蔵未はどこか、__赤かったような、拗ねていたような。
私が学パロ書いた理由、みたいな。
キスの箇所には意味があるよ。ググってみてね!
2011/06/10:ソヨゴ


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