二人きりって珍しいよね。声をかける。虎は黙り込んだままバッグを置き、僕のベッドに寄りかかって座った。

Dear Liar.

「……何かあったの?」
「いや、」
別に。
虎は素っ気なく返した。でもそんなはずがない。何もないなら二人きりでと指定だなんてしてこない。
「じゃあどうして、いきなり。」
「分かんねえ。」
ほら、また。
「何がしたいかも分かんないで来たワケ?」
「だったら何だよ?」
「____別に。」
隣りに座る。横顔をじろじろと見ていたら、何だよ、と彼は僕の方を向いた。
「じろじろ見んなよ」
「見ちゃダメなの」
「そうじゃねぇけど」
「何しに来たの」
黙り込む。 言えよ。 追いつめる。
「…………変な夢見た。」
「どんな?」
先輩と、キスする夢。
ぼつ。虎は呟く。
「____別にいいじゃん。」
「そうだよな、普通。 好きな人とキスする夢、見たんだったら。」
嬉しいはずだよな。
小さな声で付け足すと、虎は膝の間に顔を埋めた。
「嬉しく、なかったの?」
「……あぁ。」
「じゃあどう思った?」
「…………すごく、」
すごく気持ち悪かった。
泣き出しそうな声。それきり虎は、口を閉ざした。
「気持ち、悪かった? 先輩の事好きなんだろ?」
小さく、うなずく。
「なのに、気持ち悪かった?吐き気がした?」
こく、こく。震えながら、二回。
「それで、僕のところに来たの?」
恐くなったから。
僕の言葉に虎は、肩を震わせて泣き出した。すぐ隣に居るのに、耳をそばだてなければ聞こえない。昔から虎はそうだった。声を出さずに泣くのが上手い。
だからいつも、気付かれない。僕以外には。 そう、僕以外には。
「虎、」
虎の正面まで移動して、肩を押す。ぼす、と虎の頭がベッドの上に乗った。
___やっぱり。
目は少しも腫れていなくて、赤くなってもいない。その頬に残る涙の跡は、ただの、液体だ。
「虎。」
「……何だよ」
「嘘吐き。」
泣いてなんか、ないじゃん。
無表情のまま虎を見下ろすと、虎はほんの少しだけ笑った。
「バレましたか」
「バレバレです」
「ちゃんと泣いたんだけどな」
「でも悲しくなんてないだろ」
「ああ」
「怖くもない」
「そう」
「夢を見たなんて、嘘だろ」
「嘘」
「_____ほらね。」
嘘吐き。
言う。虎は、小さくため息をついた。
「何でお前が泣きそうなの」
「泣きそう?僕が?」
「鏡見る?」
「……いい。」
虎の上に乗る。虎の足がずるずると伸びていって、床に広がる。
「そろそろ、本音を言えよ。」 「そうだな。」
「言えないの?」
「言えるよ」
「言えないんだな」
「正解」
お前、何で来たの。嘘でもいいから、答えろよ。
ずい、と顔を近づける。虎はいつもの僕と同じような顔をして、言った。
「………なんでもいいから、」
「?」
「気付いて欲しかった」
そっか。そういう、こと。
これは嘘じゃないな、と思った。嘘でも構わないけど、僕は全然、困らないけど。
「疲れた」
「何も考えたくなかった?」
「その通り」
「僕といると、ラク?」
「ラク。嘘つかなくていいから」
「嘘吐き」
「ついてないと不安なんだ」
「違うだろ」
「違うよ」
「本音は?」
分からない。
絶望的な言葉。 分からない、分からない、そっか。
「和弘だけだから。俺の嘘に気付けるの。」
「そうだね。ずっと一緒にいるもんな、昔から。僕には分かる。」
「そうだな」
「苦しいんだったら嘘なんてつかなければいい」
「それは無理」
「でも気付いて欲しい」
「………」
「でも気付かれるのは怖い」
「………」
「それって結構、わがままなんじゃないの?」
「………知ってる。」
だからお前にしかこんな事、求めないんだろ。
キツくなったんだ。虎は言った。ちょっと最近、無理、しすぎた。限界。
「___僕にしか頼れないの」
「他に気付く人なんていない」
「それは虎が隠すからでしょ」
「隠さなきゃ怖い」
「知らないよ。」
そうだな。ごめん。
さんきゅー。虎は抑揚なく言った。少しラクになった。もう帰る。ごめん。迷惑かけて。
僕は何も言わない。
黙って虎の上から退いた。虎は立ち上がってバッグを取り、ドアノブに手をかける。
「虎、」
ぴたり。虎は動きを止めた。
「泣いてる?」
「泣いてない」
「嘘吐き。」
虎は振り返って僕を見た。瞳は少しも潤んでいない。
「ほらやっぱり、泣いてる」
「涙なんて、」
「そうじゃないよ。ねぇ虎、」
違うだろ。僕は言う。僕しか気付けないんじゃない。
「僕以外には、気付いて欲しくないんだろ。」
「_____正解。」
僕は立ち上がって虎に歩み寄り、押さえ込むように虎を座らせた。上から唇を合わせて、離す。
「嘘ばっかり。」
「だめですか」
「だめだって分かってるんでしょ」
ねぇ、何で? 何でそんなに愛が怖いの。 何でそんなに逃げようとするの。 分からない。
「虎、僕は君を愛してるんだよ。」
「…………分かってる。」
虎は俯きながら、答えた。
堪えきれなくて涙が落ちる。震える声で僕は、もう一度だけ、言った。



「嘘吐き。」

本音。

2010/11/18:ソヨゴ


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