えろいだけならまだしも何か、何か暗いっす。
「お前、ピアスしてないんだな。」
 いや、知ってたけどさ。俺の耳を見つめながらつぶやく。 何か、キャラと違くないか?
「そぉかぁ?堅実な俺らしーじゃん。」
「どの口が言ってんだ。」
 堅実の真逆だろ、お前。呆れたように顔をしかめて。 んだよ冷てぇなぁ。
「んまぁ正直に言いますと……ピアスにはイヤな思い出がですね、」
「“静奈センセイ”__か?」
 ぎょっとして立ち止まる。俺の間の抜けた顔を見て、柳は楽しそうに笑った。
「何ぽかんとしてるんだ。俺を誰だと思ってる?……俺は何でも知ってるよ。」
 右肩に右手が置かれた。そのままぐいと引き寄せられて。 耳元に、口付けるように。
「お前のことなら、なおのこと____何もかも。」
 質の良い舌が耳をなぞった。息を詰まらせた俺を追いつめるように、彼は耳たぶに歯を立てる。生じた溝を辿る舌。鼓膜に塗り付けるかのように、彼は湿った声を出した。
「なぁ、俺なら……開けてもいいだろ?」

“愛”について

「セン、セイ____ねぇ、聞いてんの?」
 上から押さえつけられる。息がしづらい、苦しい、学ランのボタンが食い込んで痛む。後ろ手に束ねられた両手も押さえられている首元も自由が利かなくて、少しだけ怖い。何をされても、今のままじゃ……抵抗できない。
「センセイ、何、何だよこれ、」
「平気よ、すぐに気持ち良くなるから。」
 ベッドから離れた位置で、静奈センセイは笑みを浮かべた。脱がされた下半身が冷える。俺は首を思い切り曲げて、上に乗っている彼を見た。センセイと同じ、国語科の。
「平谷先生、やめてよ、ねぇ、」
「ったく、うるせぇなぁ。いつもサボってる罰だよ罰。」
 彼は茶化すように笑う。センセイも、同じようにして。
「待ってよ、シャレになんねぇよ……先生、なんで、男の人じゃん」
 いつものようにセンセイに呼ばれて。またヤんのかなぁなんて、少し呆れながら尋ねたら、そこには平谷先生がいた。何でと問えば返ってきたのは「3人でヤりたい」なんて返事。内心むちゃくちゃ嫌だったけど、____断れそうになかったから。
 なのに。気付いてみれば。
「センセ、イ、静奈センセイ、やめさせてよ、俺嫌だよ、3人でヤりたかったんじゃねぇの、それだって俺イヤだったのに、これじゃ、んっ、これ、じゃさぁ、んぁっ、ぁ、嫌だ、」
 今まで感じたことがない、激しい快楽。突っ込まれるとか初めてだ、吐きそう、気持ち悪い、気持ち悪い。すりあげられる音が体内で響く。何で、静奈センセイ。何で? 零れ出た液体が太ももを伝っていって。さっき入れられたローション、だ多分。____まだ出されてはいないから。
「っ、ひぁ、ん、や、やめて、先生……これじゃ俺、っく、ぅ、ん、………犯されてる、だけじゃん、ねぇ、」
 奥を突かれる。大きな声がでた。 案外かわいい声出すな。上から彼が、愉しげに言う。
「お前素質あんぞ、中もイイ。」
「そんなこと知らなっ、ぁ、」
 ぐっと息を呑んだ。言い返そうとしちゃダメだ、声が……堪え切れなくなる。
「何だよ、声出せよ。」
「お、ことわり、です、」
 意地はいつまで持つだろう。陥落だけは、したくない。こんな変態相手に。黙り通してやろう、堪えて、こんなヤツ喜ばせるくらいならその方がマシだ。指を噛んで、声を堪えて。首筋に感じる舌の感触。 力が抜けてしまいそう。
「ったく、大人しくならねぇなお前は。」
「…っ、ぁ……っふ、ぅ、」
「いい加減諦めりゃいいのに」
 耳元にふっと息がかかる。思わず反応してしまうと、上に乗る彼は唇を歪めた。 見なくても分かるよ、そんなの。
「へぇ…お前、耳弱ぇんだ?」
「ひっ、ぁ、ちが、」
「ウソつけよ。中締まってんぞ?」
 熱い舌が耳へと伸びて、なぞるように踊り始める。いちいち反応してしまう自分の体が憎たらしい。歯と指の隙間から、唾液をくぐり抜けるように、声が吐息が溢れ出す。
 人が一番好むのは“性”。人が一番嫌うのも“性”。 でも俺はその醜さから目を逸らすことは許されなかった。だってすぐ傍にあるんだよ、目を閉じても耳を塞いでも、すぐそこにあるんだよ。必死で抑えてる指の間から入り込んでくる。声。音。気配。毎晩のこと、毎日ずっと、せめて隠してほしかった。見たくなんてなかったのに、あの人は、母親は、誰でもない誰かと、毎晩、ずっと。
 ある時から俺は逃げるのをやめた。
 同じことをしてみた。母親と同じこと。俺なんかとヤりたい人がいるってことも驚いたけど、何よりも驚いたのは、愛なしで交わりたがる人達の数。愛、って何だろうか。重要なものなんだろうか。今ある全ては全部錯覚で本当は、本当は……愛なんてどこにも無いんじゃないか。
 急に世界が軽々しく思えて。尊ぶべきもの、価値あるもの、そんなものこの世にはないよ、みんな軽々しく身を捧げる。愛はどこにあんの、どこにもねぇよ、そんなもの語られたって、だって、俺は、貰ったことないよ。そんな素敵で美しいモノ俺は貰ったことないよ。欲しいとも思わない。言葉で聞けば美しいソレはきっと手にしたらゴミクズのように、色褪せて、きっと汚れて、醜くなって、それで、____それだけ。
「は、ぅ……はは、あ、っふぁ、はは、」
 もしかしたら、さ。悔いてくれるかな。俺がこんな風に犯されて汚されて、そのことを知ってくれたら、何か一つでも、何か、何か、……いいや、思ってくれるはずない、何を知ったところで母さんが悔いるはずもない。一言聞くだけ、気持ちよかった? 知ってるよ悪気ないんだろ、知ってるよだから辛いんだよ、いっそ傷付けようとした言葉なら俺も受け流せるのに、そんな弱くないのに、貴女は、無自覚だから、分かってないから、だから苦しいんだ、だから、辛い。貴女は、酷い。

「母さん。」
「何、どしたの?」
「いや、その…父さんってさ、元々母さんの客だったんだろ?」
「そうだけど?」
「何がきっかけで結婚したの?客だけど、その、好きになったとか?」
「んーまぁ、客としては好きな方だったけどねぇ。ねちっこいことしてこないし、まぁ巧いし。でも別に、毛コンしたいとかは思ってなかったなー。客でしかなかったからねぇ、好きってのとは違うかねぇ。」
「………じゃあなんで結婚なんて。」
「あぁ、あんたが“できちゃった”からね。」
「___え?」
「いやね、子供とか面倒だし作る気もなかったんだけどさ。だって子供って邪魔でしょ?手間かかるしさぁ。別に誰かに恋してこの人の子供欲しいなぁとか思ったりしたことなかったし、今だってないけどもさ。あんたの父さんとヤったとき、うっかりピル飲み忘れちゃってさぁ。その一回でできちゃった訳よ、不運だったというか何というかね、できてから堕ろすのも面倒だしそのまま産みますかってんでね。結構いい年だったからさ、そのまま結婚しましょーってなったの。 何でいきなりそんなこと聞くのよ?」
「………別に。ありがと、よく分かったよ。」

「あっ、ぁ、う、ふぁ、ぁ、ぅ……セン、セ。平谷先生。」
「んだよ」
「センセイ、なんで、____なんで好きでもないのに、こんなこと、するの?」
 ねぇ、先生。俺ってさぁ、俺って、ピル飲み忘れてできた子らしいよ。好きでもないのにね、愛してもないのに、それなら堕ろせばよかったじゃん。俺は何で産まれてきたの、殺すのが面倒だから今生きてるだけなら、だったら、こんな世界に産まれたくなかった。あんたの過失でできた子供なら責任取って殺してよ、そんな理由で産むくらいなら産まれる前に殺してよ。うっかり、だってさ。“できちゃった”だって。愛って何ですか、尊いものですか、馬鹿馬鹿しいそんなものねぇよ、どこにもねぇよ、少なくとも俺は知らねぇよ。愛されたこともないのに。醜いものならそんなものいらない。あれが愛だというのなら。これが愛だというのなら。俺は、そんなものいらない。
 こんな世界必要ない。
「はぁ?いきなり何だよ。」
 面倒くせぇガキだな。彼はぼそりと呟いてまた耳元に口を寄せる。撫で付けるような舌に呼応するように聞きがたい声が漏れだして。しつこくて生温い愛撫が敏感になった神経を、鋭く、ぐちゃぐちゃにかき乱す。俺が反応するたびに彼は嬉しそうに笑った。もう、いいや。出されてもいいや。好きに遊べばいいんじゃない、どうせ“できちゃった”子供なんだから。阿呆らしい、馬鹿馬鹿しい。もういいや、汚せばいいよ。
 理由なく涙が零れた。溢れ出して止まらない。できちゃった、できちゃった。頭の中でくり返し。ピル飲み忘れちゃってさぁ。できちゃった。できちゃった。できちゃった。 何で?
 耳が甘く柔く噛まれた。びくりと一瞬震えた身体を、押さえつけて、舌で遊んで。あられもない声がでる。小刻みに身体が震える。抑える気にもなんない、もうどうでもいい、なんなら試しに出してみようか、彼が喜びそうな声、高い、甘い、女みたいな。ほら喜んだ、気持ち悪い、気持ち悪い、気味悪いよ、醜いよ、大嫌いだ、大嫌い………こんなもの大ッ嫌いだ。
 唇が離れる。親指を耳に沿うように這わせ、彼は面白そうに言う。
「本当に敏感なんだな、耳。」
「ひっぁ、ふぁぁっ、ぁ、」
「浅本ぉ、ピアッサー持ってる?」
 開けちまおうぜ、なんて。ふざけるように。先生もくすくす笑って戸棚から白い器具を取り出す。先生はそれを受け取って。
「あ……いや、いやだ、先生、怖い、」
「痛ぇのは一瞬だ、我慢しろ」
「い、いやだ開けたくない、開けたくない、怖いよ、先生、」
 抜け出そうともがいては見るけど、大人と子供じゃ目に見えてる。金属の冷たさが耳たぶに針を示した。今こんな状態で、針で貫かれる、なんて……想像しただけで血が凍る。怖い、怖いよ、誰か助けてよ。何で?何で俺が、こんな、産まれたくて産まれてきたんじゃないのになんで、なんで、 「大人しくしてろ、開けらんねえだろ。」
 頭が押さえつけられる。ピアッサーがもう一度、耳たぶを挟み込んで、_____そして。


「___柳ならな。」
「そう言うと思った。」
 唇が離れる。柳はふわりと微笑んだ。 その美しい顔のまま、相当危ういことを言う。
「処女とヤるみたいだな」
「お前それその顔で言います?」
「何のことだよ? だって結局、ピアスは開けられなかったんだろ?」
 その通り、と俺は頷く。あの時、諦めて冷めた俺の脳味噌は一つの言葉を弾き出して。俺はそれに従った。 センセイ止めてよ、あんたのこと捨てるよ。 途端に真っ青になった彼女は彼から器具を取り上げた。馬鹿馬鹿しい話だ。
 世界は嫌いだ、相変わらず嫌いだ。美しくないし価値もない。壊れちまえばいいのにと思う。だけど、もうそんなのはいいんだ。俺には価値あるものがる。すぐ傍に。すぐ隣に。誰より愛している人が。だからいいんだ、忘れてやるよ。二十年生きてやっと見つけた、もう離さない、一生放さない、逃がしてたまるかよ、やっと見つけたんだぞ?もう手放さない。ずっと抱きしめる。その為になら、何をしてでも。
「ど−せならお揃いで付ける?」
「え、そ、それはちょっと、」
「何で?いーじゃんお揃い。」
「だって恥ずかしいってそれは、バレたらヤだし。」
 頬がほんの少し染まった。かーわいいななんて思いつつ、肩を組んで迫ってみる。いいじゃん、お揃いで買おうぜ。
「___ゆ、」
「ん?」
「ゆ、指輪なら、いい。」
 バレなさそうだから。小声で、付けたし。いや指輪の方がバレるだろとか言いたいことはたくさんあったが心変わりされたらたまらない、俺は速攻で約束を取り付けて。 んじゃ明日買いにいこうぜ。
「なになにどこに嵌めるの?薬指?薬指?」
「それは恥ずかしいって……人差し指、とか。小指とか。」
「んまどこだっていいよ、お揃いな、お揃い。」
 っしゃ、と小さくガッツポーズ。コイツがちょっとずれててよかった。
 ……まだ何だかんだ、ちょっと怖いしね。

この環境でぐれなかった美澤結構偉い子だわ。
風俗の仕事をしている人にはなんの偏見もないですが、美澤のお母さんは最低だと思いますよ。

2011/03/31:ソヨゴ


戻る inserted by FC2 system