男が遊女やってても平気でしたら。
「よう、和弘。」
「やあ、虎。太夫を頼むよ。」

オクリモノ

「頼まれた。最近よく来るな。」
お偉いさんだろ?随分暇だな。
はっ、と虎はからかうように笑う。
「うるさいなぁ。忙しい合間を縫って来てるんだろ?」
「へえへえ、そうですねぇ。」
「全く……」
ほら、さっさと呼んでくれよ。
言うと、虎はぴしっと襟を正した。
「はいはい、所木の旦那ぁ。」
くくく、となおも笑って虎は奥へと引っ込む。太夫、か。
「____御影、」
君は僕を、気に入ってくれた?


「姉さん!あ、ねさん」
廊下をゆらりゆらりと歩いていたら、背後から声がかかった。
どしゃっ。振り返った瞬間に、すっ転ぶ音が響く。
「……悠。何か用でもありんすか。」
呆れ気味に声をかけると、慌てふためいて悠は起きあがった。
「あ、姉さん。いえ、お見かけしたので声を、」
「用がないなら呼ぶでなし。」
ぴしゃり、と切ると、悠はしゅんとした様子でうつむいた。
少し胸が痛む。と、いきなり悠はぱっ、と顔を上げた。
「姉さん!あの、金平糖は、お好きですか?」
「金平糖?」
「お好きでしたらあの、ぜひ。」
……愛いやつよのう。
「では、お呼ばれしようか。」
「本当ですか!?」
砂糖菓子は好きではないが____仕方あるまい。


「御影。」
「……所木の旦那。」
久しゅうしとりました。
御影は艶やかに目を細めた。
「いつ見ても美しいね、お前は。」
「心にもないことを。冷たいお方でありんすなぁ……そこに惚れ申したのだけれど。」
「はは、嫌だな本心だよ。」
御影の肌に着物をすべらし、露出した肩に顎を乗せた。長くてつややかに輝く髪を、する、する、指で弄ぶ。
耳元に息を吹きかけると、耳たぶがほんのりと色づいた。体の中心がわずかに疼くのを感じる。男は獣と同等、か。
「桜の着物か。お前は何でも似合うな。」
今度僕も、何か贈ろうか。
少しだけ想像する。藤?桔梗?水紋柄?何であっても麗しいだろう。
「所木の旦那が贈り物とは、珍しいでありんすな。」
少しだけ驚いたようだ。御影の大きな目が、さらに丸く大きく開く。
「僕だって、金があるからここに来るわけだし。」
お前になら貢いだっていいよ。
囁く。御影は、ん、と小さくあえいでから答えた。
「口が巧くてらっしゃる。旦那、女郎の才能もおありでありんす。」
「何を言う、僕は客の方が楽しいよ。お前とこんなこと、できないだろ?女郎じゃあ。」
できないこともありんせん。御影の言葉にちょっとだけ驚く。
「おや。お前、女郎と蜜言を交わしたりするのか?」
「そうと答えたら、どうなさいます?」
「そうだね、とりあえず今すぐ押し倒すよ。」
ふふふ、と御影は楽しそうに笑った。冗談でありんすよ。
僕も笑い返す。ふと、御影の髪留めが目に留まった。
「___この髪飾り、誰からの?」
「お得意さんはなにも、所木の旦那だけではありんせん。」
「知ってるよ………なぁ、御影」
何でありんすか。ほのかに潤んだ瞳で尋ねる御影に、僕は意地悪く笑って返した。
「僕の前では、外せよ。」


「どうだったよ、太夫の味は。」
店から出て帰ろうとしたら、呼び止められた。振り向く。
「下卑な言い方をするなよ。」
「怒るなって。で?どうだった?」
僕はあえて外れた答えを返す。
「近づいてけば離れてく、つれなくすれば寄ってくる。真、猫だな。御影という女は。」
「まぁな。太夫ともなれば、その気まぐれも格が違うさ。」
虎はにっと笑って、二、三軒向こうの店を顔で示した。
「もう一人太夫がいるの、知ってるだろ。お前見たことあるか?」
「雪月太夫?」
「そう。俺は見たことあるんだが………ありゃこの世の者じゃねえな、ぞっとするぜ。」
背筋が凍る感じだ、と虎は言った。
「へぇ……見てみようかな。」
「おっと、浮気は忌み嫌われんぜ。」
「分かってるって、見るだけさ。」
本当か?お前は外道だからなぁ。いぶかしそうに眉をひそめると、また虎は口を開いた。
「例えるならそうだな____こっちは化け物、あっちは幽霊、といったところか。迂闊に寄るととり憑かれんぜ。」
嫌ぁな笑みを浮かべる虎。僕も似たような笑みを浮かべて言った。
「まぁいいさ。僕は化け物に、取って食われることにするよ。」

次のページ。もうちょっと続くよ。

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