若干、背後注意?
どうぞ、姉さん。これが一際きれいです。
緊張しつつ、一粒、姉さんの手に金平糖を乗せた。細くて白くて長い指。氷細工のようだ。
「ありがとう。」
小さく言うと、姉さんは金平糖を舌に乗せた。ころ、ころ。透き通った粒は姉さんの赤い舌を映して、艶やかにきらめく。
あぁ、きれいだなぁ。
ほわぁ、と思わず吐息が漏れる。指が、顔が、外側が、氷細工というのなら、内側はまるで飴細工。こんなに美しい人が、僕と、血がつながってるだなんて。世の中は不思議だ。
「うん、甘いな。」
小さくなった粒をがりりと砕くと、姉さんは粒を飲み込んだ。
「お、お口に合いますでしょうか?」
おそるおそる聞いてみる。姉さんはふわりと微笑んだ。
「ああ、とても美味しいよ。」
これでもう、金平糖はなくなってしまったけれど。構わない、姉さんの笑顔が見れたならすべて良しだ。
梅の香りが鼻をくすぐる。姉さんの着物も、そういえば梅の模様だ。
姉さんには朱色が似合う、と思う。冷たいほどの美しさと神聖な朱は、特別にあつらえたかのようにはまってる。きれいだ。
「姉さんには、梅が似合っておいでですね。」
「? そうかい?」
「本当に………お美しくてらっしゃいます。」
また見とれてしまった。ほれほれ、しっかりしぃ。姉さんの声にはっとする。
「あ、あああすみませんっ」
「そんなに焦るでなし。お前はおかしな子だ。」
柳兄さんは笑った。
「芳しい香りですね。梅の香でありんすか?」
「そう。真日の旦那が下さったのだよ。」
これも、これも。姉さんは着物の襟と髪飾りを順番に示した。
「真日の旦那は、随分と姉さんに入れこんでらっしゃるようですね。」
「嬉しいことだけどねぇ。こうも贈り物をされると、縛られている気分になるよ。」
ふ、と、姉さんは瞳をかげらせた。伏し目はまつげの長さが目立って、造り物のように美しい。
「で、でも、縛っておきたいと旦那が思われるのも、分かるような。」
ん?と姉さんは首をわずかに傾げた。髪飾りがさらりと流れる。
「姉さんは、ひどく美麗でらっしゃいますから。」
「___ふふ、恥ずかしいことを言う。照れるよ。」
あああ、すみませぬ。 だから、謝ることでなし。
あははと姉さんは楽しそうに笑った。


「? 練り香水、どすか。」
「そう。付けてくれよ、お柳。」
真日の旦那。こんなにお高いもの、いいんどすか?
その芳しい香りは、嬉しいのだけど。わっちは少し不安になった。
「いいんだ、お前に似合いだろう。」
髪をすっとかきあげる。旦那は満足げな顔をしていた。
「そうでありんすか。旦那がいいなら、わっちに言うことはありんせんな。」
少しだけ手にとって、両の首筋に付けてみる。自らにも香りが届いた。心地がよい。
そのままキセルをくわえて、ふうぅと煙を吐く。と、旦那はわっちの顔に手を伸ばした。
玉か何かを愛でるように、わっちの顔を指でなでる。旦那は言った。
「なぁお柳。キセル、俺にも貸してくれよ。」
「___ふふ、吸う必要はありんせん。」
キセルで煙草を大きく吸って、思い切り旦那に吹き付ける。軽くせき込みながら、旦那は笑った。
「………このやろう。」
「そりゃ、わっちは男でありんす。」
生意気なことを言ってみる。キセルを取り上げられ、押し倒された。
「ヤなこと言うなよ。お前、太夫だろ?」
「ええまぁ、そうでありんすな。」
「あのなぁ……全く、お前は。」
軽く唇を合わせる。着物の隙間から手を入り込んできて、脚がかすかに動いた。かららん、鈴が鳴る。
「____お柳。鈴、多くないか?」
ぴた、と旦那は動きを止めた。わっちは少し戸惑いつつ、返す。
「? ええ。別の旦那が、わっちにつけていきやした。」
取ってしまおうとは、思っとったのですけど。
それがどうしたのだろう。疑問に思っていると、旦那はいきなり荒々しい手つきで脚を掴んだ。
「っ!? だ、旦那、一体どうして、」
「少し黙ってろ、お柳。」
脚が持ち上げられる。足首についた二つの鈴が、からからと鳴った。
「紺の紐か………お前に紺とは、趣味の悪い男だ。」
「旦那、何か怒っておいでで」
「怒ってる? まさか、女郎は嘘を売る仕事だろう。知っているよ。」
わっちは旦那を好いとりますよ。つぶやくと、旦那はそれも知ってる、と答えた。
「だがなぁお前は、他の男には渡さねぇぜ。」
ああやはり、怒ってらっしゃる。かすかに恐怖を覚えつつ、わっちは口を開いた。
「わっちとて、他の殿方の物になる気はありんせん。」
「心配するな、お前がちぎることもない。俺が切ってやろう。」
旦那は少し身を引いて、膝から下ろされた足首に手を伸ばした。ぐ、と、紐が足首を引っ張る感覚。
「あう、旦那、痛い、」
「我慢しろ。すぐ切ってやるから……随分と太い紐だな。」
細い紐が何本も束ねられてできた紐なのだ。そう簡単にはちぎれない。だのに旦那は、かまわず力任せに引っ張っていく。
「い、痛いです、痛いでありんす旦那! 刃を使っておくんなまし」
「刃など持ってきておらん。それに刀を使うてしまえば、お前の足まで切っちまいそうだ。」
ぞく、と背筋がざわめく。旦那はこれだから怖いのだ。
「あぁ、旦那、許しておくんなまし。もう鈴など、付けさせませぬから」
「お前が謝る必要などない。ところで、この趣味の悪い紐を選んだ男は誰だ?」
あぁ、死人が出てしまう。わっちはひどく焦った。
「だ、旦那。妙なことを考えるのは」
「なに、心配するな。お前を傷つけたりはせん。」
「知っとります。わっちは、イヤでありんす。旦那の手が、あんな男の血で汚れるのは……忍びのうございます。」
口から出任せに言うと、旦那はまた動きを止めた。
「____あんな男? お柳、お前何された」
「え、えと」
「言いたくないようなことか?」
「______ええ。」
目を伏してうなずく。花魁は、欺く生き物。
「…………そうか。」
許せねえな。
低い声で言うと、旦那は紐を思いきりぶっちぎった。
うああ、と痛みであえぎ声がでる。旦那はその擦り傷に舌を這わせた。
「あっ、あぁ、痛い、痛い、」
「黙ってろお柳。消毒してやるよ。」
「ふぁ、ん、なめる必要がどこにありまんの!」
「俺がしたいから。それだけだ。」
れ、れ、と舌が休むことなく肌を這う。傷にしみる。その痛みがかすかに気もちいい。
「んぅ、う、んあぁ……もう、おやめ下さいませ。」
涙が瞳を潤ませる。わっちの瞳を覗き見ると、旦那はやっと舌を離した。
「すまなかった…………泣くなよ。」
顔を近づけ、優しく接吻する。それでも舌を絡めてくるところが本当、鬼でありんすな。
「何かほしいもの、あるか。買ってやろう。」
問われて戸惑う。わっちの悪いところは___花魁として、でありんすが___欲があまりないところで。
欲しいもの……あぁ。そういえば、一つだけ。
「旦那」
「何だ?何でも言ってみろ。」
「あ、えっと……その」
「言ってみろ、何でも買ってやるから。」
遠慮などしてはいない。欲しい欲しいとねだるだけでは、花魁として芸がないだけだ。
「____あのぅ、旦那。」
「ん?」
「砂糖菓子____下さいますか?」


お前、甘い物は嫌いではなかったか。そう言われたときは多少焦ったが、食わず嫌いかと思いましてと言い訳 をした。なに、女郎は嘘をついてなんぼだ。
「悠、お前は砂糖菓子が好きか。」
「え? あ、はい! 甘い物は、口に含むと幸せになります。」
花の開くように、とはこのことか。可愛い笑顔じゃの……本当に、愛いやつよ。
「そうか。では、これをやろう。」
袖から包みを取り出し、手を取って握らせる。
「____ふぇ、これ、」
「金平糖じゃ。ふふ、被ってしもうたな。」
やはり兄弟じゃの。
愛おしくて、思わず笑みがこぼれた。嬉しそうに悠は包みを抱きしめる。
傷を負った甲斐はあったか、と、わっちは密かにいやされた。

和弘は外道、ミサワは鬼。多分続くなぁこれ。
郭詞ワカンネ。ありんすありんす。


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