笠を深く被りなおす。夜道は暗い。頼りになるのは月明りのみだ。昨晩の雨のせいだろうか、道の小石は湿っていて、踏みしめるたびに音が立った。傍らを流れるせせらぎが絶え間なく冷気を運ぶ。夜明けはまだ、遠い。
 道端に柳を認めて立ち止まった。美しく、愛おしい、俺の物と同じ名の。仄かにたゆたう姿はなるほど艶やかで、彼の名にふさわしい。
「………行くか。」
 見蕩れていては時が経つ。早く済ませて、今宵もまた会いに行こう。彼奴を傷付けるものは誰であろうと許しはしない。 たたっ斬る。
「………あんな顔、させやがって。」


 明くる日。商いがてら柳に会いに行った。彼は俺を出迎えると、いつものように微笑んで。けれどもその首筋に____異様な痕が残っていた。
「………柳。その痕、どこの輩が。」
「痕? あぁ、これでありんすか。気にせんといておくれやす。大したものでは、ありんせん。」
 郭言葉はやめろと言うてる。 囁きつつ膝を折り、座り込む柳の首筋に触れた。赤黒く鬱血している。輪のように。
「首を絞められたのだろう?誰だ、どこの野郎がやった。」
「口付けを、旦那。今夜だけ、今晩だけは、太夫でいさせておくんなまし。ただの人に戻ってしまえば、きっとわっちは、狂ってしまう。」
 身を切るような痛々しい声。柳は胸に顔を埋めて、縋るように抱きついた。梅の香がする、贈った練り香水であろうか。 赤と金のきらびやかな着物が。その髪を彩る絢爛な飾りが。ふるふると、頼りなげに震えた。
「亘の旦那でありんす、旦那。あのお方は酷なお人で……締めながら犯すのが、好みなのでありんすよ。」
 わっちは人ではありんせん、旦那。 その切ない声でなおも続ける。
「わっちは玩具でありんす、旦那。玩具でありんす、売り物でありんす、だから仕様がないのでありんす、そうでしょう、そうでありんしょう?このような仕打ちも仕様がない、わっちは買われたのでありんす、売られたのでありんす、だから、わっちは、わっちはぁ…………苦し、かった、怖かった、怖いよ美澤、苦しい、助けて、……苦しい……怖い………」
 液体の感触、ぬるい感覚。泣いている。 抱きつく腕が痛いほど、きつい。
「息が、できな、くて、気が遠く、美澤、つらい、怖いんだ、苦しい、怖い、助けて、助けて、……壊れ、そう、助けて、怖い、」
「そうだな、そう____苦しかったな、柳。」
 思い浮かべる。着物をはだけさせられて、押し倒されて、上に乗られて、首を、締められて。苦しそうに喘ぐ柳の姿を。白い脚が、痙攣するようにもがく。瞳が潤み、遠くなる。唾液を吐いて、嫌がって、押さえ込まれて、つらそうに。 ぞくぞくした。けれど、やっていいのは俺だけだ。お前じゃない。
「忘れさせてやる。上を向け、口付けてやろう。すぐに何もかも分からなくなる、楽になる。心配するな。」
 柳は素直に顔を上げた。その顎を軽く支えて接吻する。舌を絡める、吐息が甘い。
 柳はゆっくりと瞼を閉じた。愛しさがこみ上げてくる。 そして水をさすように、こみ上げてくる激しい憎悪。
 あの野郎。殺してやる。 必ず見つけ出してやる。
 地獄に落とす。


「___みぃつけた。」
 呟いて口元を歪める。品の悪い着物、奴だ、奴で間違いない。奴が柳に、あんな仕打ちを。
 この下衆が。
 愛刀に手をかける。そのまま刃を空気に晒した。鍔の、鳴る音。前方の彼が足を止める。 その次の刹那には、俺は彼の真後ろにいた。
「っ!?お前は一体、」
「名乗れとでも?」
 抜刀と同時に斬りつけた。振り返った彼の鳩尾に刀を刺して突き上げる。勢いで笠が外れた。 俺の顔を瞳に映す。彼は、一気に青ざめた。
「おま、え……真日の………」
「へぇ、名は知っているようだな?殺してやるよ下賎な豚が、精々地獄であがくといい。」
「貴様、がぁっ、俺に、何の、恨みを、」
「恨み?___そんなものではない。」
 刀を引き抜き蹴り倒す。血を吐きながら倒れた彼の傷口を踏みつけた。
「憎悪だ。 噛み締めろ。」
 くるり、刀を反転させる。そのまま大きく振り上げると彼は怯えて震え出した。滑稽だ。無様だ。くだらない。 消し去ってやる。
 心臓に刃を突き立てた。そのままぐいと押し込めば、彼は汚い声をあげて。聞き苦しい、黙っていろ、お前の声など聞きとうない。 醜い。
「オ……ニ……この……鬼め……死ね………」
 掠れた声で言い残すと、彼はようやく事切れた。刀を抜き、鞘に納める。 ………鬼、か。結構だ。
「柳の為なら鬼にでも、____地獄の王にも、なってみせよう。」

さあ、落とし前を。


ほぼ一発書き。やべえ拙すぎる。

2010/01/30:ソヨゴ


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