きっかけは何気ない一言だった。
「なー柳ー」
「? 何だ。」
「俺のこと、好き?」

愛と希望の檻の中

柳は冷めた目で俺を見返した。
「お前……いきなり何を言い出すんだ。」
「大した意味はねぇよぉ。引くなって。」
へへ、と俺は軽く笑った。柳は小さく嘆息する。
「引いているわけではないが。言う必要があるのか?今更。」
分かりきっているだろう。床に座ったまま、柳は答えた。
「分かっててもさぁ、言ってほしいことってあんだろ?」
なーなー言ってくれよ。減るもんだけど俺にならいいだろ?
俺の発言に対して、すごい自信だなと柳は呆れる。
「まぁ……好きだよ俺は、お前のことは。」
「おーっ照れるねえ」
そっかぁ好きかあ、嬉しいなぁ。俺も好きだぜー柳、好き好き超好きだーいすき。
にやにやしながら何度も言い続ける。と、次第に柳の顔に色が付き始めた。
「………へへへ」
「何だよ、にやにやしやがって。」
「柳、顔赤いぜ」
うるさいな!と柳は怒鳴った。
「お前恥ずかしくないのか?」
「恥ずかしい?え、何が。」
「いや、だから…その。」
好き、だなんて言葉、そんなに何回も何回も言われるのは………気恥ずかしいじゃないか。
言うのだって恥ずかしいだろう。小さな声で、つぶやく。
「え?俺は平気だなぁ別に。好きな人には好きって言えるぜ?言われたら嬉しいし。」
「そりゃ嬉しいけどさ……俺は何か、無理だな。」
すねたように柳は言った。珍しくかわいい。
「柳〜。なぁってば、柳。」
柳の耳元で騒ぐ。何だ、うるさいな。ほのかに赤い顔のまま尋ねてきた柳に、俺はそのまま耳元で言った。 「大好き」
「っ、は?」
「大好き、好き好き、愛してる。俺お前が一番好き。」
「い、いきなり何だよ恥ずかしい」
焦りながら、柳は俺から離れようとした。腕をつかんだ捕まえて、引き寄せる。
「逃げんなよー。せっかく俺がお前に愛を伝えてるってーのに」
「や、やめろよ愛とか恥ずかしいんだよ。」
やっべ、こいつむっちゃかわいい。
「好きだよ、柳。愛してる。好き好きこの世で一番大好き、おい逃げんなよ聞けよ。」
「慣れてないんだよこういうの!分かったって、俺も好きだよ!!だからもういいだろ?」
「えー伝えたんない。だって俺、柳のことマジで本当に大好きなんだよ。」
いや、嬉しいけどもう無理、耐えられない。恥ずかしい!!
首をぶんぶんと左右に振りながら、柳は顔を真っ赤にした。
「あーもう何?お前超かわいいじゃん」
「何言ってるんだ気持ち悪いな!」
「は?ちょ、今のお前写真で撮ってやろうか?もう超かわいいぜギネスものだな。いっそのこと動画とかどうかな」
「ふざけんなよ!!もうお前黙れよ!!」
この野郎バカ死ね。言われたけれど全く怖くない。
いつの間にやら柳は壁際に追いつめられていた。いや追いつめたの俺だけど。
両手をつかんで柳に迫る。顔を逸らした柳の耳に息を吹きかけると、やめろくすぐったい!と声が響いた。
「ほら大人しく聞いとけよ。あいらーびゅーあいにーじゅーらびみーてんだー愛してる」
「っくぁ、くそ、ふざけてるだろお前!!」
「ふざけてねぇよぉ。俺まだ八分の一も伝えられてないぜ?」
「妙にリアルだな!」
柳は正面を向いた。真っ赤な上に涙目だ。ガチで苦手なんだなこーいうの。
「顔真っ赤っかだぜー、照れてる?」
「見れば分かるだろちくしょう!!っ、ミサワぁ、好きとか言うなよぉ。俺も好きだよ愛してるよ、だからもう勘弁してくれ!!」
もーちょっといじめたいなぁ。思ったけれど止めてあげた。手を放す。柳は長い長いため息をつくと、首に手を置いてあつ、と言った。
「柳、お前他のヤツにそんな顔見せたらぶっ殺すからな。」
「やめろよそんな目で見るの。あながち冗談じゃないように見える。」
冗談じゃねーぞー。茶化しつつ言うと、柳はむっとして返した。
「あのなぁ言っとくけどお前に言われるから恥ずかしいんだよ。何とも思ってないヤツに言われたって、俺は別にどうとも思わない。」
「うわひど」
ったく、普段は好きとか言わないくせに。  そうかぁ?俺結構言ってない?
でも。柳は言葉を切った。
「俺なんかに言って、いいのか?」
「………は?」
イヤな予感がする。柳はきょとん、と目を丸くした。
「え?いや、だから……俺なんかと一緒にいたら、明るい場所には出られないだろ。」
好きなんて言って、いいのか。当たり前のことのように、柳は言った。
ぷつ、と頭のどこかが切れる音がする。息を短く切って、俺は立ち上がった。
背を向ける。背後で立ち上がる物音がした。
「? ミサワ、何で怒って」
「お前さぁ、本当、愛想尽きるぞ。」
顔だけ振り返って言うと、柳は焦ったように返してきた。
「何で、」
「分かってないのかよ。あのさぁお前、俺と一緒にいたいか?」
ずっとそばにいてほしい? 続けて聞くと、柳は答えた。淋しそうな、苦しそうな目をして。
「ずっと一緒にいたい、けど____お前が離れたいというなら、俺は、止める権利は……ない。」
この野郎、ふざけんなよ。
俺は激しい苛立ちを感じながら吐き捨てた。
「あっそう………じゃあ離れていいんだな?」


俺がいなくても構わないんだろ。言うと、ミサワはふいと顔を背けてドアへと向かった。
「っ、どうしていきなり」
呼びかけると、ミサワはドアの前で立ち止まった。
「じゃあ言ってみろよ。引き止めてみろよ。どうなんだよ?」
引き、止める?一緒にいてくれって?俺にはそんな資格はない。
戸惑っていると、ミサワは射るような目で振り返った。
「言わねぇの?そう。じゃあ、もういいよ。」
俺行くから。ドアノブががちゃりと音を立てる。行ってしまう。どこへ?とにかく俺から離れたところへ。
またドアが、閉じる。閉じこめられる?一人きりになる?この檻の中に?
この、暗闇に?
一瞬で鳥肌が立った。怖い。嫌だ。一人はもう、嫌だ。
ミサワが去ってしまったら、ここに来てくれる人なんてもう現れないだろう。俺と一緒にいてくれたのは、こいつしかいないのに。
行ってしまう。去ってしまう。嫌だ怖いよ、ミサワ。
「待って!!」


ど、と背中に重みを感じた。ドアノブから手を離す。自分のそれより、いくらか細い腕。
抱きつかれてる?
「待って、ミサワ、行かないで」
背中が温かい。温い液体の感覚_____泣いているのか。
「嫌だ、嫌なんだ、ひ、とり、は、怖いんだ。お前、しか、俺には……」
いやだ、行かないで、ここにいて、一緒にいて。一人は、怖い。
「___お前さ。」
「ぁ、っく、あ、いやだ、一人に、しないで。」
柳の腕を解いて振り返り、軽く背を丸めて、抱きしめた。柳の顔がすぐ横にある。
「だから言ってるだろ、俺はお前が好きなんだよ。離れるわけがないんだよ。なのにお前はいつも信じようとしない。俺が必要なら必要と、言え。俺だけがお前を好きで、必要としてて、縛り付けてるのは、きついんだよ。言ってくれ、分かってても……言ってくれなきゃ不安になるだろ。」
つっかえつっかえ、謝る。柳は口を開いた。
「好きだ、好きだミサワ。だか、ら、だから、そばにいて。一緒にいて。嫌い、に、ならないで。俺にはお前しか、いない、んだ。」
そっか。ごめんな。俺もお前だけが好きだよ。言うと、柳は俺の肩にしがみついて、顔を埋めて、泣いた。痛いくらいに指が食い込む。すがられているんだな……俺は。
本当は柳のそばにいてくれる人間は、俺のそばにいてくれる人間よりもずっと、多いのだろう。ことあるごとに最悪、と柳は自らのことを評するが、そんなことはない。本当は、それこそ悠くんと同じくらい優しいヤツなのに、気付いていない。自分のことは何一つ分かってないんだ。
必要としてるのは、俺の方。騙して、偽って、縛り付けて。最悪なのは、俺の方。
なぁ柳。俺は壊そうと思えばいつでもお前を壊せるよ。それに俺は心のどこかで、お前を壊してしまいたいと思ってる。俺が耐えきれなくなる前に、俺から離れて逃げてくれ。俺は最悪な人間なんだって……気付いてくれよ。じゃなきゃ俺はお前を、いつか、ぐちゃぐちゃにしてしまう。
縛り付けたい、壊したい、逃げてくれ。頭の中がぐるぐるする。どうして俺らは、こんなにも、上手くいかないのだろうか。
幸せになってほしいくせに、お前だけ幸せになるだなんて許さない、とも思ってる。な?最悪だろ?早く気付けよ。離れられなくなるように、気付かないように、仕向けてる俺の偽りに。
軍服がどんどん濡れていく。ほら、ここは真っ暗闇だ。

希望がない。
束縛したい、されたい。

2010/10/09:ソヨゴ


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