「戦場でのお前ってさ、別人にも程があるよな。」
 食堂で俺は口を開く。目の前の彼は肉を頬張り、咀嚼してから受け答えた。 んだよ、いきなり。

at the Killing Field

「そう、なのか?あんま記憶ねぇんだよ。」
 言って、また一口。大きめのじゃがいもの欠片。美味そうに食うよなぁコイツ……俺と同じもん食ってんのに。
「あー。そういやんなこと言ってたなお前。俺と出会った時のこと、お前覚えてねぇんだろ?」
「おう、悪ぃな。どうにも意識飛んでてさ。」
 断片的になら、少々。そんなことを蔵未は言った。大丈夫かよとからかいながら、内心俺はほっとしていて。その方がいいと思うんだ……コイツの精神衛生上。
 戦場での蔵未の様子を、蔵未自身が、記憶していたら。
「ガチで飛び降りかねねーし………」
「何か言った?」
「別にぃ。」


 廃墟と化したコンクリート。その陰に身を潜めながら、俺は荒い息をつく。すぐ傍には敵兵の山。 完全に、取り囲まれた。
 簡単に言えば待ち伏せを喰らった。部隊はほとんど壊滅状態、まだ生きてんのは俺と、それと___あと一人。
 ちらりと横目で彼を見る。隣に座る戦友は、当たり前のように拳銃を握った。
「………オイ蔵未。」
「何?」
「まさか、……戦うつもりでいんの?」
 この状況ではもう、捕虜になるしか道はない。戦うなんて無理な話。いくらコイツでも、この数相手にしたら死ぬ。けれど彼は俺を見て薄い薄い笑みを浮かべた。
「当たり前だろバカじゃねーの」
「っ、バカはどっちだよ!あの人数じゃ絶対死ぬって、」
「死ーなーなーいーよ、死んだりしない。」
 どこか楽しげに蔵未は答える。俺はどうにか説得しようと、隣の彼へ身を乗り出した。
「落ち着いてよく考えてみろ。あんな数相手にしてさぁ、本気で生きてられると思う?投降するしかねぇよ蔵未、お前だって死にたくねぇだろ?」
「お前捕虜になんのかよ?バッカみてー、俺は嫌だね、捕虜なんかになるくらいだったらまだ死んだ方がマシ。」
 くるくる、くるる。蔵未の綺麗な手の中でサバイバルナイフが回る。重く大きなサバイバルナイフを、彼は唐突にぴたりと止めた。
「なぁもったいねーと思わないあんなにいんだぜあんなにいんの殺していいヤツあんなにいんのあんな数殺していんだよなぁ嬉しくねぇの楽しくねぇの俺は愉しいよお前は違うのあんな数初めてじゃねぇのなぁみんな死んじゃったぜ章吾だから気にしなくていんだ好きな様に暴れられるぜみんな敵味方はいないだから何も気にしなくていいこんな機会滅多にねぇよ楽しもうぜ沢霧暴れようよ何ビビってんのつまんない。」
 澱みなく回る舌。着いていけなくて翻弄される。句読点なしで一気にしゃべると、蔵未は壁に手を付いた。その瞳は、いつもより濃い。ぞっとして身を引く俺を逃がすまいとするように、蔵未は俺に跨がって。
 彼のナイフが目元を滑る。タトゥーをなぞる、冷たい刃。
「死にたくない?死にたくない?なぁ死ぬのが怖いの章吾。死ぬのが怖い?死ぬのが怖い?」
「……あぁ。」
 息を詰めたまま問いに答える。肯定の言葉を聞くと、蔵未は妖しい笑みを浮かべた。ナイフの先を目元から離し、俺に覆い被さって唇を奪いにかかる。慌てて押し返そうとしたが、その前に舌が滑り込んできた。
 追い出そうとする舌の動きを利用して、深く絡んで、しつこいくらい、濃密に。息が漏れ出てしまう程。意図が分からずに混乱する。 妙に生温い生きた舌。ぬるりとした唾液の感触。コイツ、本当、何のつもりで………これだからキチ×イは。
 やらしい音を立てながら蔵未は俺から唇を離した。膝立ちになった彼を睨みつけるように見上げる。俺の視線は簡単に無視して、蔵未は低い声を出した。這うように囁く。言い聞かせる、ように。
「死なねぇよ、お前は____俺がいる限りお前は死なない。」
 何ならここで待っててもいーよ?
 茶化すような言葉。お断りだよと諦めを返す。分かったよ、そこまで言うなら……付き合ってやろうじゃねぇの。
 立ち上がり息を整える。一瞬のアイコンタクト、それを合図に飛び出した。
 死なねぇよ。俺は、死なない。


 ナイフが首を刈るように滑らかな曲線を描いて、それと同時に血が噴き出す。倒れたあとに現れた敵に彼はナイフを突き刺した。鼻頭と両の目頭が一瞬で繋がって骨が砕ける音がする。頭蓋を叩き割ったというのに蔵未は顔色一つ変えない。ただ引き抜いて血を浴びて、躊躇いもなく次へと向かう。銃を構えるもう一人に飛びかかって蹴り倒す。馬乗りになって拳銃を突っ込み、口腔内で引き金を引いた。勢いよく抜いた反動でそのまま背後に標準を合わせ、銃弾で、右目を抉る。走り出すように立ち上がりまたナイフを翻す。差し込んで薙ぎ倒し拳を避けて上段蹴り、倒れ込むソレに弾丸を浴びせて。言葉にすれば長い動作達、それぞれはたった一刹那。____やっぱり、人間じゃねぇな。
 飛び交う銃弾をくぐり抜けながら思考する。鬼神と呼ばれるその所以。考えるまでもない、この姿を見りゃ一瞬で分かる。おこがましい、おこがましい。同じ種族と思うだなんて。
 叩き落とすように回し蹴り。軍靴でそのこめかみを割る。引き金を引いて気がついた。 他にはもう、誰もいない。
 いつの間にやら。立っているのは俺達だけ。
「___生き、てる。」
 言った瞬間に湧く、実感。成し遂げたことの途方もなさと死が眼前にいた事実。思わず、腰が抜けた。その場にへたり込む俺を、鬼は上から覗き込んで。
「なんだよ信じてなかったの。言っただろ死なないって、お前は死なないよ、沢霧。」
 殺戮の直後、だからか。先程に比べれば、蔵未は少しまともになっていた。差し出された手を黙って掴む。俺の身体を引き上げると、彼は背を向けて歩き出した。
 その背を見ながら拳銃を仕舞う。左耳に手をやって、俺はぼそりと呟いた。


「また一個……増やさねぇと、な。」

戦場でのお話。戦場での蔵未はマジキチにしたかったけど悩んだ結果自重した。 自重した?

2011/03/08:ソヨゴ
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