女装OKな方のみ。そんなにヤバいことはしてないです。
「……嫌な予感はしてたんだよ。」
イラつきのこもったため息をつく。兄さんは死んだような目で言った。
「結婚式に着物着ていけ___って言われた時点でな。」
同感。
つぶやきつつ、俺は床の上に広げられた着物を眺めた。女物の振り袖を。

鈴が鳴る、

「えっと、ね……いや、お店の人にちゃんと写真見せたのよ?この子達に似合う着物を、って。」
母さんは気まずそうに返した。
「何?俺らが兄弟じゃなくて姉妹に見えたと?」
頬が引きつっている。あーこれ、怒ってるのでは………
「そんなこと言われてもぉ……あの、あれ、柳が小6くらいの時で、悠と一緒に映ってるやつ……」
「他になかったのかよ」
「だってぇ、最近柳写真とらせてくれないじゃないの!!」
ぷー、と母はすねたような顔をした。
「でも、野球のユニフォーム着てる写真だったのよ!?_____あ、」
「………何」
「あ、いや…店の人、『野球ですか?ボーイッシュですねぇ』って言っていたような……」
「っ、あんたなぁ!」
その時点で勘違いしてるって気付けよ!!どうすんだよこれ!!
だん、と床を踏むと、兄さんは苛立たしげに着物を指差した。片方は深緋で袂の黒い、菊の華が描かれたもの。多分兄さん用だろう。もう片方は地の色が藤納戸で毬の描かれた振り袖。こっちは多分、俺用だ。
「バカだろ、なあバカだろあんた。俺ら絶対ついてかないからな結婚式。なぁ、悠?」
同意を求められてそれに応じる。いやこれ着てくとかない、ない話だから。
「____そうよねえ。あ、でも見てみたい気もす」
「母さん、俺は実の母親に手を上げたくはないなぁ?」
ぱん、と兄さんは拳を叩いた。
「あ、あははははやだなー冗談じゃない!じゃあお母さん出掛けてくるわね!!」
タイミングよく玄関から、早く来いと急かす父の声が聞こえた。母さんは青ざめた顔のままダッシュでリビングを出て行く。
戸を閉める音が二回、響いて、間もなく車の発車音が聞こえる。その音が遠ざかると、兄さんは再びため息をついた。
「あの女………信じられない。」
「店の人も店の人だよ、ね………」
そういや、昼食まだだったな。
一緒に食べようか、という発言に、ほんのわずか心が躍る。一緒にご飯を食べるだなんて、最近の兄と俺との関係では、考えられない話なのだから。
まぁ今日はイレギュラーだ。今日の兄と俺には、母という共通の敵が居る。
昼ご飯はハムエッグとトーストだった。まるで朝ご飯のようなメニューだ。
兄はテレビを見ながら、それはないだろう、とか、世の中広いな、とか、とりとめもないことをぼそぼそと呟いている。最近めっきり冷たくなった兄だが、案外本質は変わってないのかもしれない。
俺と兄はほぼ同時に昼ご飯を食べ終えた。特にすることもないので、二人でぼーっとテレビを見る。
さて、土曜の1時〜4時ほど何もやってない時間帯はないだろう。しばらくがちゃがちゃとチャンネルをいじっていた兄さんだったが、すぐに諦めて電源を消し、俺の方を向いた。
「悠」
「へ、何?」
「せっかくだからアレ、着てみるか?」
ア、アレ?
俺は振り返って、広げられっぱなしの振り袖を見た。
「レンタル料、もったいないだろ」
それにな、俺は今とてつもなく退屈してるんだ。
そう続ける兄さんに、いや俺も退屈だけどさ、と戸惑いつつ返す。え、でも、いくらヒマでも………女装じゃん!
「どうする?正直なところ、他に何か面白そうなことがあれば、そっちの方がいいんだが。」
兄さんの出来すぎた頭で思いつかないことを、俺の足りない頭が思い浮かぶはずもない。俺は兄さんの提案に乗ることにした。


「着物って、どう着るの……」
とりあえず羽織ってみたはみたものの、この先が分からない。ふと横目で兄さんを見ると、恐ろしい手際の良さで帯を締めている。
「に、兄さんなんでそんな早いの?ってかなんで知ってんの?」
「は?着方が分からないと脱がせられないだろう?」
血のつながった兄から聞くには生々しすぎる言葉だったが、納得。でも出来れば聞きたくなかったです兄さん。
兄さんはもう、髪飾りに手を伸ばしていた。す、と髪飾りの櫛が兄さんの髪に通る。うわ、きれい。
ぼーっと見蕩れていたら、柳兄さんはクルリとこちらを向いた。
「何ぼーっとしてるんだ。ほら、着せてやるよ。」
ぱっぱっ、と素早い手つきで兄さんは俺に着物を着せた。帯も締めてもらう。髪飾りも、いつの間にやら付けられていた。
俺の全身を上から順に辿って、兄さんはぶっ、と吹き出した。
「な、何で笑うのさぁ。」
「いや、女子みたいだな、と。」
「ちょっ!!それ言ったら兄さん、だ、って……」
改めて兄さんの全身を見たら、息が詰まった。
さすがプロが選んだ着物だ。兄さんの白い肌と、冷たい作りの顔つきに、深緋の着物は映えすぎるほど映えていた。袂の黒も、菊の華も、鮮やかで流麗で、兄さんにぴったりだ。
兄さんは軽く首を傾けた。しゃらっ、と髪飾りが鳴る。
「何だよ?」
「花魁さんみたい……」
「はあ?」
あっやばっ今の忘れて!!
慌てる俺を、兄さんは非常に冷たい目で見た。
「お前なぁ……遊女はお前の方だろう。」
「ふぇ?」
何ソレ、と呟く俺には答えず、兄さんは時計を見上げた。
「あんまり時間、潰れなかったな……もう少し遊ぶか。」
「え?何して?」
「百合ごっこ」
「は、」
語尾を半音上げる前に、えーいと床に倒された。表情がぴくりとも動いてなくって若干不気味だ。
「ちょっ兄さんこれはヤバいって、」
「よいではないかよいではないかー」
「それ男の人のセリフ!!」
「知ってるよ。」
兄さんは少しだけ笑った。
「もう、これはやりすぎなんじゃ、」
「え?俺よくやるけどな大学の奴らと」
「どういうサークル!?」
冗談だからいいんだよ、と兄さんは言った。いや冗談って言ってもさぁ。
「ほら、じっとしてろ。」
兄さんの舌が肌を這って、思わずんっ、と声が出た。色っぽい色っぽい、と兄さんは笑う。
混乱し始めた頭で俺は嫌なことを思い出した。兄さんは退屈が何よりも嫌いで、それをしのぐためならば案外はじけたことをするということを。
「やぁっ、ちょっと兄さん!!シャレになんなくなってきた、よ」
「いっそのことヤっちまうか?それはそれで面白そうだ。」
嘘でしょ!嘘だと言ってよ兄ちゃん!!
叫ぶと、兄さんはフッと微笑した。
「残念ながら、俺は無駄な嘘はつかないタチでな。」
「えええええ」
着物を軽くはだけさせると、兄さんは俺の鎖骨から耳元までを一気に舐め上げた。こ、これは、ちょ、っと、
「ふあぁっ、あっ、兄さん、これはやりすぎ」
「少し静かにしてろ、バカ。」
本当に百合ってる気分になってきた。着物を着てる兄さんが、女の人にしか見えないせいだと思いたい。
「っ、んっ」
抱き寄せられて、キスされる。舌が絡ませられるたび、しゃらん、しゃらんと髪飾りがなった。
「はっ、あ、はは、」
兄さんの目が、少しだけ濡れている。
「悠、お前、本当に遊女みたいだ……鈴でも付けようか?」
俺のもの、ってな。
兄さんはそういって微笑んだ。着物のせいか状況のせいか、その笑みがいつもよりずっと艶やかで。
「何かもう……兄さんのものでいいや。」
「は?」
「あ、いや…」
何か、それで兄さんが俺のこと見ててくれるなら……別に。
何されたっていいよ、という本音は飲み込む。本当に色々されそうだ。
「____何言ってんだ、悠」
お前は産まれたその瞬間から、俺のもの、だろう?
兄さんは俺の顔に手を置いた。親指で、俺の唇をつうっとなぞる。熱くなってる唇に、その冷えた指先の感触は心地よかった。
薄緑の目に吸い込まれそうになりながら、俺はぼんやりと、考える。
そうだよ、俺はもうとっくに……兄さんに、捕まっている。


所有物、か。
本当は俺には、お前を縛る権利なんてないけど。
瞳が翳りそうになる。悠がそれに気付かないように、俺は再び舌を絡めた。
和服を、和服を着せたかっただけなんだ…… BGMは「雛逃げ」と林檎さんの3rdアルバム、特に「とりこし苦労」。
タイトルの色は兄さんの着物の色と同じです。#c9171e。ちなみに弟のは#706caa

2010/10/01:ソヨゴ


戻る inserted by FC2 system