鏡の前に立つ。不健康な肌の上にその鬱血は焼き付いていて、これはさすがに誤摩化せない。しばらくの間、家の中から出られなさそうだ。
 人差し指でなぞってみる。赤黒い窒息の痕。その苦しみも絶望も蘇ってきてしまう気がして、俺は鏡から目を逸らした。指を離して自室へと戻る。アイツには、なんて言い訳をしよう………どうせ何を言った所であいつは俺に会いに来る。そんなことは分かっているけど。
 見られたくない。こんな、………醜い痕は。綺麗なあいつはどう思うだろう。醜い痕、汚された記憶。あいつは、どう思うのだろう。
 部屋のとを空け、ベッドにその身を放り投げる。掛け布団越しにスプリングが軋み、その音が軽くなったと気付いた。 あぁ、また痩せちゃった。最近ろくに食べてなかった。
 ふと耳にバイブ音。隣では携帯がちかちかと点滅していて、俺は思わず寝がえりを打つ。逃げるように耳を塞いでも音は止んでくれなくて、分かっている、発信元はあいつだ、どうせ。気付くのはあいつだけ。知っているのも、あいつだけ。
 一回転してうつぶせになる。横目で電話の主を確認、_____佐久間。
 諦めて携帯を手に取る。ぐっと強くボタンを押せば、途端に聞こえる柔らかい声。 もしもし、拓斗。大丈夫? 平気と答えて黙り込む。 ありがとう、いつも、ごめん。


「拓、斗___その痕、」
「よう。……何か飲む?」
 あえて無視。台所へ向かおうと腰をあげた。佐久間が息を呑んだのが分かった。同時に、辛そうな表情をしたのも。………お前が苦しむ必要ないのに。
「待って、そこにいて。」
 立ち上がる俺を押さえつける。その力に従って俺がソファーに身を沈めると、佐久間は移動してきて俺の右隣に座った。視線が、痛い。俯くようにして逃げる。 醜い痕。醜い痕。お前の傍にいていいのかな。お前には、どう見える。
「醜いだろ、これ………しょうがねぇよな。俺は、汚れてるから。」
 こんなことお前に言ってもお前は戸惑うだけなのに。だけど、だけどさ、佐久間………俺は綺麗じゃないんだよ。綺麗なお前の隣になんて、本当は、____きっと。
「拓斗。」
「、え?」
「触れてもいい?」
 次に聞こえたその声は予想よりもずっと近くて、俺は驚いて佐久間を振り返る。すぐ近くにある顔、肩に置かれる手。 反射的にびくりと跳ねる。
「だめ?」
「い、いや……大丈夫。」
 怯えを押し殺して返す。佐久間は肩に置いた手を伸ばし、異常なまでに優しく、そっと首の痕に触れた。
 滑らかな指が痕をなぞる。かすかな痛みに喉が震えた。喉の頂点から、右耳の真下まで。 トゥーシューズでターンするように佐久間の指が痕の上を滑る。 なぞり終えると彼は、俺のうなじへ手を回した。
 顔が近付いてくる。その意図に気付くより先に、佐久間は、____赤黒い鬱血に口付けを落とした。
「っ、佐久間、」
「動かないで。………ちょっとだけ。」
 柔いバードキス。温くて焦れったいそれに、ほんの少し背筋がざわめく。やがて佐久間は舌を押し付け、辿るようにして這わせ始めた。 動揺、する。
「佐久、間、やめろ、何して、」
「ねぇ、拓斗。____醜いなんていわないでよ。」
 へ?
 間の抜けた声を出してしまった。佐久間は少しだけ粘着質に、ゆっくりと痕を舐めていく。欲を覗かせる舌つきで。息が上がってくる。舌が、熱い。ぬるりとした唾液の感覚が心臓の鼓動を速める。わざと、なの、だろうか。くちゅくちゅといやらしい音。執拗な舌先が、付かず離れず愛でるように、果実を舌で転がすように、素直じゃない舌遣いで。 やばい、おかしくなる。
「拓斗、お前は綺麗だよ。汚れてなんかない。お前はきっと、この痕が、すごく嫌いだと思うけど。」
 再びの、優しい口付け。唇の湿った感触。
「ま、もる、」
「俺はこの痕も愛おしい。お前を苦しめるこの痕も含めて全部、愛しいよ。」
 束の間唇が離れて、今度は俺の唇に重なる。かぶりつくようなキス、だけど舌は入ってこない。 また、離れた。
「汚れてるなんて、言うなよ、辛くなる。お前は綺麗だよ拓斗、俺はお前が好きだよ拓斗。だから、さ、お願いだから………醜いなんていわないで。」
 悲しくなるから。
 消え入るように囁くと、守は俺に抱きついた。苦しいくらいに、強く、強く。俺はその息苦しさに安堵しながら囁き返す。 守。 名前だけ。
「どうしたの?」
「………守。俺も、」
 俺も好きだ。ありが、とう。 やっとの思いで吐き出した言葉に、守は横で微笑んで。よかった、そう言って笑う。
 汚れていない、なんて、そんなの………その言葉は嬉しいけれど、やはりそうとは思えなかった。俺は綺麗なんかじゃない、____だけど。
 お前の傍にいてもいい?守。
 問おうとしたがやめにした。 頷いてくれると、分かっていたから。


Love is blind

お借りしたキャラはにぱさんのサイト「最小公倍数」の「背中合わせと反比例」より、佐久間守くんと風間拓斗くんでした。ついに自家発電である\(^o^)/
お姉ちゃんが呟いてたネタを元に書き書き。守拓は正義って訳でにぱお姉ちゃんに捧げます!!守拓ラブ!!

2011/03/10:ソヨゴ
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