こ こ ど こ だ よ 。 近所でも評判のケーキ屋さん。 ここは、そういうよくある称号を手にした小さなお店だ。
ケーキの味もさることながら、その良心的な価格も魅力の一つ。このお話は、そんなケーキ屋さんを中心にした、とある一日の物語。

偶然と甘い休日

これは僕の気まぐれであって、別にライさんの為にじゃなくて……さっきから、言い訳ばかりしている。そんな自分が少し馬鹿らしくて、僕は軽く呆れ笑いをした。どうせ十数分後には、同じことを口に出しているに違いないのだ。 ライさんい、対して。
「モンブランが評判いいんだよね。」
寄り道だ。夕飯の材料を買い出ししていたら、ふと、最近オープンした近所のケーキ屋さんのことを思い出した。奥様方によればモンブランが絶品らしく、買って帰ろうかななんて、珍しく思ってみたりして。
「___喜んでくれるかな。」
呟いた息が白くなって浮かぶ。殊勝なことを言いつつも、僕はちゃっかり確信していた。
ライさんはきっと………僕が買って帰ったものなら、何だって喜ぶはずだ。


思った以上に退屈なバイトだ。まぁ店番なんて大抵退屈なものなんだけど………それにしたって、ヒマすぎる。
神様、俺超ヒマなんですけど。むちゃくちゃ退屈なんですけど。 何か面白いこととかないっすかね?
もう精霊でも何でもいいから何か楽しい出来事を下さい。 客が居ないのをいいことに、思い切りあくびをする。つまみ食いしちゃおっかな………甘党の俺にはここは、ある意味地獄のような職場だ。手を出したいのに食べれない。商品だもの。
ぼんやりと恋人を想う。今アイツ何してんのかな?真面目ちゃんだから、大学の課題片付けてんのか、もしくは……悠くんにベース教えてる、とか。
ちょっとだけ不機嫌になった。嫌だな、アイツが悠くんといるの。
「____っと、いらっしゃーい!」
その時、眼前の自動ドアが開いた。慌てて帽子を整える。 彼は俺と同じく金髪であった。多分、あっちは地毛だけど。外人さんだ。
「Hi」
彼は片手を上げて俺に挨拶した。俺は勉強はできないが、幸いなことに語学だけは得意だ。 俺はアメリカ英語で返す。
『こんにちは。何をお探しで?』
『おすすめはあるかなあ?甘いものには詳しくないんだ。』
『そうですか。ここのモンブランは評判でしてね、買われていく方が多いですよ………多いです、けど。』
俺はそこで言葉を切った。いかにもモテそうな風貌の少年は、その整った顔を傾ける。
『けど?』
『………お客さん、ここだけの話ですよ。』
俺はショーケースから美を乗り出した。つられて彼も俺に近寄る。 客は彼しかいないのに、俺はわざとひそひそ声で話した。
『実はですね……ここ、ミルフィーユの方が美味しいんですよ。』
『ワオ、本当?』
『本当ですとも。これ、秘密にしといて下さいよ?売り切れちゃったら困っちゃいますから。』
だって、仕事の後のお楽しみがなくなっちゃうじゃないですか。
片目をつぶって冗談を言う。彼は少しオーバーなくらい笑うって、同じようにウィンクした。
『ははっ、なるほどね!じゃあ俺はミルフィーユを買うよ。』
『まいどありっ!』
よっしゃ、と心の中でガッツポーズする。ミルフィーユはあまり人気ではないのだ。 とはいえ、むっちゃ美味しいのは本当のことなんだけど。


上手く口車に乗せられた。そんな気がしないでもないけど……美味しそうだからまあいっか。 俺は会計を済ましつつ、考える。
店員さんは慣れた手つきで箱を組み立て、ミルフィーユを二個入れた。染めた金髪が帽子からはみ出ている。
『お待たせしました。』
「Thank you!」
受け取って礼を言う。俺は来た時と同じように片手を上げ、店を出ようとした。
したんだけど。
「ごめん下さい!」
丁度そのとき、店内に無邪気な声が響いて。
「おっいらっしゃい」
店員さんが日本語で話す。来客は太陽のように笑った。
「モンブランありますか?」
「あるよー。何個欲しい?」
「えっと……」
望のと、お姉さんのと、飯塚くんと。 彼は指折り数えて何かを確かめていた。おそらくケーキの個数だろう、何だか、微笑ましい。
「四個欲しい!です!」
「はい了解。じゃあお金用意してもらえるかな? お兄さん箱につめとくから。」
俺と同じく店員さんも、その愛好を崩していて。口には出さずに顔を見合わせ、お互いに笑いあう。
少年の見た目はとても愛らしく、守ってあげたいような、見て癒されていたいような、何とも言えないかわいさがあった。 彼は大事そうに財布を取り出し、がま口を開く。お金を確かめた後、彼は傍らの俺を見上げた。
「お兄さんは何を買ったの?」
くりくりとした大きな瞳は何とも子供らしい、けど、俺は正直焦っていた。 日本語は分からない。 俺は今何を聞かれたのだろう。
『お兄さん何を買ったの?だって。』
店員さんが助け舟を出してくれた。その途端、少年は血相を変えて。
「あわわっ、が、外人さん!? ごっごめんなさいっ!!!」
言葉は分からなかったけど、謝られたということだけは分かる。
『気にすることは無いよ!!』
「気にしなくてもいいよ、だって。」
「でっでも、」
『俺が買ったのはミルフィーユだよ。』
「彼が買ったのはミルフィーユだよ。」
店員さん、自動翻訳機みたいだ。 そう思うとこの状況が、少しだけ滑稽に思えた。


「っと悪い。」
「あ、いえいえ。」
考え事をしていたせいか、見知らぬ誰かとぶつかってしまった。 謝ってもらっちゃったな。
「僕の方こそ、よそ見しちゃってたんで。」
「いやまぁそれはお互い様ってことで……何か楽しそうだったけど、いいことでもあった?」
「え」
うそ、ハタから見ても浮かれて見えた?
「えと……ちょっとケーキ屋さんにでも寄ろうかなぁって。評判いいので……」
「へぇー、甘いもの好きなんだ?」
「そういう訳でもないんですけど。」
ふぅん。彼は相槌を打つ。  薄い色のくせっ毛が、少しだけ風に揺れた。
「あ。そこ、アイス売ってたりする?」
「え?どうでしょう……そういや、ソフトクリームが美味しいとか何とか………」
朧げな記憶をたぐり寄せる。と、彼はとても嬉しそうに笑った。
「そっか!!ちょっと着いてっていいか?」
「へ?別にいいですけど……」
僕と一緒に歩き出した彼は見るからに上機嫌で、ほっとくと鼻歌かなにか歌い出しそうだった。さっきの仕返しの意味もこめて、僕は彼に尋ねてみる。
「あの、そんなにアイスお好きなんですか?」
「え?」
「いえ、すごく嬉しそうだから。」
いや、実を言うとさ。 彼はその上機嫌を崩さず続ける。
「俺アイスが大好物で、今日も買っておいたアイス食べようと思ってたんだよ。そしたら柊のヤツが、あっ柊って俺の腐れ縁な、ソイツが俺のアイスまた勝手に食いやがって、だからしょうがなくアイス会に外でて来たんだけど……そこのアイス美味しいんだろ?だから、ざまぁみろって思って。」
「ざまぁみろ?」
「だってアイツが食ったのスーパーカ●プだもん」
「なるほど」
返しつつ、かわいい人だなぁと思った。隣にいると和む。 面白い。
「ところで君は何しに行くの?」
「え?僕はその……恋人にケーキ買ってこうかと。」
言っててものすごく、恥ずかしい。 僕はさりげなく視線を逸らす。
「うぉーっいいなぁ妬けるなぁ。どう、その“彼氏”かっこいい?」
っ、え?
いや、彼の言っていることは正しい、正しすぎるほどに正しい、もういっそマーヴェラスに正しい、けど、だけど_____なんで知ってるの!?
「あ、えと、その」
「君みたいなかわいい子の彼氏ならきっとイケメンなんだろうな、いーなー美男美女。」
____あー、やっぱり。
「女の子だと思ってる……」
「え?」
「あっいえ、こちらの話です。」
今回ばかりは、この勘違いはありがたい。僕はほっとくことにした。


金髪の彼は店を出て行った。最後に名前を尋ねたところ、彼はダニエルと言うらしい。 今度会ったら、ダニーって呼んで。彼はそう言い残して去っていった。実に爽やかだ。
「いいねぇ若いねぇ……まぶしーなー高校生。高校生だよな?」
「あ、じゃあ僕も。さよーなら!」
「ん? バイバイ男の子。」
手を振って見送る。と、少年は不服そうな顔をして立ち止まった。
「あの……お兄さんいくつですか?」
「? 23だけど?」
「なぁんだ!!」
にっ。勝ち誇ったような表情で、彼は店のドアを抜ける。
「おれと、一つしか違わないじゃん!!!」
…………え? ちょっ、え_____うそおおおおおおおお!!?
「ちょっと待って君いくつ!!?」
「22だよ!!おれはニーナ、新名求!! 次会った時は子供扱いしないでねっ!」
ばいばーいっ!!!
彼は大きく手を振って、今度こそ店から去っていってしまった。 マジか、マジでか、22歳?
「_____詐欺レベルだろ。」
はぁーっと大きくため息をつく。 ちょっとショックがでかすぎる。
「そーいや君、名前は?」
「アテナです。えっと貴方は、」
「苳。草かんむりに冬って書いて、苳。」
二人連れが入店してきた。俺はさっき受けた衝撃をできるだけ隠して、対応する。
「い、いらっしゃいまっせー」
「店員さん髪乱れてるよ」
「申し訳ない。」
一旦帽子を脱ぎ、整えてから再び被る。 薄茶の髪の青年が口を開いた。
「あの、モンブランってまだありますか?」
「あ、はい。一個だけ。」
ポツンと残るそれを見て、思う。 これ……ダニエルくんが、買わなかったから。
「ソフトクリームって何味あんの?」
「えっと、バニラとチョコと抹茶とイチゴ、です。」
「うあ、どれにしよう。」
天然パーマの青年は頭を抱えた。それを見て、瞳の大きな青年は楽しそうに笑う。
ケーキの甘い匂いがする。俺は天井を、その上の空を、見上げた。
退屈なんつって申し訳ない、神様。 ありがとう、今日一日楽しかったです。
「精霊だけどな」
「はい?」
「おっと、何でもない。」

萌え共有コラボ!企画、参加させていただきました。書いてて楽しかったです!!魅力的なキャラさん達ばかりで………!!
お借りいたしましたのは、
朱音様宅「BLANK」より、苳さん。
ささめ篠様宅「HEY! MY FRIENDS!」より、ダニエルさん。
寿々様宅「SAVE」より、新名求さん。
小粋亜子様宅「運命症候群A」より、アテナさん。
そして共演させていただきましたのは、「ブチこわしてくよ」よりうちの軽薄野郎、真日美澤でした。
とっても楽しかったです!!みなさま、ありがとうございました♪

2010/01/14:ソヨゴ
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