「………ヒマだ。」
 俺はとぼとぼと構内を歩いた。広くてきれいなこの大学は拓斗の志望校候補だ。俺は拓斗に連れられて、見学に来ただけなんだけど。

キャンパスの中で、

 案の定ヤツは制止も聞かずにさっさと先へ行ってしまって、もののみごとにはぐれたという訳。まあどうせ一緒に行っても俺は興味ないんだし……別行動の方が、効率は良さそうだ。
 どこ行こう。
 ヒマつぶしの場所を求めて構内を練り歩く。とそこで、大学に付属する図書館の存在を思い出した。本でも読んで待っていよう。フランス文学も、読みたかったのがありそうだ。そう思った。
 それが間違いだった。


 図書館はひどく広かった。講義中だからだろうか、人影はまるで見当たらない。どこにあるのか見当もつかなかったけどフランス語の棚を探すことにした。迷路のような館内を歩く。と、そのうち外国文学のゾーンに入ることが出来た。なるほど最初は英文か、そう思いつつ歩を進めると………ドイツ文学の棚の前に、人物が一人立っていた。
 横顔な上に立ち読みしていて顔はよく分からない。けれどその人はどこか、常人ならざる雰囲気を持っていた。少し、寒気がしている。すらりとしていて背が高い、静謐な空気を纏ってる。
「あの、すみません。」
 俺はその人に近付き声をかけた。 フランス文学は、どこの棚ですか?
「ん?フランス文学、か。」
 澄んだ声が返ってくる。すっと片手で本を閉じると、彼は俺にその顔を見せた。
 世界が歪んだような気がした。
「あ………」
 その人は美しすぎた。本当はこんな言葉じゃ表せやしないんだけど、俺には言葉が見つからない。体の中心がぐらりと揺らいで、立っていられなくなった。崩れ落ち、膝をつく。ぞくぞくと寒気が走る。串刺しにされたかのように俺は目が離せない。
「___大丈夫か?しっかりしろ。」
 その人は俺と同じように膝をつき、俺の片頬に左手を添えた。ひどく冷たい。生きている気のしない温度。感じる指は細くて長い。女性のように。
「君…名前は?」
 気が、遠くなる。 森の奥から響いてきたような。静かな声。
「ま、もる…です……佐久間……守………」
「守、か。いい名だな。」
「あ、……あな、たは、」
 “誰”なんですか。“何”なんですか。この世の人ではないのでしょう?じゃあ俺は、触れられているこの俺は、どこに居るんだろう、誰なんだろう、俺は、一体誰なんだろう。
「俺か?俺の名は柳だ。 柳と書いて、リュウ。」
 当て字だけれど。彼は言う。 鈴のような響きの本当の名を、耳元で、囁いて。
 再び顔が視界に入る。彼は悠然と微笑した。頭がおかしくなりそうだ。細められた翡翠の瞳はまるで底が見えなくて、飲み込まれそうで、____飲み込まれたくて。
「守君、声が聞こえる?」
「はい…聞こえます……」
「よかった。守君、俺の名前を呼んでご覧。」
 柳さん。口に出そうとすると、彼はその口に唇を合わせた。声が湿って途絶えてしまう。彼はゆっくりとキスをした。ついばむような、当てるだけのキス。柔らかい、温い、緩んでいく。
「りゅ……う、……さん………」
「___続きをするか?」
 誘うような。甘い響き。“自分”なんていう存在は特に意味がないように感じた。この人に、取り込まれたい。全て預けてしまいたい。たとえそのせいで、俺が消えてしまうのだとしても。構わない。そんなことはどうだっていい。
「お好きな、ように。」
 夢見心地で答えれば、彼は口元を少し歪めた。そのまま俺の頭を持って入り込むようにキスをする。舌が絡められてきて、俺はますます頭が飛んで、自我が薄れていく、侵されていく、深く、___深く。
「___Qu'est-ce que tu as regard??」
 唇を離し、問いかけられる。分からないと俺は答えた。貴方が何者なのかなど、俺に分かるはずもない。
「印を、付けてあげよう。 夢で終わらないように。」
 シャツのボタンが少し、外される。鎖骨の下、胸元に、彼は強く口付けた。痕がつく。
 彼はその白魚のような指でシャツのボタンを締めていった。くらくらする、ぐらぐらする。丁度一番上まで締められた瞬間に、俺は意識を手放した。


 その子は俺に頭を預けた。気を失っている。さて……どうしたものだろう。 俺は彼の頭を撫で、考えた。
 想定外だった。ただの偶然でであった彼はよほど感じやすかったようで。一目見ただけで俺に“毒された”。避けてあげる間もなかった。
 催眠にかかったような彼の瞳を覗いた瞬間、あぁ、この子はもう駄目だと思った。もう俺から逃げられない。ならば、閉じ込めてあげるしかない。
 病原菌は誰かを選んで入り込む訳じゃない。けれど現れるその病は、間違いなくそれが原因だ。同じこと。俺のせいで毒されたなら責任は取らねばならない。俺には、義務がある。
「___かわいい子だ。」
 茶色の髪に指を通す。思ったより滑らかだ。穏やかに寝息を立てる彼を見て、稚児を得たような気分になった。 愛でてしまいたい。
 病にかかってしまったならばなおさら病で侵してあげよう。どうせ治らないのなら、その方が幸せだろう。逃げられぬなら捕らえてあげよう。忘れられぬなら刻んであげよう。落ちたのならば堕としてあげよう。君の幸せの価値なんて、君にしか分からないだろう?
 眠り込む彼を抱きかかえる。どこへ運ぼうか考えて、図書館のソファーに決めた。静かにそこに横たわらせて備え付けの毛布をかける。 きっといずれ、この子はまた来る。放っておいても会いにくる。そしたら___次会った時には。
 君にきちんと教えてあげるよ。


「___く、__さく、____佐久間っ!!」
 徐々に明瞭になっていく声。その聞き慣れた音で目を覚ますと、目の前にいたのは親友だった。
「ん……拓斗?用事はもう済んだ?」
「済んだけど___大丈夫かよ、お前。」
 しばらく目覚めなかったんだぞ。拓斗は半ば責めるように言った。 はは、心配されちゃった。
「平気平気。………夢、かなぁ。」
「は?」
「いや、何でもない。気にしないで。」
 立ち上がって疼きに気付く。ひどく微かな、ざわめくような。 先を歩く拓斗に隠れて俺はこっそりボタンを開けた。そしてそのまま、鏡を向く。
「___あ、」
 赤ピンクの小さな痕。鎖骨の下に残っていた。 夢じゃないんだ、あれは、全て………夢なんかじゃなかったんだ。
「佐久間?」
 拓斗が俺を振り返った。俺は慌ててシャツを合わせて、今行くと笑顔を見せる。拓斗は訝しんでいたが、やがて諦めたようにまた前を向いて。安堵する。ボタンを締めた。
 美しすぎる人。恐ろしくなるほど。あの人の前にいると俺の全ては揺らいでしまう、存在が、自我が、精神が____それでも、
 また、会いたい。
 指、唇、舌、全ての感触がまだ体に残ってる。あの美しさも、もちろんのこと。焼き付く、浮かぶ、逃れられない。逃げなきゃ危ないと分かってはいても………逃げようと思えない。
 捕まりたい、なんて。所有されたいなんて。 俺、おかしくなっちゃったのかな。
「………でも、いいや。そんなこと。」



 どれほど甘美な夢が見られる?____貴方のモノに、なったなら。

絵画に使う「キャンパス」と大学構内って意味の「キャンパス」をかけてみましたダジャレとか言わないで・。゚(ノД`)・゚。
守君大好きー!!!//////だからでしょうか暴走しましたなんかえろい、ごめんなさいorz
お借りしたキャラはにぱさんのサイト「最小公倍数」の「背中合わせと反比例」より、佐久間守くんと風間拓斗くん!!
拙いながらもにぱさんに捧げます!!似るなり焼くなりお好きにドーゾv
ちなみに。柳が作中で放ったフランス語の意味は「君は何を見てしまった?」です。守君はフランス生まれフランス育ちのクォーター君なんですよ!!/////翻訳サイトに頼ったので間違ってたらごめんなさいです。

2011/02/11:ソヨゴ
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