腹を空かせた獣ほど残虐なモノはそう居るまい。鎖に首輪に繋がれながら、俺はぼんやりと考える。というのも、その残虐な獣は、足音を響かせながら近づいてきているのだから。階段を下りる音。もうすぐ、扉が開くだろう。
「元気にしてる?……守君。」
「……お陰様で。」
 ほんの少しの反抗心。返った皮肉を彼は笑って、酷く美しい微笑を浮かべる。化け物にはふさわしくない、幽玄で儚げな微笑を。
 性質が悪い、そう言うしかない。ただ恐ろしいだけならば抗うこともできるのに、こんな、___虜にされてしまったら。
「いけないことを言う口だ。」
 屈み込み、膝をついて。俺の唇に指を置く。彼の中指は下唇を焦れったい速度でなぞり、彼は歌うように言って聞かせた。 良い子に、していなくてはいけない。
「………はい。」
「ん、__いい返事だ。」
 従順に、そう、従順に。囁くような低い声音で彼は俺の耳元を舐める。首の後ろに手が回り、生きてる温度のしないその指は俺の首を仰け反らせて。喉元が、晒される。うなじを撫でさすっていた手は、首筋へと移動した。
 慣れ親しんだ二つの穴。軽く爪が立てられて、俺は小さく声を上げる。彼はすうっと、目を細めて。
「醜い痕だな。」
「ぅ、あ……貴方が、付けたんですよ。」
「分かっている。だからこんなにも愉しいのだろう?」
 彼は首筋に覆い被さり、傷に湿ったキスを落とした。幾度か啄むようにして、その内舌が這い始め、ねっとりと、しつこいくらい、唾液で痕が濡れていく。俺は声を出すまいとして固く固く目を瞑った。それでも吐息は、抑えられない。自分でも嫌なくらいに緩んでしまっている息は、彼を益々喜ばせた。
「気持ちいいのか?」
「………分かりません。」
「嘘つきだな、君は。意地を張るのは馬鹿げたことだ。」
 俺は君を、逃がさないからな。 絶望的な、分かりきった言葉。そんなこと分かってる。貴方は一度手にしたモノは、もう二度と放しはしない。俺は貴方に気に入られたのだ。貴方が放すわけもない。
 憎らしいのは、己の血の味。
「そろそろ、___頂くよ。」
 牙が傷跡に当てられる。ぞくり、と体に怯えが走って、それはすぐに悟られた。 怖いのか? からかうように。
「怖い、に、決まってます……殺されるかもしれないのに。」
 今生きてるのは彼の気紛れ。その気になってしまったら、彼はいとも簡単に、俺の命を奪えてしまう。ただの獲物にすぎない俺がまだ生き存えている事実、それは滑稽なことなのだろう。生きているのは簡単な話、「勿体ない」と思われたから。この人は何度でも、俺を味わうつもりでいるんだ。
「殺される、そうだな………“まだ”殺しはしないよ。」
 君を味わい尽くしていない。そう言って彼は牙を立てた。柔く貫かれる感覚。皮膚が破ける。
 純白であろう二つの牙は俺の中に入り込んできて、俺は痛みで悲鳴を上げた。短く悲痛なその叫びはすぐに掠れて消えてしまって、代わりにほら違う声が、ちがう声が、きこえ、て、___聞きたくもない喘ぎ声が。
「ん、あぁっ、ふぁぁぁ、あっ、ぁ、」
 足がびくびくと痙攣する。痛みをかき消してしまうくらいの激しくて鋭い快楽。すぐに思考はどこかへ行って、俺はただ翻弄されて。食される快感。俺はもう、知ってしまった。
 意識が徐々に薄れていく。血が、あぁ、血、が、取られて、何も考えられなくなる、ただ快楽は強いまま俺の全てを揺さぶって、もう、どうなってもいいや、なんて、いけないと思っても、思っても………抵抗できない。されるが、まま。
「ひぁ、んぁぁ、あっ、ん、ぁ、ぁあ、う、」
 力が抜けていっている。あぁ、もうダメだ。もう、限界。これ以上は、保ってられない。
 ふっと意識を手放した。ふわり浮くような遊離感。心地よく、落ちていく。もう覚めることはないかもしれない、深い深い、眠りへと。


「____気を失ってしまったか。」
 牙を抜き、傷口を舐める。徐々に塞がっていく穴を観賞してから顔を覗けば、彼は眠り込んでいた。
 瞳を閉じて思い出す。可愛い声、そそる声。たった今飲み干した赤く赤い血液の味。濃密な、濃密な感覚。嚥下した喉にへばりつく温かな緩い液体。 恍惚。そんな気分だ。
 意識のない彼の瞼に、優しく優しく、口付ける。滑らかな感触はそれだけで獣を呼んで、俺は少しだけ逡巡した。もう一度、喰らうか否か。
 自身の有する血液に似て、彼の唇はとても赤い。生々しく誘う色に、形に、欲情するのは仕様があるまい。君を愛している。獲物は愛でるべきものだ。俺だけの、君。渡さない。ここに閉じこめて喰らってあげる。味わうのは俺だけでいい、他の奴には、知られたくない。
 子供のような独占欲は、鬼故の低俗さなのか。きめ細やかな首筋に異質に浮かぶ牙の痕。俺から君への所有の痕。刻み続けて、深く、深く。君が逃れられないように。
 君が俺を見つめるときの扇情的な瞳の色は、忘れようにも忘れられない。欲をかき立てる怯えと悲哀。そしてもう一つ、淫らな期待。知ってしまった快楽はもう消しされない、残り続ける、君の記憶に、君の、身体に。
 さらさらとした薄茶の髪。その髪に触れながら、俺は染み付けるように呟く。聞こえていないことなんて、分かり切っていたけれど。
「____君を、愛しているよ。」
 狩る者としての。嘘のない、愛で。

ルージュと牙。

お借りしたキャラはにぱさんのサイト「最小公倍数」の「背中合わせと反比例」より、佐久間守くんでした。また書いちゃった柳守。もう守君大好きです\(^o^)/
こう、もっと……もっとえっちくしたかった……違うよこんなんじゃないよもっと色っぽいよ守君は……くそぅ………orz 拙いながらもにぱさんに捧げます!!似るなり焼くなりお好きにどぞ☆

2011/03/07:ソヨゴ
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