TOP 退屈しのぎに、窓の外の鳥の数を数える。丁度30羽数え終わったとき、声が聞こえた。

ビョウシツliving

「イルナ」
自らを呼ぶ声に身を起こす。どうぞ入ってきて、と声をかけると、間もなく病室のドアが電子的な音を立てて開いた。
「あら、孝二さん。お兄さんはお元気?」
言うと、青年は露骨に顔をしかめた。
「知らないよ。今日も元気に死にかけてんじゃないの?」
分かりやすい態度がおかしくて、少女はクスリと笑った。何だよ、なんで笑うんだよ。青年はなおも不機嫌に返しイスに座る。
「ごめんなさい、気を悪くした?」
「まぁ、別にいいけど。」
「今日はどんな御用事で?」
「あー……その、あの。」
孝二は少し言葉を濁した後、意を決したように口を開いた。
「その……孝志とは上手く、いってんの?」
「孝志くん、ですか?」
ぱち、ぱち。少女は大きな瞳で瞬きをした。
「特に問題ないと思いますけど……」
「あぁそっか、ならよかった。じゃあアイツが悩んでんのは、部活がらみだな。」
万年ビリッケツの成績で、今更勉強に悩むってことも、ないだろ。
うんうんと一人うなずくと、青年は席を立った。
「悪いな、今日はそれだけなんだ。持ってきた花は好きにしていいぞ。煮るなり焼くなり飾るなり。」
「そうですか?じゃあ破きます」
「選択肢にないだろ!」
「ごめんなさいごめんなさい、冗談ですよ。ふふ、孝二さんって、弟思いなんですね。」
「は?あんなバカ弟のことなんざ別にどうでも、」
「じゃあ何でわざわざ、会社から遠いこの病院に?」
「っ……」
子供が大人をからかうんじゃない。言い残して、青年は病室を出た。


「もしかして大佐って、ご兄弟とかいたりする?」
「? いるけど、どうして?」
小豆屋は缶コーヒーを一口飲んで、甘っ、と言った。
「いやさぁ、大佐の下の名前って孝一、だろ?」
「そうだね」
「だから、弟さんとかいんのかなー、って。」
栞田はそんな小豆屋を横目で見つつ、返す。
「でもさぁ、長男だったらたとえ孝“一”でも、弟が産まれるかどうかなんて分からないじゃん」
「え?_______あ。」
「小豆屋くんさぁ、バカなんじゃないの?」
バカかもしんない。 かもじゃなくて、バカだね。
二人はほのぼの言い合った。
「大佐は三人兄弟のご長男だよ。次男が孝二さん、三男が孝志くん。」
「年はなれてんの?」
「大佐って今年で確か27だよね?孝二さんが24で、三男が俺と同い年だから___」
「17」
「そう。孝二さんはそれなりにいい会社に就職してる。孝志くんは____名前くらい、聞いたことない?」
「ん? ああ、そういや、スポーツニュースで。」
「蔵未孝志って言ったら、今一番注目されてる若手じゃないの?サッカー界で。」
若いのに立派だよね。栞田はそういって、コーンポタージュを飲んだ。
「孝二さんはZ大卒業して大手出版社に就職して、っていういわゆるエリートだよ。ちょっとひねくれものみたい。」
「まぁ次男ってのはニヒルになるものさ。」
「そうなの?」
「十中八九」
おまけに大佐は、人間が出来てるもんなぁ。
気持ちは分かるな、と小豆屋は呟いた。
「いくら兄より勉強できても、いい大学入れても、あんだけ人間の出来た人が兄だと、コンプレックスとかあるんじゃないの?」
「そんなもんかな?」
「ま、俺も久遠も一人っ子だもんなぁ……あーダメだ、これ飲んでられねぇや。」
もったいないけど捨てちゃおっかな。小豆屋は缶コーヒーを見つめた。
「え、じゃあ俺飲む。」
「あれ、コーヒー飲めるっけ?」
「紅茶のが好きだけどね」
栞田は手渡された缶コーヒーを飲んだ。本当だ、甘い。
飲む? じゃあ、一口。
小豆屋も栞田からコーンポタージュを受け取った。一口飲んで、呟く。
「………俺、今カミサマと間接キスしてんのかぁ。」
「変なこといわないでよ」
「わりぃ」


「お前か、連続殺人の犯人。」
声の主は、倉庫に寄りかかって煙草を吸っていた。
「___だったら何?」
チャーンソーのスイッチに手をかけつつ、青年が言う。
「つかまえるつもり?」
「いいや。お前のことは放っておいてくれって、とある人から頼まれててね。」
少年は一寸思案を巡らした後、言う。
「栞田?」
「正解。よく分かったな。」
男は煙をフーッ、と吐いた。
「随分暴れてくれたな」
「ここはお前の街じゃないだろ」
「そうだ。だが、お前のものでもないぞ。」
男は鋭い目つきで青年を睨んだ。
「ましてや人の命なんて……誰のものでもないんだ。奪う権利なんてない。」
それに対し、青年は皮肉めいた口調で答える。
「へぇ?カミサマのモノなんじゃねぇのかよ。」
「____お前、クーデターか?」
「それが何だよ。 蔑むなら蔑めよ、迫害するなら迫害しろよ。僕がお前をぶっ殺してやる。」
青年は目に憎しみを宿した。ほんのわずか。
「……差別なんざしねぇよ。」
男は呆れたように___青年に対してではなく___ため息をついた。
「俺は誰を信じようと信じまいと勝手だと思ってる。栞田のことは、個人的に尊敬できる人間だとは思ってはいるが、崇めちゃいねぇよ。」
ふぅん、と青年はどうでも良さそうに相槌を打った。知らねぇよ、そんなの。
「お前が何をどう言おうと、俺は栞田をぶっ殺す。」
アイツはいつまでたっても、少しも変わりはしないから。
青年の言葉に、男は疑問を返す。
「? 変わらないから殺すのか?変わっちまったから殺すんじゃ、なくて?」
「お前に言っても分かりゃしねぇよ。」
僕にしか分からねぇ、と青年は言った。
男は大きくタバコの煙を吸い込んだ。そして、吐き出すと同時に一言
「お前はただ自分勝手なだけだ」
と言うが早いか、タバコを投げ捨て青年を突き飛ばした。
倉庫の向かい、レンガで出来た建物に青年を叩き付ける。男は胸倉を掴んで言った。
「お前がこの世界を憎もうが好こうがどうでもいいが、これ以上他人を自分のエゴに巻き込むってんなら、俺はお前を殺す。必ずな。」
それに対し、青年は冷笑を返す。
「知るかよ。エゴだろうがなんだろが、僕はしたいようにする。僕は黙って耐えたりしねぇぞ。」
そして、一瞬目つきを鋭くすると男の身体を押し返した。
今度は男が地面に叩き付けられる。軍帽が飛んだ。
青年はチェーンソーのスイッチを入れて地面に深く突き刺した。男の首筋に、当たるか当たらないかスレスレの部分に。
「___冷静だな、随分。」
青年は意外そうに言った。確かに男の表情に焦りは見られない。それどころか先程青年に怒りをぶつけていた時よりずっと、その目は冷めている。男はにこりともせず言った。
「お前、気付いてないのか。」
「は?」
その時、青年の耳が金属音を捉えた。
青年にこめかみには、拳銃が突きつけられている。
「おいガキ、お前まだまだ甘いな。」
「その甘ったれたガキと相打ちとか、恥ずかしくねぇのか?」
「相打ち?勘違いしてんじゃねぇぞ。俺が引き金を引くのとお前が俺を殺るのとどっちが速いと思ってる。」
何ならやってみるか?そう言って男は少し笑った。
「…………ヤな感じ。」
青年も楽しそうに笑う。
「お前、嫌いじゃねぇや。でも、イラつく、イラつくからいつか絶対殺す。必ずな。」
茶化すように言う青年に、男は苛立まじりに返す。
「お前に好かれたってって嬉かねぇよ、ガキ。」
「名前、知ってんだろ?名前で呼べよ。」
「お前なんてガキで十分だ。」
男は顔をしかめて返した。青年はあっそう、と口元をゆがめる。
「じゃあ仕方ないな………それじゃあバイバイ、クラミ大佐」
「! なっ、」
「その首から下げてるドッグタグだよ。それから、その軍服。階級ぐらい分かるっつーの。」
言い残して、青年は消えた。ふいに消えた重量に戸惑いつつ、上体を起こす。
「……テレ、ポート?」
マジかよ。男は信じられないといった風だ。本当に居るのか、超能力者って。
もしかして、宇宙人とかもあながち嘘じゃなかったりして。
まさかな、と呟いて立ち上がる。ホコリをはたきつつ、軍帽を拾った。
胸元のドッグタグを見る。
「“犬の鑑札”……か。」
その意味を思い出した途端、大声で笑い出しそうになった。あわてて口を塞いだが、誰もいないことを思い出して、手をはなす。
「っは、はは、あははははは」
どっ、と思い切り壁に寄りかかって、ずるずるとしゃがみ込む。レンガのゴツゴツとした感触が背中に伝わる。
軍帽を叩き付ける。両手で髪をかきあげるように、自らの顔を覆って、笑う。
“自分自身”を俺から奪った軍隊が、今の俺の全てだなんて。
弟二人も知りはしない。小豆屋だって知っちゃいない。栞田?アイツがなぜ知ってる?
憎くてたまらない相手に、壊したくてたまらない相手に、従う自分。そんな自分をぶっ殺してやりたい。
もしくは_____もしくは、居場所ごと、いっそ______

「あの人、僕に似てんのかもなぁ。」
ビルの屋上から蔵未の様子を見ていた真白は、感慨もなく呟いた。
兄弟が好きなんです。上司部下の関係も。

2010/09/09:ソヨゴ
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