TOP 結構暗いよ注意。

「レンド、何ぼーっとしてるの?早く帰りましょ。」
「え?あ、あぁ、ごめん。」
すれ違った女の人から目を離し、いぶかしむボロウに駆け寄る。 つい目で追ってしまっていた。
あの人。母親に、似てた。

ナキムシclosing

「何か気になることでもあった?」
「いや……さっき通った女の人、だっせー服着てんなーって。」
「あんたね……」
ボロウは呆れたような表情をした。 誤摩化すように、俺は笑う。
言えるはずがない。 頭の中で母親を、俺は……何度も。
「___レンド、どうかした?」
「っ、へ?」
「暗い顔してる。」
何度も何度も繰り返し、殺した。


閉め切ったドアの前で俺は小さく震えていた。カタカタとうざったく震える身体。その身を抱くみたいに、俺は俺の両腕を掴む。
背後で罵声が響く。ドアを蹴る音が激しくなる。軋む。今にも壊れそうだ。
今さっき言われた言葉が頭の中をぐるぐる巡る。母の声。鼓膜にこびりついて、剥がれない。
生まなきゃ良かったと言われた。醜い罪人、背徳者、裏切り者、死ね、と、言われた。死ねと言われた死ねと言われた死ねと言われた死ねと言われた、殺してやると、言われた。
蹴り上げられた腹、蹴り飛ばされた胸、まだ痛みが引いてない。こうしてる今も母は兄は凶器を持って戸の外にいる。俺を殺そうとして。
何かがこみ上げてきて、俺は数回、軽く嘔吐いた。ああさっきのだ、兄貴に蹴られた時吐き出した胃液と血液と唾液の残り。口に来る前に飲み込んだ。泣き出したい、と思ったが、不思議と涙は溢れてこない。枯れきって何も出てこない。
姉の目を思い出した。刺されるような感覚を。こんなに痛いのに血も出てこないおかしいな、痛いよ、すっごく痛いのに。
「おいドア叩き壊すぞ」
「待ってよ、この部屋父さんの書斎よ。そんなことしないで軍隊を呼びましょうよ。」
「そうしましょう。軍に引き渡して、死刑にしてもらえばいいのよ。」
隠す気など欠片もない言葉達。あぁ本当に殺す気なんだ、俺のことはもう消したいんだ、捨てたいんだ、拒絶するんだ、いなくなってしまえって、そっか邪魔かぁ、目障りかぁ、カミサマを信じてないなら俺なんかもう家族じゃないんだ。
逃げなきゃ。 死にたくない。
顔を上げ、部屋を見回す。親父の書斎。姉貴と一緒に部屋に入って、親父に遊んでもらってた。親父の部屋は本とか地球儀とか望遠鏡とか、珍しいものがいっぱいで、俺はそれらに囲まれながら親父の話を聞いていた。姉貴と一緒に聞いていた。幸せだったな、あの時の俺は、きっと誰より幸せだった。
思い出が押し寄せてきて、俺はやっと泣くことができた。幸福な記憶、もう壊れてしまった、砕けてしまった、粉々でもう拾えない、壊れた物は戻らない、戻そうとあがいたところで俺は家族に殺されるだけ。
ゆっくりと立ち上がり、隠し扉へ近付いていった。親父が教えてくれたものだ。右側の壁の角から二つ目、その本棚は回転扉で、地下通路に通じてる。そこを歩いていけば近くの公園に出られる。
俺は力をこめて本棚を押した。ある程度軋んだところで不意にその反動が消え、扉は勢いよく回った。出て行こうと足を踏み出した瞬間、目に留まったのは、親父のゴーグル。
震える指でゴーグルに触れる。手に取る。近づける。それは薄くほこりを被っていて、レンズに指を滑らせるとそこだけ真新しく見えた。
死んでしまった親父なら、俺を拒絶することはない。捨てたりしない。消したりしない。したくたってできないんだからそれは絶対確実なことで、もういない貴方には、俺を裏切ることなんてできないんだ。
縋ったって、許されるだろう。大好きな貴方を奪ったのは戦争、その戦争を起こしたカミサマ、だから信じられなかった。奉ることなどできるはずがない。カミサマが親父を殺したようなものだろ、何で信じて崇めたりできる?貴方のせいだ、貴方が死んだりしなければ、今も生きていてくれたなら、俺は、俺はきっと、きっと。


「___ド、レンド!」
「………あ、何?どうかした?」
「何じゃないわよ。ねぇ今日ちょっとおかしいよ、どうしたの?何かあった?」
ボロウは心配そうに俺を見上げた。 いや、と俺は笑って答える。
「大したことじゃねーよ。ちょっとヤなこと思い出しちって。」
「……あんたっていつもそう。私には何も教えてくれない。」
もう十年も一緒にいるのに。 ボロウは俺を軽く睨んだ。
「ヤなこと思い出した、ヤな夢見た、いつも言うだけ、まるで業務連絡ね?ねぇ十年だよ、十年一緒にいるんだよ、なのに私貴方の本名さえ知らない。背負わせてくれないの?相棒なんじゃないの?私があんたと一緒にいる意味って一体何よ?」
「ボロウ、」
「フィリアよ!!私の名前はフィリア、フィリア・ラズベリー!!あんたが一度も尋ねなかったこれが私の本当の名前!!!」
ボロウの瞳は潤んでいて、今にも泣き出しそうだった。 誰もいない橋の上。風が冷たい。 そんなこと、そんなこと言われたって……俺は。
「____なぁ、俺はレンドだよ。それじゃダメ?」
「だって、」
「俺は死んだよ。もういない。殺されたからもういない。 そういうことに、してくれよ。」
死にきれていないから、今も俺の中には俺がいて、呪いの言葉を喚いてる。聞きたくないし考えたくない、あれが俺だと思いたくない。けれどもどんなに目を逸らしても、どんなに耳を塞いでも、消えてくれないんだ、今も、いまだに、ずっと……あの日の俺の亡霊が。
「そうじゃなきゃ、そう思ってなきゃ無理なんだ、死んだってことにしたいんだ、色々おかしくなりそうなんだよ、忘れたい、全部忘れたい、レンドじゃなかったときのことは全部消し去ってしまいたい、でも無理なんだ離れないんだ、焼き付いちまって剥がれないんだ、見たこと聞いたことされたこと全部剥がれない、うんざりなんだよ、俺はレンドだよ、それじゃダメ?それじゃダメかよ、ダメなのかよ、逃げさせてよ、考えたくない、なんで、なんでダメなんだよ、なんで、なんで………」
あぁ、ヤバい。 もう限界だ。
「……ごめん。ごめんねレンド。あんたはあんただね、レンドはレンド、それでいい、それでいいからだから、ねぇ___お願いだからそんなカオしないで。」
「俺の、俺の名前はな、フィリア。」
「待って言わないでレンド、」
「俺の名前は」
「やめて!!!」

「アーネスト・シザーフィールド。 愛称は、アーニーだった。」

静寂。
「___何か言えば?」
「……レンド。」
「お前が知りたがったんだろ。ほら言ったじゃん、俺はアーネスト、兄貴はカーティス、姉貴はアメリア、オフクロは、メアリー。知りたかったんじゃねーの?何でなんも言わねーの?人の傷口えぐっておいて何の感想もねぇのかよ。」
言い過ぎだ。分かってる。でも口が止まらない。 ボロウが悪いんじゃないのに。逃げてた俺が悪いのに。
「いいよ別に、教えてやるよ、知りたいんだろ教えてやるよ、逃げてばっかじゃラチあかねーしな?」
「レンドやめて、ごめんなさい。もう知りたいなんて言わないから、だから、」
「俺の親父は飛行機乗りでさ、」
「レンドやめて!!」
「その名前で呼ぶんじゃねぇよ!!!」
まずい、と思った。けれども時すでに遅く、ボロウはその大きな瞳に涙を浮かべて、声を上げて、泣き出した。
地面に崩れ落ち、顔を手の平で覆う。隙間から溢れる涙がアスファルトに落ちて、濃さを、深さを、増していく。嗚咽が漏れ聞こえて、俺は拳を握りしめた。
「ボロウ。」
しゃがみこんで、彼女の肩に触れた。震えが直に伝わってきて、自然と俺の表情は歪む。
「ごめん、ボロウ。言い過ぎた。」
「うああ、うあああああ、うぁ、」
「怒鳴ったりして、ごめん。ボロウの方が正しいよな、十年も一緒にいんのにな、ごめんな、おかしいよな、ごめんな……」
ボロウはしゃくりあげながら手を退けて、俺を見つめた。
「わっ、わたしは、私はただ、」
「………うん。」
「あんたに無理して欲しくなくて、何があったかも分かんないのが、イヤだったの、あんな風にするつもりは、追いつめるつもりは、なかった、なかったの、ごめんなさい、ごめんね、ごめん、レンド、ごめんね、ごめんなさい_____」
ごめんなさい。ごめんなさい。 ボロウは消え入りそうな声で、何度も何度も、謝った。
「___ボロウ、俺さぁ」
ボロウの髪の毛を、指にかける。ピンク色の髪の毛は艶めいていて、綺麗だった。
「俺さぁ……いつか、いつかだけど、家族のこと、殺しに行くかもしんない。」
でも。そんなことを、すれば。
「そしたら、さぁ……帰る場所も行く場所も失くして、俺がどこにも行けなくなっても_____俺の相棒で、いてくれる?」
ボロウの手が俺の頬に触れた。 俺はその手首を見つめる。
「………私はずっと、相棒でいるよ。あんたがどこ行っちゃっても、動けなくなっても、傍に居るよ。私はあんたと一緒にいるよ。」
ボロウの目は赤く、腫れている。その痛々しい瞳のまま、ボロウは俺に微笑みかけた。
「だから少しは……少しでいいから、」
「ボロウ。」
ありがとう。
俺もボロウに微笑み返して、ゆっくりとその手を離す。俺は立ち上がって数歩進んで、地面を、見つめた。
「見られたくないんだ、俺。お前には見られたくねーんだ。だから多分言えない。ごめんな。」
心の底、俺自身触れたくないもの。どろどろしててまとわりついて、離れない、触れたくないし見たくない、お前には……触れてほしくない。
頭がおかしくなりそうだ、憎い、憎いに決まってる、叫び出したくなる、ぐちゃぐちゃだ、頭ん中ぐちゃぐちゃだ、散らかっちまって訳分かんねぇ、どろどろした感情が心の底に溜まってる、うざったい、気持ち悪い、こんな感情捨てちまいたい、けど忘れようとすればするほど声も痛みも鮮明になって憎しみは増すばっかりで、誰か助けてくれないか、狂っちゃいそうなんだ、誤摩化すしかないじゃないか、目を逸らすしかないじゃないか、あんなもの直視してたら俺は、俺は……あんなもの見て欲しくない、あれが俺の一部だなんて、思って欲しくは、ない。
俺は空を見上げた。澄んだブルーだ。 こんな風に綺麗で、いれたら。
「十年は長ぇよ、ずっと一緒に居た、だけど、だからこそ………だからこそお前には見られたくねーんだ。触れてほしくない。まだ全部見せれるほどには、強くねーんだ、俺は。」
残酷な言葉だと、分かっていた。だってそれは、今の言葉は。


“まだ心を許していない”____そう言っているのと、同じなのだから。

Ernest・Scissorfield。アーネスト・シザーフィールド。レンドくんの本名です。
ボロウはレンドのことが異性として好き、かも知れませんが(かなり曖昧)、レンドの方はそういうのはないですね。

2010/12/25:ソヨゴ
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