TOP 花なんて持ってどこへ行くんだ。すれ違い様に聞いてみる。 珍しく私服の彼は、立ち止まって俺に向き直った。
「珍しいな、軍服じゃないのか。」
「____命日ですから。」
命日?
尋ねてからハッとした。 呼び止めて悪かったな、一言残し、その場を去る。
そうか。今日は彼女の、命日か。

アイセツfeeling

「だからね孝一、」
「あーハイハイ、もう分かったって……」
もうその話やめようぜ。 呆れ顔で返すと、マリアは思い切り顔をしかめた。
「何でよ?大事な話じゃない!!」
「いや大事だけどさ。デート中にする話じゃねぇだろ?」
政治の話、なんて。
「『カミサマが全て』ってのに不満がない訳じゃねーよ?けど……信じたフリして過ごしてれば、普通に幸せに生きてけるんだからさ。」
「じゃあ正直者は損しっぱなし?嘘ついてる私たちは幸せでクーデターは迫害されるの?そんな世の中、嫌じゃないの?」
「嫌と言われりゃ嫌に決まってる、けど………」
顔も知らない他人の不幸に心を痛めたりは、できない。俺はそんなに優しくない。誰かの為にこの世界を変えたいって、その思いは立派だと思う。けど____危ないことはしないでほしい。
マリアはこの世界からしてみりゃ危険因子だ。“カミサマはいらない”、そんな思想を持っているだけでも、殺される理由にはなる。 俺だって同じことだ。
「俺はお前と一緒に、フツーに楽しく暮らせれば、他には何も要らないんだよ。」
数歩歩いて異変に気付いた。マリアはものすごい早足で俺を抜き去って行った。
「どうした?待てって、」
「早く来なさいよっ!!」
追いついて引き止め、肩に手を置く。 ん?ちょっと震えてる?___まさか、
「ひょっとして……マリア、お前照れてる?」
「当たり前でしょ馬鹿っ!!」
マリアは弾かれたように振り返り、俺を睨んだ。 うは、真っ赤。
「へーえ、照れてんだ?照れてんだぁ、ふーん。」
「何!?何か文句でも!!? 大体あんな恥ずかしいことさらっと言うあんたが悪、」
「恥ずかしいこと、って?」
「……え?」
「何が恥ずかしかったんだよ?」
「____にやけてんじゃないわよっ!!」
はいはいごめんね。あやすように謝って、苦笑する。マリアは俺の隣で、ずっとぶつぶつ言っていた。 何よ、結婚もしてないのに。何も要らないとか、言っちゃって。
「____マリア。」
「なぁに!?」
マリアは一瞬で黙った。 黙らせた。
「…………え、あの、こっ、孝一、何でいきなりキスなんて、」
「左手。」
「ええ?」
「左手、貸して。」
う、うん。 恐る恐ると言った様子でマリアは俺に左手を預けた。 俺はポケットからある物を取り出して、その薬指に嵌める。 
手を離すと、マリアは数秒固まった後、柔らかく、微笑んだ。
「……指輪のサイズなんて、いつの間に調べたの。」
「この前、お前が床で昼寝してた時。 こっそりな。」
「………安っぽい指輪。」
薬指の指輪を眺め、彼女は笑う。 きらきらと、空にかざしながら。
「うるさい、貧乏学生にあまり多くを求めるな」
「私が買った方がいいの買えたね」
「ったく、可愛げねぇなぁ」
「可愛げなくて結構よ。」
マリアは右の手の平で、指輪ごと指を大事そうに包んだ。
「可愛げないけど、私でいいの?」
「は?」
「ちゃんと言いなよ、こんな時ぐらい。」
「あ、いや、えっと……」
言えないの? マリアはからかうような目で、俺を見上げた。 ___ちくしょう。
「………お前がいいんだよ、俺はお前が好きなんだ。」
俺が弁護士になれたら____結婚、しよう。
目を逸らしつつ答えると、視界の隅にマリアの笑顔が見えた。 りょーかい、です。

今思えば、俺は甘かったんだろう。
心のどこかで。 殺されるはずがない、そう、思っていた。


「___マリア。」
よぅ、楽しくやってる?
墓石に向かって笑いかける。俺は花束を掲げた。
「ちゃんと持ってきたよ、花束。似合わないか?うるせーな、こういうのは型通りやれって、いつもぐちぐち言うくせに。」
じゃがみこみ、刻まれた名と目線をあわせる。 涼谷マリア。
「元気にしてる?………って、死んで元気も何もねえよな。お前は地獄行きだってみんな言うけど、どーせちゃっかり天国にいんだろ?………いてくんなきゃ、困るぜ。」
この者罪人につき、永久の責め苦とともに眠れり。
墓石にはそう刻まれている。 呪いの、ように。
「花だってさ、お前が好きなの選んだんだぜ。ガーベラだろ、フリージアだろ___センスは問うなよ、お前の趣味にまとまりないのが悪い。」
ぽた。
赤い赤いガーベラに、涙が一滴、零れ落ちた。
「くそっ、何だよ……今泣いて何になんだよ…………」
こんなところでいくら泣いても。
お前は、帰ってこないのにな。
「___っ、ふざけんなよ!!」
立ち上がり、花束を叩き付ける。花弁が散って茎が折れて、墓石は途端に汚らしくなった。
「お前はいつもそうだ、俺を振り回してばかり、いつもお前は先行っちまって戸惑う俺をからかうんだ、早く来なよ、って、どうすりゃいんだよ、どうしたらお前んとこ行けんの?今ここで頭ぶち抜いたって俺はお前には会えないよ、お前んとこには行けない、俺の行く先は、行く先、なんて………」
地獄に決まってる。
「……何してんだ、俺は。」
分かっている。天国も地獄もない。 マリアは、もういない。もう消えた。どこにもいない。もう、会えない。
崩れるように膝をつく。墓石に頭を預けて、静かに空を仰ぎ見た。 雲がゆったりと流れていく。光と陰を見せながら。
「____マリア。」
手を伸ばす。空高く。まるで届かない。 当たり前、だ。
「なぁ……お前、どこにいる?会いたいよ、どうすればいい?死んだら会える?ならとっくに死んでるよ、お前どこ行っちゃったんだよ……どこにいんだよ、触れたいよ、俺、お前の感触、忘れちゃいそうなんだ。」
どんな風に笑うんだっけ、どんな風に泣くんだっけ、抱き締めた時、どんな感触がしたんだっけ。全部全部薄れていく、もう三年だ、三年だぞ、毎日毎日確かめてるのに、毎日毎日消えていく。なぁ、もう一回、もう一回だけでいい、触れられたら、抱き締められたら、俺は全部思い出せるよ。俺の中だけでもいい、生きていて。俺の中のお前まで消えちまったら、お前は、俺は、……俺は。
「会いにきてくれよぉっ………」
俺じゃ追いつけないから。俺じゃ迎えに行けないから。いつもみたいに振り返って、俺のことからかってくれ。どんなに馬鹿にしてもいい、あのムカツク笑顔で笑ってくれ。そしたら今度は、行かせないから。今度は俺が守るから、だから。
もう一度だけ。俺に____触れてくれ。
「……馬鹿みたいだ。」
自分で自分を嘲り笑う。 お前に、聞こえるはずないのに。


「大佐、その薬指についてるの……指輪ですよね?」
「ん?あぁ、そうだな。」
大佐はコーヒーを飲む手を下ろし、薬指をくいくい動かした。 銀の指輪が反射する。
「それ……あの、女物………」
「あぁ、そうだ。似合ってないのは百も承知だぞ。」
はは、と大佐が苦笑する。 俺は慌てて取り繕った。
「いやあのちがっ、そんなつもりはないんですっ!!」
「わぁってるよ。何、気になるか?」
はい、正直。 気まずいながらも小声で返す。 大佐は軽く、目を伏せた。
「昔、恋人に贈ったモンでな。安っぽいのは学生ん時に買ったからだ。」
「え?じゃあ……あの、その、」
「フラれた訳じゃねーよ、死んじまったんだ。」
事も無げに言って、大佐はコーヒーを口に運ぶ。 俺は強烈な罪悪感に襲われた。
「……すみません、大佐。」
「お? いや、気にしなくても、」
「いえ、だって___大佐の目、すごく、つらそうです。」
すみません、大佐。
やりきれなくて俯く。 ああもう、何であんなこと……だから俺はガキなんだ。
「___そうか。つらそうに、見えるか。」
大佐は、独り言のように呟いた。


「……命日か。」
俺は深いため息をついた。
彼女を殺した日のことを、思い出す。あの時の孝一の目。人の目が、あんなにも見開かれるものだとは知らなかった。瞳は潤んでもいなくて、空っぽだ。何もない。死んだ彼女を抱き寄せて、抱き締めて、それでもその目は死んでいた。叫び声一つ上げずに。目だけが、悲痛な色を見せていて。
「____俺が悪い訳じゃない。」
涼谷マリア。彼女を殺したのは俺だ。孝一も殺すはずだった、けど、だけど………あんな目で見られたら。
頭に銃を突きつけたとき、彼はゆっくりと顔を上げ、俺を見た。ぞっとした。生気の欠片もない目。
ゆっくりと銃に手を伸ばし、孝一は銃口を自信の胸に誘導した。殺して下さい、と、言われたはずだ。 マリアと同じように、ココ撃って、殺して下さい。 俺は引き金を引けなかった。
負い目。
何故肩入れしてしまったのだろう。何故負い目など感じているのか。全てはあの目だ、あの目、俺が今までしてきたことが一体どういうことだったのか____一瞬で俺に悟らせた。
「……すまない、孝一。」
憎んでも構わない。早く憎め、憎んでしまえ。 そしたら楽になれるだろ?
「___早く憎んでくれ、孝一。」
俺もそろそろ、限界、なんだ。



「_____憎んでなんかあげませんよ。」
それが俺の、せめてもの意地だ。

大佐の過去話。大佐は昔、貧乏な家の為に弁護士を目指していました。

2011/01/04:ソヨゴ
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