TOP 「………うげ、」
まぁったく___ヤなヤツに会っちゃったな。

ゲンジツdropping

「あぁ、慎平。」
赤毛の彼は、その長い髪をさらりと流し、俺を見る。
「久しぶりだな」
「おー……久しぶりぃ………」
さりげなく後ずさる。コイツに関わるとろくなことがない。
「どうだ慎平、きちんと職務をこなしているか?神のために。」
「神?あぁ、くお___栞田様?」
おっと危ない。この狂信者の前で呼び捨てになどしようものなら、
「___っと!」
首めがけて振り下ろされた斧を慌ててナイフで受け止める。 ほら、
殺されちまうもんな。
「貴様、まさかとは思うが神を下の御名で呼ぼうとしたか?」
「けっ、確信持ってるくせによ。 曲がりなりにも元級友だろ、殺しにかかることないんじゃねーの?」
「確かに俺は貴様を殺しにかかったな、だが、今ので貴様が死なないことは分かっていた。よって非はないだろう。」
物騒で大層な理論ですこと。 俺は内心で皮肉を言う。
「それに俺は貴様に対して特別の感慨はない。私が仕えるのは神のみ、それ以外の存在がどうなろうとそんなことはどうだっていい。私には、栞田様さえ居られればそれでよい。」
目まぐるしく変わる一人称。きっもちわりぃ。
「………いい加減どけろ、斧。」
これ以上穂積の斧を受け止めてっとナイフが欠ける。それにちょっと、疲れてきた。
「なぜ貴様ごときに命令されなければならない?草同然の分際で。」
「言うに事欠いて雑草かよ。何様だっつの。」
とはいえ、偉そうな物言いも見下しももう慣れた。特に俺は軍人だ、侮蔑など……コイツ以外からだって。
「___まぁいい。下らぬ諍いで体力を消費するのもバカバカしい話だ。」
穂積がやっと斧をどけた。俺は軽く体勢を整える。
「相変わらずの狂信っぷりだな。もう変態の域だって、お前。」
「あのお方の崇高さを感じないのか?ひれ伏したいとは思わぬのか?乏しい感性だ。」
「あっそ、勝手に言ってろ。 けどお前、あの崇拝っぷりは……栞田様にも迷惑なんじゃねーの?」
アイツ、お前が来たあといつも怯えて泣いてんだぜ。言ってやりたいと思ったが、なぜ知ってると問われるとキツい。やめておく。
「私は……神が赦して下さる限り神にひれ伏し続ける、永久に。」
うっわ、永久ときたもんだ。重すぎる。それをお前が背負わせてんのは、お前よりずっと年下の、普通の高校生なんだぞ。
なんて、狂信者に言ってもな。空しいか。
「信仰は自由、ってか。勝手にしてりゃあいいけどさ。」
「無論。貴様に指図される筋合いはない。」
では、俺は雑務に向かわねば。 穂積は俺に背を向けた。ローブが翻る。
「____人の首刎ねんのが、雑務か。」
「神に背いた人間の命をわざわざ奪わねばならんのだぞ。雑務と言わずして何と言う。」
本ッ当ーにどうでもいいのな。 神以外の存在なんて。
「………あのさぁ、穂積。」
声をかける。五歩ほど進んでいた穂積は、立ち止まって振り返った。 何だ?
「お前、……もし、もしだよ、泉ちゃんが何か、神に背くようなことしたら」
「殺す。死刑でなくとも首を飛ばす。」
質問はそれだけか。
何てことない調子で穂積は言った。そう、殺す。殺すんだ、やっぱ。
「____うんそれだけ。くだんないこと聞いて悪かったな。」
「お前が謝罪か?珍しい。」
ではな。精々神のために尽くせ。
一言言い捨て、穂積は今度こそ去っていった。


「___んお?」
小豆屋?
休憩がてら軍の広場へ来てみると、広場の隅、花壇を囲むレンガの上に、小豆屋が座りこんでいた。
軍帽を脱いでいる。思い切り頭を掻いたらしい、髪が少し乱れていた。その横顔は明らかに不機嫌で。
ほぉ。珍しく荒れてるわけだ。
まだまだ若いななんて偉そうなことを思いつつ、静かに忍び寄ってその頭を押さえつける。いきなりの出来事に、小豆屋は大分驚いたらしかった。
「んだよいきなりっ!!____って、え、」
「おおっと上官、休憩中のとこ失礼でしたかな?」
「たたたたたた大佐ぁっ!?」
すいませんでしたっっ!! 恐ろしい勢いで立ち上がり音速で頭を下げる部下に、苦笑する。
「気にすんな気にすんな。」
「ほっ、本当に申し訳ございません!!同僚かと、思ってしまいまして……」
気まずそうな様子に、意地悪な笑みが浮かぶ。 俺はニヤニヤしながら小豆屋に返した。
「いやぁ上官!お邪魔してしまった俺が悪いので、」
「うわああああああごめんなさいいいいいい!!! からかわないで下さいよ………」
これ以上やるとどんどん落ち込んでいきそうなので、この辺でやめておく。
「どうした?えらく荒れてたじゃないか。」
「____神売穂積って、知ってらっしゃいます?」
神売、穂積。
「名前は聞いたことがあるな。司法所死刑執行科。かなりの狂信者だっけか。」
「そうです、ソイツです。」
面識あんのか? かつての級友、ですね。
「どうも合わないんですよね……いや、あいつと合うヤツ何ざこの世にいないと思いますけど。」
言葉の端々に恨みつらみが滲んでる。 すねたようなその顔に、俺はまた苦笑した。
「まぁ確かに、いい噂は聞かないな。」
「関わるだけ損っすよ損。要注意人物ですよ大佐、絡まれないように気をつけて下さいね。」
嫌な気分になること間違いなし、です。
小豆屋は太鼓判を押した。
「へぇ。にしても司法所のエリートとお前が顔なじみとは。」
「死刑執行科ですもんね……あんなアブナい頭のヤツが司法とか、いいんですかね?」
小豆屋は口を尖らせた。 が、俺は少し冷めた見方で小豆屋の言葉を否定する。
いいんだよ別に。アイツの頭がイッちまってようがなんだろうが、神のために尽くす人物なら、何の問題もないんだよ。
この世は、“カミサマ”が全て。
「あ、そういえば大佐。」
「ん?」
自分の中に浸かっていきそうだったのを、慌てて切り替える。小豆屋は特にいぶかしむこともなく言った。
「比乃准将が探してましたよ、大佐のこと。」
「准将が?」
分かった、ありがとな。 言い残してその場を去る。 准将が、俺を?
嫌な予感がする。


「おっ来たか」
「すみません、お手を煩わせまして。」
んまぁ、気にしすぎなさんな。 比乃准将はひらひらと手を振った。
つまり、『少しくらいは気にしろ』………ってことか。
「孝一、最近調子はどうよ。」
「積もる話などないでしょう、准将。 どうぞ本題を。」
何、俺と立ち話なんかしたくないってか?
准将は真意の読めない笑顔を浮かべた。
「んじゃ、お言葉に甘えまして。 お前栞田様とどういう関係だ?」
肝が急速冷却される。 今日飲み行くか?訓練二時からだぞ。 そんな言葉と変わらぬ調子で、准将はなおも続ける。
「そう怯えなさんな、やりにくい。俺は確かに知ってるけども、それでどうこうしようって気はねぇよ。それによ、お前や二等兵の行為は確かに軍法会議モンだが、カミサマが望んでんなら何の罰も下らない。この世は“カミサマ”が全て、だからな。」
それこそ何てことない立ち話のよう。准将は俺に紙コップを手渡した。
「飲め、俺の作る紅茶は美味いぞ。 んで俺が聞きたいのは、お前は栞田様と親しくして何を企んでんだ?ってことだ。」
紅茶を受け取りつつ、俺は眉をひそめる。
「………栞田様を使うだなんて、そんな。」
「とぼけなさんな。軍を憎んでるお前がどうして、何の利益もなく栞田様に近付く?利用するにはこれ以上ない人材だろう?特に、お前にとっては。」
「貴方と一緒にしないでいただけますか、比乃准将。 俺はただ、アイツと話してると楽しいから親しくしているだけです。兄代わりのようなものですし。」
何かと思えばそんなことか。怯えるだけ無駄だった。
「へぇ、『アイツ』ねぇ。随分親しくなったものだ。 お前、栞田様が憎くないのか?」
准将の言いたいことは、分かる。けれど。
「栞田を憎むのは逆恨みにも程があります。アイツはなにも、悪くない。」
「ほう、まるで聖人君子だな?」
というのは、言い過ぎか。 准将は愉快そうに笑う。
「にしてもあまりに善人過ぎる。お前はそうやって誰も憎まずに、その不幸を忘れるつもりか?そんなことできるはずがない。」
「かといって、」
「お前の理論は綺麗事だ。戦争は誰の責任でもない、だからといって、戦争で親を亡くした子供は誰も憎まずにいられるか?敵国の長、自国の長、その他数多を憎んでもまだ足りまい。恋人を戦場で失った女が、そこにいた全ての兵士を憎まずにおれないのと同じようにな。お前だってそうだろ?その憎しみを忘れられるわけがないよ。お前は誰一人憎まないと言う、憎むとしても、軍という組織を憎むと言う、けれどもそれは無茶な話だ。人は人しか憎めない。」
言い返せなかった。 現実であるから。
「そうやって誤摩化し続けてるといずれ耐えきれなくなるぞ。そうやって壊れた時に、お前はお前の大事なものまで跡形もなく消し去るだろうな。それでいいのか?それが本当に“最善”か?」
やはり俺には、返す言葉がない。現実に勝てる夢物語など、あるものか。
俺は黙って准将の目を見た。目線はほぼ同じ高さだ。
「お前は軍に仕えてなどいまい。俺に仕えているのだろ?お前は軍を憎んでなどいない。俺を憎んでいるんだろ?俺が憎かろう、邪魔だろう、殺したいだろう。そろそろ認めたらどうなんだ?綺麗事で生きて偽善者に徹するってんなら話は別だが、お前にはそれはできまい。お前はそこまで馬鹿でもないし弱くもない。」
「____殺したい、など、思っておりません。」
けど。俺は真っ直ぐ彼の目を見たまま、静かにコップを傾けた。音を立てて紅茶が床に零れていく。
最後の一滴まで床に吐き出して、俺は紙コップを手放した。ぐしゃり、踏みつける。
「いつか____踏みにじりたい、とは、思っています。」
失礼。
一礼して部屋を出る。ドアを閉めてから、俺は心の中で吐き捨てた。
好き勝手言いやがって、お人好し。


「____やぁっぱ、頭のいいヤツの相手はやりにくいことこの上なしだな。」
俺の真意なんてとっくに気付いてて、この茶番に付き合ってやがる。手に負えない。 つくづくかわいくない部下だ。
「一口も飲まずに捨てやがって。失礼なヤツだよ、っと。」
紙コップを拾い、ゴミ箱に放り捨てる。 かこん、と、小気味いい音。
あの時の孝一の目。憎しみ、憐れみ、苛立ち、親愛。その他ぐちゃぐちゃした何か。あんなに入り交じった想いというのも珍しい。
分かりきって知りきって、呆れきっている。お互いに。 とんだ三文芝居だ。
単なる上司部下と割り切れなかったのは俺も孝一も同じこと。負い目と憎悪、無視はできない。けれどあえてどちらが悪いというのなら、そんな借りを作ってしまった俺の方……なのだろう。
「憎んでしまえば済むものを………不器用なヤツだ。」
負けん気が強いのだろうか。ムキになっているらしい。 憎んでたまるかよ、と。
机の上の書類を手に取り、ぱらぱらとめくる。お目当ての人物はすぐに見つかった。
「『真白許人』………ね。 危険極まりない存在だけども____壊してあげてくれるかな?」
期待してますよ、っと。
比乃准将。 フルネームは比乃朋之。

2010/12/09:ソヨゴ
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