「大佐ぁーーーー!」
とある休日の昼下がり。小豆屋が電話の子機を持って走り寄ってきた。

キョウダイcalling

「ん?どうした、小豆屋。」
タバコを吸う手を止め、たずねる。小豆屋は電話の子機ごと敬礼した。ゴッ、鈍い音が響く。
「………痛くないのか?」
「平気です!!若干心が痛いですが!!」
己がふがいないので。少ししゅんとした様子で小豆屋は言った。本当予想外の行動をとるヤツだ、と思いつつ、俺は口を開く。
「で?用件はなんだ?」
「あっはいすみません!!ご兄弟から、お電話が。」
「え、弟?どっちの?」
「えと、孝二さんです。」
ああ、と俺は何とも言えない声を上げた。ああ、孝二か、いやだな。
別に俺は孝二のことを嫌ってはいない。ただ、孝二はどうやら、俺のことをいけ好かないと思っているらしい。
まぁそりゃそうだろうな。勉強していい大学でて、順風満帆な人生を歩み始めた弟にとって、軍人なんかやってる俺はふがいなく映るのだろう。軽蔑、されても………仕様がないか。
俺は嘆息を押し殺して受話器をとった。
「___よう、久しぶりだな。」
「あー兄貴?元気?相変わらず死にかけてんの?」
「いや、残念ながら、最近は平穏そのもの。」
苦笑まじりに返す。孝二はへぇ、と皮肉めいて答える。
「栞田様が戦争中だってのに、呑気なものだな?」
「今はまだ、な。そのうち俺も戦場に行くことになるだろ。」
どうだ?俺みたいなヤツ、戦死しちまえばいいと思わないか? なぁ、そう思ってんだろ?
飲み込む。実の弟に言っていい言葉でもあるまい。
「あっそ。まぁせいぜい死なない様にな」
孝二は半笑いで返してきた。俺の隣りで背筋を正している小豆屋が、ムッとしたような表情を浮かべる。声が漏れているのだろうか。
「で、一体どんな用事だ?お前がわざわざ電話してくるなんて珍しいじゃないか。」
「大した用じゃないけどさ。孝志が、今度でかい大会に出るんだよ。」
「そうなのか!それは良かった、」
「孝志、兄貴に見に来てほしいらしいぜ?孝志は兄貴のこと慕ってるもんな。」
俺は、違うけど。そう言いたいのか?知ってるよ。
「行けるかもしれないな。日時は?」
面倒そうに、孝二は時間と場所を読み上げた。頭の中に入れておく。
「分かった、ありがとう。行けたらまた連絡する。」
「はいはい。じゃーね。」
ブチッ
通話が途切れた。ったく、切り方まで無愛想だな。俺の何がそんなに気に入らないかね。
はーあ。ため息がでる。と、隣りで小豆屋が、ムッとした表情のまま、言った。
「あの、大佐。」
「ん?……どうした?」
「その試合、俺も観に行っていいですか?」
「___え、何で。」


「へーえ、来れたんだ。」
思い切り顔をしかめて孝二は言った。
「で、隣りのヤツは誰。」
「小豆屋晋平と申します。大佐にはいつもお世話になっていて、」
「あーはいはい、部下ね。」
小豆屋の言葉を遮り、孝二は俺の顔を見た。嫌な目で。
「何で連れてきた訳?」
「あ、いや……連れてくるつもりはなかったんだが、な。ついてきちまった。」
俺は苦笑を何とか堪えた。どうにも最近苦笑ばかりだ。
あそ。素っ気なく言うと、孝二はさっさと席の方へと歩を進めた。後につきつつ、小豆屋に謝る。
「悪いな、可愛げのないヤツで。」
「いっ、いえ!!大佐が謝るようなことではございません!!それに、孝二さんの方が年上なので。」
慌てる部下を見て和む。実の弟より、こっちの方がよっぽど可愛げあるんじゃないのか?


小豆屋、試合開始まで後何分だ?
大佐がコーラを飲みつつ聞いてきた。およそ三分です。時計を確認して、答える。
俺は大佐越しに、横目で軽く孝二さんを睨んだ。孝二さんはそれには気付かずポップコーンをほおばっている。
ちぇっ。舌打ちの一つもしたい気分だ。何なんだ、この、蔵未孝二という男は。大佐の弟とはとても思えない。
大佐との電話のときも思ったが、この男は大佐をなんだと思ってるのだろう。もっと言えば、俺達軍人のことを。なんだと思っているのだろうか。
馬鹿にされている気が、する。あのなぁ、お前ら一般人の平穏を保ってやってんのは、俺達軍人なんだぞ?
それに大佐は、俺の尊敬する人だ。
誰だって同じだ。尊敬してる人を馬鹿にされたら腹が立つ。
コイツに直接言い返したくて、大佐についてきたのだけれど、いまだに言うチャンスが見当たらない。それに今言ったら怒鳴っちまいそうだ。どんなにムカツク野郎でも、大佐のご家族に無礼なことは出来ない。
俺はイライラを押さえつけながらグラウンドを見ていた。_______ら、
「………あれ?」
「? なんだ、どうかしたか小豆屋。」
「い、いえ……グラウンドの中央に、人影が。」
大佐は俺の指差す方向を見て、目を凝らした。数秒して、大佐の顔色は変わった。
「あの野郎………!」
「大佐?」
「っ、小豆屋ここにいろ!!」
大佐は客席の端に向かって階段を駆け下り始めた。孝二さんが身を乗り出して、大佐の背に声をぶつける。
「おい兄貴、どこ行くつもりだよ!!」
「孝二もそこ動くんじゃねえ!!」
久々の大佐の大声に震え上がる思いがした。それは、孝二さんも同じなようで。
兄の怒鳴り声に弟がすくんでいるうちに、大佐は地面を蹴り、階段を飛び降り、反動を利用して手すりに手をつき向こう側へ身体を飛ばした。体操選手の演技のようなその力強い無駄のない動きに、しびれる。
あぁやっぱり、かっこいいなぁ。憧れる。


サバイバルナイフを腰から抜き出す。俺はゆっくりと、真白に近付いていった。
「____縁が深ぇな、蔵未大佐。」
真白は俺を目視すると、面白そうに笑った。
一欠片も面白くねぇんだよ、こっちは。
「何が縁が深いだ。俺に絡んでくるのは構わねぇが、弟まで巻き込みやがったら承知しねぇぞ。」
「弟?あー、いるんだっけそういや。」
記憶を辿るように真白は言う。
「知らねーよぉ。確かに僕はお前には、少しくらいは執着してっけど。お前の弟には興味ねぇもん、ここに来るのだって今日の朝、ルーレットで決めたんだぜ。」
だからほら、縁があるだろ?
真白はにやりと笑った。
「………人殺しする気で、来たのか?」
「それ以外に目的なんてあんの?」
「__だろうな、だが、」
俺はナイフを回した。ヒュンヒュンと音が立つ。
「この大会はなぁ、孝志にとっちゃ大事な試合なんだよ。お前ごときに邪魔させねぇぞ。」
低い声で言う。真白はどうでも良さそうに、楽しそうに、答えた。
「やってみろ___なぁんてなぁ。」
俺は空に向けて空砲を二発撃った。声を張り上げて怒鳴る。
「ただいまより犯罪者の確保へ移る!!!この軍事行為の妨害をしたものは民間人であろうと作戦妨害として排除する!!!警告終了!!!」
さぁ、殺り合おうぜ?
ピストルを投げ捨てて俺は笑った。
重苦しい音を立ててチェーンソーが回りだす。真白はざりざりざりと地面を削りながら俺に一気に迫ってきた。
ナイフをひらりと翻す。衝突し、受け流し、突きつける。だが首元にナイフを突きつけられてもなお、真白は笑いっぱなしだった。
「あっれぇ、この前より動き良くねぇ?」
「言ったろ?ここは戦場じゃないって。………まぁここだって、戦場なんかじゃねぇけどな。」
「ヤな感じ。」
にぃぃ、と真白は口元を歪めた。
実に楽しそうな真白を見て、俺は警戒を強める。この前より様子がおかしいぞ、コイツ____まるで、キチ*イだ。
「あ、今、キチ*イみたいだって思ったろ?」
「………テレパシーまで使えんのか、お前は。」
「いーや。みてりゃ分かるっつの。」
真白は一歩、引いた。
「あのなぁ、僕今すっげえ楽しいんだ。楽しい時はオカシイ時なんだよ。オカシクなっから楽しんだ、楽しんでっからオカシクなんの。つまんねぇ時はマトモでいれるぜ?でもさぁ、誰だって楽しい方がいーじゃん。だから僕はオカシクなんの、分かる?」
「分かりたくもねぇ。」
吐き捨てる。俺の嫌悪を、真白は嘲った。
「お前は僕が嫌いだな、でもそれ、同族嫌悪だぜ。」
「____てめぇと一緒にするな。俺はな、どんな理由であれ“世界を壊してしまいたい”と思ってるヤツは、嫌いだ。」
言いつつ、何かが引っかかる。心の奥の何かが。つっかかる。何とはなしに、不安になった。
「俺には、守るべきものも守りたいものも沢山あんだよ。お前とは違う、」
「そう思いたいだけだろぉ?」
さっ、と血の気が引いた。
「お前と俺が似てないんなら、何で俺が“世界を壊してしまいたい”って分かんだよ?お前もそう思ってるから、だからお前は分かったんだろ?お前だって本当は、気付いてんだよ、蔵未大佐ぁ。本当は何もかも捨てちまって、何もかも全部、ぶっ壊しちゃいたいんだろ?やっちまえよ。受け入れちゃえよ。お前は僕と、同じだ。」
体温が急激に下がっていくような気がした。思わず手の平を見つめる。知ってるよ、俺がお前を、嫌いな理由。俺が俺を、嫌うそのワケ。
捨てたい。
消したい。
壊し、たい。
その欲求にはもう気付いてる。分かってる。とうの昔に。それでも、それでも、____俺は。
微かな震えを押しつぶして、俺は強く真白を睨んだ。
「例え………俺がお前と同じだとしても。」
「?」
「俺は、お前にはなれない。ならない。俺は、壊したりしねぇぞ。」
拳を堅く握りしめる。負けてたまるか、俺はまだ、人間でいたいんだ。
「___つまんねーの。」
醒めた。
一言言い捨てると、真白はスイッチを切ってチェーンソーをくるりと回した。
「そんな風に自分を律して何が楽しいの?お前、我慢してばっかだな。耐えて何になんの?意味、あんの?好き勝手生きればいいのに。」
「だからお前はわがままなんだよ。自分さえよけりゃ、それでいいのか?」
「へーぇ、大人だね。」
バカにしたように、真白は鼻で笑った。
「あのさぁ、大佐。あんまり耐えてばっかりいるとさ、いつかあんたが、壊れちまうよ。」
「っ、俺は、」
「ねぇ、大佐____人が壊れるとどうなるか、知ってる?」
それはそれで、面白そうだからいいけど。
真白は嫌味な笑みで呟いた。 人が壊れるとどうなるか、だって?
____知ってるよ、そんなの。
「じゃあ僕はもう帰ろっかなぁ。なーんか、醒めちったし………あ、」
あれ、あんたの弟さん?
チェーンソーを肩に回して両腕をかける。その体勢のまま真白は視線を変え、言った。
「は?」
視線の先。そこにいるのは、たし、かに、
「孝志!?」
「一兄ーーーーっ!!!大丈夫!?ケガしてないっ!!?」
全速力で駆けてくるのは、間違いなく俺のかわいい弟だ。だけど、だけど今来たら____!
「孝志来るなっ!!」
「あーあ馬鹿だね、あんたの弟」
チェーンソーのスイッチを再び入れる。俺の指が届く前に、真白はその場から消え去った。


「、え」
目の前に青年が立っている。俺よりずっと背が高くて、その左手には、チェーンソー。
殺される。
身動きが取れなかった。青年の後ろから、自分の名を叫ぶ兄の声が聞こえる。
チェーンソーが音を立てている。青年が不意に、笑った。
「はは、びびってる?大丈夫__お前は、殺さねぇよ。」
え?
お前、は?
その意味にようやく気付いたその瞬間、自らの耳に音が届いた。
「蔵未逃げろ!!」
「コーチ!!?」
まさか、と思う間もなかった。青年は俺を突き飛ばしてコーチに一瞬で近付き、チェーンソーで叩き斬った。
噴き出す血が、わずかに見える。俺は座り込んだまま、呆然とその飛沫を眺めていた。
綺麗だ。


「孝志!!」
真白は俺の声に振り返って、ニィと笑うと、姿を消した。いつか、いつか殺してやる、てめぇだけは。
孝二の肩に手を置き、揺さぶる。
「孝志、大丈夫か!?」
「え……あ、う、うん!!大丈夫!!」
いつも通りの明るい笑顔で、孝志は言った。けれども、なぜだか不安になる。
不安がる必要なんてないじゃないか。平気だって、そう言ってるじゃないか。ほら、いつも通りの笑顔で_____え?
いつも通り?
「おい孝志無事か!!」
小豆屋と孝二が走ってくるのが見えた。孝二は荒く息をつきながら、俺を責めるような目で見た。
「兄貴。アイツ、兄貴の知り合い?」
その目と言葉で悟った。 俺のせいだって言いたいんだな。
答えず、くるりと背を向けここから出ようとする。孝二は俺の背に言葉を投げつけた。
「待てよ!!兄貴のせいで孝志の試合が、」
「そうか。」
俺は立ち止まって、振り返った。俺の顔を見て孝二は少し、たじろぐ。
「じゃあ黙って立ち去って、翌日に弟二人の死亡のニュースでも見てた方が良かったか?」
なぁ、棺桶には何入れてほしい?
思考回路が乾いていく。どうだっていい。もう、好きにすればいい。俺の知ったことじゃない、俺の、ことなんて。
孝二は黙り込んだ。それを見て俺は、嫌ぁな、けれど何故か清々しい気分に戸惑いつつ、再び背を向ける。
「冗談だよ。____笑えない、ジョーク。」
馬鹿野郎。本音を漏らしてどうするんだよ。
優しい彼の本音は果たして、生易しいものでしょうか? だと、いいのですけど。

2010/08/30:ソヨゴ
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