TOP  屋上へ行くと許人が座り込んでいた。脚を投げ出して、ぼけーっと街並みを見つめている。黙って背後から近付くと、彼は振り返って俺を見上げた。
「おにーさん。」
「よっ、何してんだ?」

トマドイlistening

「おにーさんこそ。」
 えーっと、な。バツが悪くて口ごもる。 気まずくて、出てきちった。
「そりゃ気まずいだろーね」
「そうしてもなー……お前は?」
「僕? 僕はぼんやりしてるだけ。」
 許人はまた街並に目を向けた。 ねぇおにーさん。僕、アーニーと話してみたいな。
「___レンドじゃなくて?」
「おにーさんじゃなくて。」
 逡巡したが、あきらめて俺は隣に座った。真白と同じ方向を向く。
「俺と話なんてしても、楽しくないと思うけど。」
「興味あるだけだもん、面白くねぇなら僕はもうしゃべらねーよ。」
 烏が飛び立つ、羽音が鳴る。 柔い風が頬を撫でた。
「アーニーはおねーさんキライ?」
「キライじゃない。 スキでもない。」
 いい人だとは思うよ、と俺は言う。
「ただ純粋すぎて、少しだけ、疎ましい。何でもかんでも知りゃあいいってモンじゃないだろ。」
「まぁなぁ。でも、好きな人のこと知りてぇって思うの、普通じゃねぇ?」
「……やっぱ好きなんだ、俺の事。」
 気付いてたんだぁ、と真白は言った。 おねーさん、結構分かりやすいもんね。
「鈍感なのは“レンド”であって俺じゃない。それに、アイツが好きなのも“レンド”の方だろ。」
 素っ気なく返せば、真白は不満げに眉をひそめた。アーニー、もしかして、馬鹿馬鹿しいとか思っちゃってる?
「あぁ。こんな滑稽な事はないだろ。」
「どうして?」
「だって、マガイモノなのに。」
 マガイモノに恋をして、マガイモノなのに好きになって。馬鹿馬鹿しい。結局俺は消え去らないのに。
「まがい物の方が優れてる事だってあんだろ」
「よくあるな。俺の場合だってそうだろ。」
「分かってんだ?」
「分かりきってる。 あれは、希望的観測に基づく俺の……想像図だ。」
想像図?
 真白が首を傾けた。俺は彼の顔を見て、続ける。
「“レンド”っていう存在はな、俺がもし何事もなく育っていたらああなって『いたらいい』、って考えて作った人格なんだよ。俺もアイツも俺じゃない、本当の俺は死んじゃったから。」
 レンドはいわゆるレプリカだ。多分きっと、俺よりは、本当の俺に近いんだろう。ちゃんと形を持っているから。
 じゃあ、俺は? 「俺は本当の俺の一部でしかない、だから本物、でも足りない。完璧なニセモノと不完全なホンモノ、あのな、死んだ人間って消えちゃうんだ。天国だの地獄だの、もう信じてる歳でもないだろ?本物の、もう死んじまった俺は、死んじまったからどこにもいない。俺は取り残されちゃって、しょうがないからマガイモノを作った。一部じゃ全部になれねえから。 な、あほらしいだろ。」
 俺は一体誰なんだろうか。俺はどこに居るのだろう。
「……もしボロウに出会わなかったら、俺は不完全なまま、一人で生きてたのかもな。」
「その方が楽だった?」
「善い悪いは別として、確実に。」
 そう。どんなにか楽だっただろう。
 それでも、レンドのままでいれたなら。俺はもしかしたら、ボロウの事を愛せたのかもしれなくて。憎しみが風化する事だってあったのかもしれなくて。傷も言えたかもしれなくて。でもそれは許されなかった。許さなかったのは、他ならぬ彼女だ。
 立ち入られて、踏み込まれて、やっと消えつつあった記憶が鮮明に蘇ってしまった。悟った、俺は忘れられてない。殺意を確認してしまった。なぁんだどんなに取り繕っても、俺は“アーニー”のままなんじゃないか。なぁんだ。なぁんだ。馬鹿みたいだ。
「ニセモノじゃ嫌だと言ったのはあいつだ。知りたがって、知って、それで勝手に傷ついて____困っちまうよ。俺にどうしろって言うんだ?本当の俺が怖いなら、立ち入らなけりゃよかったんだ。」
 嘘を吐いたのは俺だけど偽らないでと泣いたのは君。見えた真実が胸に刺さっても、俺にはそれは抜けないし、消せもしない。そんなの自業自得だろ。
「報われねーな、おねーさん。」
「嫌いな訳じゃねぇよ、疎ましいだけ。 それにレンドの方はきっと、あの子の子と好きなんじゃないの。」
「アーニーだって報われねぇ。」
「___は?」
 いきなり、何を。
「疎ましいのは本音っしょ。でも少し、期待してたんじゃねーの?」
「………少しだけ。」
 レンドという人格の陰に俺が隠れている事を、ちゃんとボロウは見抜いてくれた。そして、隠れないでと言ってくれた。出てきてよって、泣いてくれた。
 けど。
「どうせ愛せないのなら____初めから、無視してくれればよかったのに。」
 俺が自然に消えるまで。見ないフリしてくれてればよかった。ニセモノがすきならばニセモノだけ見ててほしかった。別に馬鹿にしたりはしない、その“好き”は滑稽じゃない。 きっと、真実だ。
「一番醜い部分だけ切り取ったみたいな存在で、知ってるよ、だから愛せる訳なかったんだよ。傷つくくらいなら、怖がるくらいなら、悲しむくらいなら、どうせ受け入れられないのなら………近寄らないで、欲しかった。」
 分かってるけど。俺が消えれば丸く収まる。でも消えたくても消えられない、俺だってもううんざりだよ、でも、どうすりゃいいんだよ。
 早く終わりにしたい。 全部。
だからボロウには悪いけど、俺はさっさと家族を殺すよ。それでもっと悪いけど、家族殺したら俺も死ぬ。レンドには悪いけど、ボロウにも悪いけど、もしかすっとお前にも謝らないといけないかもな、けどもう疲れた、もういいよ。全部終わらせて消し去って、後は好きに生きてもらうよ。レンドなんtねヤツ最初からいなかったんだ、すぐに忘れられるだろ。ボロウもさっさとまともな人探せばいいよ。 もう全部面倒くさい。」
 俺だけ消えりゃあいいんだろ。でもそんな手段、見つからねーや。
 言ってしまうと軽くなった。何故だかは知らないが、真白には全部吐き出せた。不思議な磁場みたいなもんはこいつは持ってる、どこか清い、透き通った磁場。
 殺人鬼なのに?
「僕はアーニーも好きだよ」
「無理しなくていいよ」
「僕我慢したり無理したりすんの嫌い、つかできねぇ、そーいうの。」
 好きな物は好き、嫌いな物は嫌い。僕はいつでも正直者だよ。
「もしかすっと僕、おにーさんよりアーニーのが好きかも。」
「……どうして。」
「おにーさん我慢するんだもん。おにーさん大好きだけどそこだけ嫌い、大ッ嫌い、耐えるヤツなんか死ねばいい。アーニーは我慢しないでしょ。憎しみに忠実、大好き。」
 申し訳ないとか、気にしなくていーよ。 真白は言う。
「僕は素直なヤツが好き、自分にだ、自分に忠実なヤツが好き。どいつもこいつも耐えてばっかでうざってぇ、好きに生きろよって思うよ、自分は自分の物だもん他の誰かの物じゃない。おにーさんはおにーさんの物でアーニーはアーニーの物だ。おねーさんのことも、僕のことも、他の誰のことも考えなくていい。自分の支配者は自分だろ、どうして制御しようとすんの?」
 真白は、その深い青の瞳を不思議そうに開いた。グランブルーの瞳。吸い込むような、力を持った。
「………ありがと真白。」
「? 何で?」
「いや、分かんなくていーよ。」
 くくっ、はははっ。思わず笑いがこみ上げてくる。真白は不機嫌に、いぶかしそうに尋ねてきた。
「何笑ってんだよ?」
「お前、お前ってヤツぁ、本当_____名前の通りだな。」
「はぁ?」
「真っ白だ。」


白痴のように。
無邪気故に。 憎しみ故に。

2011/01/26:ソヨゴ
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