TOP BLではないんだけど、もうそういうの一切ダメって人には、描写がちょっとキツいかもしれない。

ニイサマ、と妹の声がした。俺は何も言わずに振り返る。
「ニイサマ。栞田様のところへ、行かれるのですか。」
「いかにも。貴様もついてくるか、泉。」
言外に邪魔だと伝える。泉も心得ているようで、表情を崩さない。
「わたくしは行きません。ニイサマ、捧げ物は。」
「持っている。気遣いご苦労。」
素っ気なく言って足早にその場を去った。 早く、早くお目にかかりたい。

モウモクbelieving

「また来たの、穂積クン。」
呆れ顔の神の前に跪く。 ご迷惑でしたでしょうか?
「____いーや別に。ただ君仕事は?忙しくないの?」
存外ヒマだね、君も。 毎度のやり取り。 私もまたお決まりの言葉を、謹んでお返しする。
「栞田様より他に優先すべき事柄など、私めにはございません。」
あっそ、と短い答え。神はイスに座って脚を組み、無言で私を見下ろした。
純白の王子服。ボタンの装飾も、服自体に施されたそれも、非常に細かくて繊細だ。金、銀、濃紺。美しい刺繍糸。趣味のいいレース。首元の細い水色のリボンは、シルク製であろうか。尊きこのお方が身につけるだけの価値があるものかどうかは納得しかねるが、なるほど、高級なものには違いないのだろう。
「で? 今日は何の用。」
「捧げ物を持って参りました。」
「それだけ?」
神は嘆息まじりに言った。 たかがそれだけの用事で、わざわざ俺を呼び出したってワケ?カミサマを。
知っている。神の嘆息は、誇り高さから来るものではない。そのような台詞を言わなければならないことに対する疎ましさから来るものだ。それでも神は、おっしゃって下さる。私が神を崇めているが故にに。
何と尊きお方か。
「申し訳ありません。 私めごときの矮小な事情で、お呼び立てしてしまいまして。」
「君ごときに呼ばれて出てくるほど俺も落ちぶれてないんだ。 これは俺の気まぐれだよ、穂積クン。」
「思い上がったことを申し上げました。私めは、愚か者です。」
「そうだね愚か者だ。 救いようがないよ、君は。」
俺なんかを崇めるなんてね。そんな神の声が聞こえるような気がした。もっとも実際には神は、不機嫌そうに眉をひそめられただけであったが。
私めの想いを知っておられるからこそ、疎ましいとお思いになりながらも、神は私の喜ぶ言葉をおっしゃって下さるのだ。何とお優しい心。何と神聖な器。彼をおいて他に、尊ぶべき方など存在しない。 私の生きる意味。それは栞田様を崇めること、栞田様に尽くすこと、それだけ。それだけのために働きそれだけのために生活しそれだけのために息をする。神以外の存在に何の敬意を払えと?神以外の存在に、配慮などする必要はない。私は全ての意識を栞田様のみに向け、全ての労力を栞田様のためだけに費やす。他の存在に気を散らすつもりはない。
出会ったその瞬間から、貴方様は私の生きる意味なのです。
栞田様。 私の想いは、異常でしょうか。
「君さぁ、異常だよ。」
神の右足が、跪く私の顎にかかった。舞のようにピンと伸びた爪先が、私の顔を上げさせる。
「俺にこんなに入れ込んで、何になるワケ? 俺はカミサマだけど、でもカミサマでしかないんだよ。」
“神様”ではないとおっしゃりたいのでしょう、栞田様。けれども私めにはそのようなこと、関係ないのです。貴方様が人間であろうとなかろうと貴方様の存在は私の中で絶対なのです。あなた様が私の甘えを、身勝手を、受け入れて下さる限り。
「入れ込む、など。そんな男女の色恋のような浅ましい感情で、貴方様に尽くしている訳ではありません。」
「分かってるって……重いなぁ、君。」
俺はいいけど俺でいいわけ? 神はいつもそういった主旨のことを、会うたび私にお聞きになる。そしてその度私は返す。貴方様以外おりません、と。 嘆息が返ってくると、知りながら。
「____で、今日の捧げ物、何。」
私は神の爪先から逃れ、側に置いた包みを開く。現れたモノを見て神は思い切り顔をしかめた。膨大な嫌悪とほんのちょっとの恐怖を、その透き通った瞳にちらつかせて。
「やめて、って言ったのに……何でまた持ってきたの。」
「これは貴方様への忠誠の証なのです、神。」
持ってきたのは死刑囚の首。私が刎ねた、今は亡き者。
「ねぇ穂積クン、俺は言ったはずだよ。裁きのために人を殺せ、って。 俺のために殺すのはやめてよ、って。」
「貴方様以外の存在のために動くつもりはないのです、神。私にかせられた職務は全て、貴方様のためだけに。」
私は死刑執行人だ。 全ての刑を、神のために執り行う。
「神の定めた方に背き裁かれた人間の命など、どぶに捨ててもまだ貶し足りません。尊き方、この者は貴方様に背いた者です。私めは貴方様のためだけに存在します。貴方様に背く者は、私めが一人残らず、抹消、するでしょう。」
私は、神の整った冷たい足に口付けた。ひれ伏したいという衝動が押さえきれずに、その甲に舌を這わせる。神の足がぴくりと動いた。
「やめてよ穂積クン、気持ち悪いよ。」
「神、見下して下さいませんか。 貴方様にひれ伏したい。」
目を閉じて、指を口に含む。 栞田様は小さく呻いた。
「やめてって言ってるでしょ、分かんない?」
「神。私は、」
「やめて。」
私は一本一本の指を舐め回した。逃れようとする神の足を掴む。指、指の間、足の裏。舌を伸ばして舐め回すと、栞田様は嫌悪感を露にしてもう一度、やめて、とおっしゃった。
それでも。それでも貴方様は、禁じることはなさらない。 頼むという形をとるのは、神、貴方の_____一種の逃げなのでしょうか?
「命じて下さい、神。 誇り高き方、貴方様はそうなさるべきです。」
「俺に命令しないで、君ごときが。」
はっきりとした怒り、見下し。 そうです、神。 貴方様は誇り高い方。愚かな私に触れられた時は、そのようにお怒りになってしかるべきなのです。
「今すぐその気味の悪い行為をやめろ神売穂積。俺に触れるな、下賤の者。」
その言葉が栞田様の本心であることに喜びを覚えた。 静かに口と手を離す。
「申し訳ありません、神。」
「____出て行け、今すぐに。君ごときが俺の前に存在するな。吐き気がする。」
仰せのままに。
再び膝をつきうなだれてから、私は神の部屋をあとにした。


彼が出て行ってすぐに、嫌悪感の波が押し寄せてきた。気持ち悪い、気持ち悪い。
「俺のために生きる、とか………やめてよ……………」
背もたれに身を預ける。足がぞわぞわした。舌の感触がまだ、残ってる。
重い。押し潰される。人一人の人生を背負うだなんてそんな、俺には無理だよ。俺を“生きる意味”になんてしないで。俺は神様なんかじゃない。分かってるくせに、何で俺を崇めるの?
カミサマなんて、嫌。他人の上に立つなんてそんな、そんな器じゃないよ。尊ばないで、崇めないで。 君にひれ伏されるとね、穂積クン______

俺は心底、君を軽蔑してしまうんだ。

君だけなんだよ、心の底から見下してしまう相手なんて。君はなぜ俺に尽くす。俺は君を見下したくなんかない、けれどね穂積クン、気味が悪いんだ。君の信仰心や崇拝の念は俺には気味が悪いんだ。甘えてこないで。俺はただの人間なのに。甘ったれんな、気持ち悪いんだよ。
体が震えるのが分かる。嫌悪、嫌悪、嫌悪、軽蔑。人に抱きたくはない感情。君は俺に、それを強いる。
「あぅ、う、気持ち、悪いっ………」
耳を塞いでぎゅっと目つむる。俺に尽くさないで、俺を崇めないで、ねぇそれだけなんだよ、どうして?穂積クン。
耐えられないよ。俺は、“神様”じゃないんだから。


「ニイサマ。」
「泉。」
「どうでしたか?栞田様への、謁見は。」
差し出された林檎を手に取り、かぶりつく。甘い汁が口の端を伝う。泉は俺の口元の汁を白絹の布で拭き取った。
「相変わらず神はお美しかった。 尊き方は、いつ見ても誇り高くてらっしゃる。」
「そうですか。それなら申し分ありませんね。」
そう呟いた妹の頬を張った。妹は床に倒れ伏し、髪を乱しながらゆっくりと、俺の顔を見る。
辺りがざわめいている。もっとも、神以外の存在が何を言おうと、俺は気にも留めないのだが。
「『申し分ない』、とは、何という言い様か。それが神に対する言葉遣いか。改めろ。」
「申し訳ありません、ニイサマ。」
傷ついた風もなく返すと、泉は黙って立ち上がり、服を払った。
「ニイサマ、今日のこの後のご予定は。」
「この後はまた仕事だ。」
「ということは、首刎ねでございますね。」
妹の言葉に再び辺りがざわめく。 死刑執行人? あの細腕で? あんな綺麗な顔立ちなのに、首刎ね?
妹は少しだけ、俯いた。俺と揃いの赤毛が、風に揺れる。
「泉。 気に留める必要はまるでない。 神以外の存在など蟻の行列に等しい。 見下せ。」
俺の言葉に泉はまた顔を上げ、言った。 分かりました、ニイサマ。
「よろしい。物分かりがよい。」
執行人の制服を翻し、その場を去る。 もうすぐ日が暮れる頃だろうか。

明日もまた、神の御心のままに。

神売穂積、カミウリホヅミ。その妹、神売泉。
穂積は栞田以外に対してはドS、栞田に対してはドMって感じですかね。気持ち悪いですね。けど見目はいい方です。

2010/11/24:ソヨゴ
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