TOP  屋外の喫煙所。大佐と話をしていたら比乃准将がやって来た。そのまま彼を交えての話が始まる。さすがに下官同士で話していたような中身のない会話は出来ず、それなりに意味のある内容となった。大佐もそうだが准将も俺の知らない事ばかり知ってて、俺が馬鹿なのか二人が賢いのか、おそらく、両方なんだろう。
 けれどもそんな和やかな会話を、かき乱しそうな人影が一つ。

センユウsending

「准将、その紅茶って____」
「くっらみぃーー!」
 馴れ馴れしい声にぎょっとする。見上げれば、大佐は露骨に苛ついた表情をしていた。珍しい、あまり見たことがない。その声の主は抱きつくように両手を広げて、大佐の元に駆け寄って来た。
「今日もかわいいね俺のスイートハげっほぉ!!」
「きめぇんだよ下がってろクズ」
 これまた珍しい、罵詈雑言。しかも蹴った、クリティカルヒットだ。 大佐は軍人らしくなく、あまりスラングを使わないのだけど……彼相手では別らしい。
「飽きもせずべらべらと、いい調子だな××××野郎」
「っぐ、ちょっ、昼食ったばっかで腹はねぇよ!!吐くぞ!?」
「吐けばいいだろ、下水道に流してやるからお前ごと」
「汚物の中漂ってろってか?願い下げだよこの野郎。」
 腹を押さえつつ乱入者は呻く。まだ、立てている。冗談半分とはいえど、大佐の蹴りを喰らってもまだ立っていられる存在は軍内でも希有だろう。特に彼の同期ともなれば、この人しかいるまい。
「で?今日は何の用だよ、沢霧大佐。」
「用がないと話しかけちゃいけねーの?」
「用がないなら下がってろクズ」
「俺の名前知ってるかい?沢霧だから沢霧章吾だから」
 クズクズ言うなよ、傷つくじゃん。大したダメージもなさそうに背筋を伸ばして彼は言う。懲りない人だ。
「せっかくかわいい部下と頼れる上司と楽しく歓談してたのにお前のせいで台無しだ、一刻も速く巣に帰れよ。」
「あのさぁ俺一応人間、」
「そうだっけ?」
 きょとん、とした様子で大佐は返した。やめろよその顔本気っぽい。沢霧大佐も軽妙に返す。
「相変わらずだな沢霧」
「およ?誰かと思えば比乃准将!!お久しぶりです。」
 苦笑まじりの声に対して、軍人らしい敬礼で応える。遅ればせながら、俺も彼に向かって敬礼をした。
「初めまして沢霧大佐。」
「おーはじめまして!君が小豆屋慎平かい?いいなー蔵未、こんな部下欲しい。」
 てめぇにはやらねぇよ。苦々しげに呟くと、大佐は煙草を取り出した。 准将に向かい、失礼しますと断りを入れると、大佐は煙草に火をつけた。手の平で風をよける。その伏目気味の横顔はさすが軍内一番人気で、なるほどファンも多いよなぁ。 俺だって、ファンみたいなものなんだけど。
「あぁ……沢霧、お前も吸うか?」
「ん?じゃあそうする、火ぃ貸して。」
 大佐の声に頷いて沢霧大佐も煙草を取り出す。箱を叩いて一本取り出し、引き抜いて口に銜える。煙草をくいくい揺らしつつ彼は大佐に声をかけた。
「ほれ、火ぃ。」
「ん。」
 銜えたままで頷いて、大佐はふいと横を向いた。隣にいる沢霧大佐が少しその身を屈ませる。先と先が触れ合って小さく焦げる音がした。煙が、上がる。
「さーんきゅ。やっぱ外で吸う煙草はいいな。」
「だな。」
 煙草には何の得もない。それは分かっているのだけれど____大佐が吸ってる姿って、やっぱり様になるんだよなぁ。
「かっこいい……」
「憧れる気持ちも分かるが、君に煙草は似合わないぞ。」
 ありゃああの二人だからだろう。准将は俺の肩を叩いた。 らしくないよ。
「いや、吸う気はないんですけどね……あれ、でも准将も、煙草とかお似合いになるような。」
 言うまでもなく、紅茶の方が似合ってるけど。准将を思い浮かべる時はティーカップもセットでつく。「准将のいれる紅茶は絶品」、って話は聞いているけど、まだいれてもらったことがない。飲んでみたい、なぁ。
「いい、いい。煙草は面倒だ。第一、部下の方が様になるなんて悔しいだろう。」
「なるほど、それは一理ありますね。」
 笑って返せば、准将は少し呆れたような顔をした。何故だろう、と、自身の行動を振り返ってみれば………思い当たる節はすぐ見つかって。
「お前、孝一のこと本当好きだよな」
「ごごごごごめんなさいっそんなつもりは!!」
「怒っちゃいないよ、慌てなさんな。」
 随分尊敬されてるな、孝一。准将が笑いながら言う。 大佐は振り返って首を傾げた。
「何のお話で?」
「いやなんでもない、気にするな。」
「気にするなと言われましても……」
 あぁ、所在がない。俺は黙って俯いた。大佐はそんな俺を見て笑うと、煙草の灰を灰皿に落とした。
「小豆屋、久々に飲みにいくか?」
「いいんですか!?」
 ものすごい勢いで顔を上げてしまった。ちょっと恥ずかしくなりつつ続ける。 でも、こんな真っ昼間に。
「今日はこの後演習ないだろ?飲んでも別に支障はねぇよ。 あ、准将はどうなさいますか?」
「俺?いや、俺はいいよ。後で行くかもしれないが……沢霧は?」
「俺ぁこの煙草終わったら行きます」
「てめぇは来んな。 小豆屋、行こうぜ。」
 はいと大きく返事をし、俺は大佐の後ろについていった。 またおごって下さるのかな?そう思うと、心苦しい。


「……行ったな。」
「ですねぇ。」
 准将の声を合図に俺は一息煙草をふかす。煙でぽっと輪っかを作ると、准将は物珍しげな顔をした。 できるんだ?それ。
「蔵未のヤツも出来ますけどねー」
 煙を吐いた口で答える。ほぉ、と自然な相槌を打つと、さて本題と言わんばかりに准将は身を乗り出した。
「沢霧お前、孝一とは付き合い長ぇの?」
「まーそれなりに、同期っすから。一緒に戦場行ったこととか、もう数えきれないっすね。」
 かれこれ七年近い付き合いだ。昇進もほぼ同時期で、縁は深い方だと思う。
「文字通りの“戦友”って訳だ。」
「そういうことです。何度も命、救われてますし。」
 俺は人差し指で左耳をつついた。 これ、このピアス。
「じゃらじゃらついてますでしょ?これ、蔵未に命救われた回数と、同じ個数なんですよ。」
 耳の縁をなぞるように、点々と続く様々なピアス。俺が助けたことだってある、けれども、アイツが居なかったなら俺はとっくに死んでいるんだ。もう何回も。その重みだけは忘れちゃならねぇ。身体に、残る形で。いつでも覚えていられるように。
「へぇ、律儀なこった。でも孝一は嫌がりそうだな?」
「そーなんすよ。 別にんなことしなくていい、ってね。」

 やめろよ、そういうことするの。
 いつものように押し掛けて部屋で新聞を読んでいると、蔵未は俺にそんなことを言った。 そのピアス、気付いてんだぞ。
「何、見ててくれた感じー?」
「茶化してんじゃねぇよクズ。何か重いから、やめろよ。そういうの。」
 戦場じゃ当たり前のことだ。素っ気なく言って彼はコーヒーをつぐ。味方の軍人何だから、あの戦況なら、云々。
「当たり前とかそうじゃないとかんなこたどうでもいいんだよ。命って重いもんだろ。俺は忘れたくねぇの。」
 耳につきまとう微かな重圧。その程度の重みでも、常に頭のどっかが意識してりゃあそれでいい。
 忘れたくないのは、恩義。
「___案外義理堅いんだな。」
「そーそー、俺は誠実な男よ?」
「………どこが。」
 吐き出すように言い捨てる。小さな嘆息で終止符を打つと、蔵未は俺にコーヒーを渡した。
「ほら、お前の分。」
「おっサンキュー。分かってるねぇブラックじゃん」
「俺がブラック好きなだけだ。」
 壁に寄りかかりコーヒーを飲む。蔵未はちらと俺に目を向け、今度は深いため息をついた。
「お前……早く上着ろよ」
「何かめんどい」
「知るかクズ」

 吸い込んだ分だけ煙草は赤く光った。煙が立ち上っていく。俺の話を聞いた後、准将は軽く首を回した。
「そう言うだろうと思った。」
「准将は准将で、アイツと付き合い長いですもんね。」
 煙草に飽きてすり潰す。もう結構な短さだ。准将は消える火を見つめ、それから静かに呟いた。 独り言のように。
「孝一のこたぁ……誰にも救えないんだろうな。」
「マリアさんじゃなきゃ無理でしょう。 もういない、あの人でなきゃ。」
 報われない、浮かばれない。永遠に救われない。 誰が悪いと云うのでもなく、悪いとしたらそれは“世界”だ。
 アイツは犠牲者でしかない。
「____飲み行きますか、准将。」
「そうするか。」
 ちょっと待って下さい、メール入れるんで。断りつつ歩き出す。どこいんの、と文字を打ちつつ、俺は静かに思い巡らせた。 それでも。アイツはまだ、生きている。



 生きてりゃいいことあんぜ、蔵未。 だからまだ、死んだりすんなよ。

初登場キャラ、沢霧大佐。SSにはもういますが。 刺青とピアスだらけの人です。
冒頭で沢霧が言いかけて蔵未に阻まれた台詞は「スイートハー」。かわいい子猫ちゃん、ぐらいの意味合いのようです。ただの冗談。

2010/02/08:ソヨゴ
inserted by FC2 system