ため息を誤摩化すように舌打ち。また無駄なことをしちまった。

タメイキtalking

今の僕じゃあ栞田を『望み通りに』殺せない。それくらい分かってるんだ。今会ったところで意味はない。
ならなぜ会いにいった?
「……理由なんかねぇよな」
ただ単にイラついて、ただ単にムカついたから仏頂面拝みに行っただけだ。よくも悪くもあいつは変わらない。
僕は、変わってやるぞ。変わってやるからな。
「___イラつく。」
どいつもこいつもぶっ殺してやりたい。なら殺してやればいい僕にはそれができるだろ?
チェーンソーを手に取り、スイッチを入れる。刃がうなりを立てて回り出す。
僕は何に腹を立ててる?
何にだっていい。何もかもだ。そういうことにしちまえよ。
僕は声をあげて笑った。

「おいおい、近くにキ○ガイがいるぜ。」
声をひそめて言うと、ボロウは不服そうに声を尖らせた。
「ちょっと……キチ○イなんて言葉、使うもんじゃないわよ。」
「いや、でもこの笑い声は……」
確実にどこか一本、神経やられたヤツの声だ。常人だったらこんな声出るわけない。
俺もボロウもそーいうヤツは見てきてるんだから、分かってるはずなのに。こういうところお固いよなあコイツ。
「レンド。で、どうするの?」
「どうするもなにも、キ○ガイ相手にするつもりは、」
「誰がキチ○イだって?」
背後で声が響いた。青年だ。だが、その声にはノイズが混じってる。
チェーンソーのうなり声。
振り向きざまに飛び退いて、距離をとる。
青年は白いシャツを着ていた。シャツは七割方が血で真っ赤だ。下は黒の学生ズボン。ベルトは革でバックルは銀。もしかして学生?まさか。学生がチェーンソーなんか持ち歩いててたまるか。
「お前、年は?」
「17。高校は行ってねえけどなぁ。」
うっわマジかよ学生かよ。
世の中広いな、と思いつつ俺は少し退いた。
くるり。青年はチェーンソーを回した。
「ま、とりあえず……お前らめでたく7、8人目だ。よかったな。」
「ざけんなよ」
言い捨て、バック転で隣りのビルへ飛び移る。着地した瞬間に背を向けて走り出した。後ろは見ない。ボロウなら大丈夫だ。
「ええ平気よ、私はもう下にいるから。」
「案の定だよ!!」
いつの間に飛び降りてたんだか。ボロウは地上から拡声器で、続ける。
「レンド、いつもの橋で落ち合いましょ。せいぜい頑張って逃げてね。」
それが相棒にいうセリフかよ。飲み込み、了解とだけ答える。
「へぇ……逃げ足はえーんだ。」
ぼそ、と背後で呟く声が聞こえた、次の瞬間。
耳元でチェーンソーの音が、響いた。
「____え?」
「俗に言うテレポーテーション、又の名を瞬間移動。でも大したものじゃない、現れて、消える。それだけ。」
訥々と語る、青年。ボロウの短い悲鳴が聞こえる。俺はどうやら、ここで死ぬらしい。
「お前……名前は?」
「?」
「自分を殺す相手の名前、知らないまま死ぬのって、空しいだろ。」
「そうか?」
「少なくとも俺はそうなの。教えろよ。」
「__真白。真白許人。」
じゃあ最後に僕からも。言うと、真白は口を開いた。
「お前、宗派は?」
「____無宗教だよ。」
「え?」
じゃあお前、クーデター?
問いにうなずく。すると、真白は何だよ、と返した。
「先に言えよそういうことは。」
「は?」
ガチッ、とスイッチが切られる。間もなくチェーンソーは動きを止めた。
「え?何で、あれ?」
困惑する俺。真白は少しすねた調子で答えた。
「僕もクーデターだもん。殺さねぇよ、クーデターは。」
何だよ、つまんねーの。くるくると、チェーンソーを片手で回す。軽いものでもないだろうに。
何なんだ、コイツは。口調も態度も普通の高校生だってのにさぁ。
少し意外なのは、その一人称だ。僕?僕ってキャラじゃねえだろお前。
何なんだ、この違和感は。
「じゃーな、僕はもう行くぜ。」
「また誰か殺しにか?」
「そーだけど?」
それが何か、とでも言いたげだ。俺はとりあえず人生の先輩として忠告した。
「お前、こんなこともうやめた方がいいぜ。」
「何でお前が言うんだよ。会って数分のお前が。」
いやまぁ、そうだけど。理屈じゃないだろ道徳は。
返すと、真白はバカにしたように道徳ねぇ、と呟いた。
「説教なら色んな人にされたよ。そいつらみんな殺しちまったけど。」
「無駄だって言いたいのか?」
「そう。」
俺はチェーンソーを見つめた。
「人なんてバラすもんじゃねーぜ。時間だってかかるし、それに」
「バラす?バラしてなんかねーよ。」
「へ?だってチェーンソーだろ?」
「これは刃物代わり。血が派手に飛び散るし確実に死ぬから使ってるだけ。一々バラしたりなんかしねーよぉ、確実に捕まるだろ。」
バカじゃねーの?真白はいぶかしそうに言った。
あーまぁ、そうだよなぁ。途方に暮れて呟くと、真白は俺に背を向けた。
「同じクーデターなら、また会うこともあるかもなぁ。お前、名前は?」
「レンド。女の方はボロウ。」
「ふぅん……rendとborrowかぁ。偽名?」
「ご名答。でも今じゃ、もう本名みたいなもんだ。」
「変な名前。『貸し借り』なんて。まあいいやぁ、さよなら貸し借りコンビさん。」
また会う日までー。おどけるように付け足すと、真白はその場から消えた。文字通り。
もう二度と会いたくねえって。言って、ため息。
あちゃー。ラッキーが逃げちまった。


ホコリとサビで薄茶けた施設内を歩いていく。頭のすぐ上にはぶっといパイプが通っていて、意味の分からない記号と数字が記されている。もっとも、俺は建設業者じゃないんで、分かる必要もないんだけど。
地上はそれなりに綺麗だが地下はやっぱり汚れてる。まあ要塞なんてそんなもんだろう。
「“カミサマ”か……」
いいのかねぇ、こんな狭いところに呼んじゃって。
ぼそっと呟き、立ち止まる。ドアの取っ手に手をかけると、中からどうぞと声がかかった、
なんで分かったんだろう。
カミサマってのはやっぱり人智の及ばないとこに居るもんなのかね。
少し気を引き締めて、俺はドアを開いた。
「久しぶり。」
我が宗教の神様、栞田久遠は、イスに座って紅茶を飲んでいた。
「久しくしております、栞田様。」
頭を下げると、彼は鬱陶しそうに手をひらひらさせた。
「いいからそういうの。面倒でしょ?報告だって本当は、俺が聞く必要ないんだから。」
それはまぁ、そうかもしれませんけど。俺は戸惑いつつ同意した。
彼とは数回会ったことがあるが。他の宗教のカミサマとはどこか違う雰囲気がある。俺は軍人としては珍しくあまり熱心な信者ではない(カミサマのために命を捧げてもいい、なんて物好きなヤツが大概軍人になるんだ)のだが、彼は普通の人間とは何かが違うとは、思う。
彼は特殊な人間だ。特別かどうかは別として。
「蔵未大佐はさ、俺のこと唯一神だなんて思っちゃいないんでしょ。無理に敬わなくっていいよ。」
こういうところも変わってる。他のカミサマはみな「人々は自分のことを神だと思っている」と思っている。仮にそうでないことに気付いたとしたら怒り狂うだろう。
でも彼はそうじゃない。むしろ信じられることを嫌がってるような素振りさえ見せる。もしかしたら、と俺は前々から思っているんだ。もしかしたら、彼は。栞田久遠は。
カミサマでいたくないんじゃないか。
「かわってるよね、君は。軍人さんなのに僕のこと信じてないって珍しい。あ、別に他意はないよ。」
「分かっております。」
「何で君は軍に入ったの?“俺の為ではない”のだとしたら、君は何の為に軍に入ったの?」
「…………えっと、それは、その。」
口ごもる俺を見て、彼は少しだけ笑った。
「言いにくいなら別にいいけど。単なる好奇心だし、かといって、そんなに気になるわけでもないし。」
「…すみません。」
謝る俺。気にせず彼は続ける。
「君としゃべってるとさ、気が楽なんだよね。あとはそう、小豆屋二等兵とか。」
「! 小豆屋、ですか。」
「うん。小豆屋くん。大佐の部下でしょ?彼。」
似た人が集まるように出来てるのかなぁ、集団ってのは。
彼は楽しそうに笑った。小豆屋、ってなんかおいしそうな名前だよね。そう言って。
こうしてみると、本当にただの高校生だ。若いからなのか生まれもったものなのか。頂点にいながら権力に無関心でいられる彼は、ただ単純にすごいと思う。
「そういえば、小豆屋と栞田様は年が近いんでしたか。」
「うーん、微妙なとこだな。俺が17で小豆屋くんは20前後でしょ。俺と大佐ほどは離れてないけど。」
なるほど、彼らの世代での三歳差というのはそれなりに意味を持つのだろう。
「てかさ、様付けやめてよ、大佐。」
「はい?」
「敬語も。外でやれとは言わないよ?体裁もあるだろうし。」
彼は紅茶を飲み干した。
「やっぱ違和感あんだよね、僕を神様だと思って敬ってる人にはさ、夢見させてあげるけど、君はそうじゃないだろ。年上として振る舞って欲しいんだ。俺は君に、それなりの敬意を払いたい。俺は君みたいな大人が好きだ。」
名詞としての『神様』は、久々に聞いたな。
内心で思いつつ、俺は答えた。
「えーっと……栞田様がいいなら、別にいいけどよ。」
彼は、中途半端だなぁ、とまた笑った。

「で、他に報告ってある?」
「特には何も。代わり映えしない日常だよ。」
「ふーん……まぁ、そうでなきゃ困るし。」
戦争もとりあえずは優位にいるぜ。続けると、栞田はため息をついた。
「俺は戦いたくないんだけどね」
「あっちが突っかかってくるんだ、仕方ないだろ。」
「そうだけど……」
ユーウツ。栞田は暗い声で言った。
「死なないでよー、大佐。」
「ん?」
「小豆屋くんもさ。」
「俺もあいつもしぶといからな。死んだりしねえよ。」
「だって君らが死んだら、俺を信じてない人はたった一人になっちゃう」
「……え?他にもいんのか?」
「いるよ。そいつは俺を殺そうとしてるけど。」
ちょっと待て、聞き捨てならないぞ。言うと、栞田は気にしないで、と返してきた。
「いーの。しばらくの間はあっちも俺を殺せないし。」
栞田は、遠い目をしている。
「これでもね、昔は大事な友人だったんだよ……いつの間にやらこじれて狂って、こんな風になっちゃったけど。」
「____もしかしてさぁ、栞田。」
「え?」
「ソイツって、最近の連続殺人の犯人だったりするか?」
「連続殺人!?聞いてないよそんなの!」
「そうなのか?ったく、少しはニュース見ろよ。」
「いや、見るまでもなく側近が伝えにくるはずなんだけど……」
つっかえないなぁ。栞田は口を尖らせると、ぽつりと呟いた。
「じゃあ本当に殺したんだ、あいつ。」
「は?」
「ねー、それって凶器はチェーンソー?」
「いや、凶器はまだ特定されてないけど……チェーンソーか、有り得るな。」
チェーンソーなら、ドンピシャ。あいつしかいないや。
栞田は呆れたように言った。
「バカだなぁあいつ。ねぇ、君には死んで欲しくないからさ、あいつの見た目を言っとくよ。くれぐれも表沙汰にはしないでね。」
前置くと、栞田は少し姿勢を正した。
「黒髪。短髪。僕みたいなストレートじゃなくて結構くせっ毛。常に黒の学生ズボン履いてて、上は必ず白シャツ。ベルトもいつも同じで、革製。バックルが銀のヤツ付けてるよ。で、左手にチェーンソー持ってたら確実。」
「へぇ…名前は?」

「真白。真白許人。」


細かく色々。真白の一人称と栞田の一人称はわざとイメージと逆にしてます。

2010/09/03:ソヨゴ
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