描写はないけど真白が犯されてるから注意。
「____よぅ。」
「あっれぇ。不意打ちのつもりだったのになぁ。」
 チェーンソーをガリガリいわせて、真白は笑う。久々の邂逅だ。

キュウサイtelling

「一度お前と知り合うといつ殺されるか分からないな。」
「まぁなぁ。僕、頭おかしーらしいし。」
 いつでも殺しにきてやるよぉ。 真白は歌うように言って、一歩退いた。
「それにしても唐突じゃねぇか。何の用だ。」
「んー、ちょっとあんたに会いたくなったー。僕は気まぐれだもん、理由なんてねぇよ。」
 ひゅんひゅんひゅん。ストラップでも回すみたいに、チェーンソーを軽々回す。 相変わらず無茶苦茶な野郎だ。___けど、
「お前……なんか変わった?」
「はぁ?僕がぁ?」
「最近。人、殺してないんじゃないのか?」
 血の匂いがしない。 一言付け加えれば、真白は首を傾けて。
「そーいえば、殺してないかも。」
「いい加減だな……まぁなんにせよいいことだ。」
 思い返してみればここ二、三ヶ月、大量殺人のニュースは聞いてない。いままでやったことはもちろんチャラになったりしないが、これ以上犠牲者は増えないのなら、それに越したことはない。
「殺さなくても平気なんだよなぁ。殺す以外に楽しいことあったし。」
「ほぉ、お前に?」
「うん。 変な人と知り合った、いっぱい。」
 その人達、面白い。真白はちょっと嬉しそうだった。 純粋さすら伺えるその無邪気な笑みに戸惑いつつ、俺はこれなら信じられると思った。
 真白と栞田が、親友だったってこと。
「……まだ、栞田を殺すつもりでいんのか?」 「当たり前じゃん、僕は栞田を殺すよ。絶対。」
「何でだよ?親友、だったんだろ。」
 栞田は、殺したいなんて思われるような人間じゃないように思う。真白は確かに狂っちゃいるが、俺にはどうしても、コイツが栞田を嫌っているとは思えなかった。 なら、どうして?
「過去形じゃねぇよ、それ。」
「え?」
「今も親友。ずっと親友。」
 ならなおさらだ、何故殺そうとする。 困惑する頭がふと、とあることを思い出させた。昔の話。栞田に、真白のことを聞いたことがあった。

「なぁ栞田、真白はお前を嫌ってんのか?」
「嫌ってる。___ってことになってるね。」
「、は?」
「茶番だよ。」

「じゃあ今も、お前は……栞田のことが好きなのか?」
「うん。僕は久遠が大好き。」
瞬間。 真白は寂しそうな顔をした。
「だから、____僕が殺してあげなきゃ。」



「おえっ、げほっ、うあぁ、う……うえぇ………」
 ただただ胃液を吐き続ける。地下室に嘔吐く音が響いた。 キモチワルイ。
 監禁されて十日経つ。今は犯されてるだけだけど、そのうち軍部に引き渡されて死刑になってオシマイだ。その前に逃げなくちゃ、死ぬ。
「………どうしよっか、なぁ。」
 吐き終えて、俺はその場に座り込んだ。壁に身を預ける。片方の足についた重りが憎たらしくてしょうがない。冷たい床が、素肌に染みる。衣服は布切れ同然。凍えそうだ。
 何度も引き抜こうともがいて、そのたびに傷ついて、足首には血が滲んでる。傷だらけ、痛い。
 このまま死んじゃうのかなぁ、俺。
 生まれた時から、俺はクーデターだった。物心ついた頃に両親が殺されて、でも別にショックとかはなくて、だってよく分からなかったから。ただ死ぬのが怖かっただけ、思い出とかもないし、顔も覚えてない。寂しいっちゃ寂しいけど、俺はとにかく生きてたかった。生きてるのは楽しくなんてない、辛いばっかだけど、でも、だからこそまだ生きてたかった。それに何より、死が怖い。
 けど。もう無理かもしれない。
 首、胸、二の腕、足、内股。身体中全部に、あの人の、指とか舌とかの感覚が。纏わりついて。染み付いて。四六時中。飲まされた物の味も消えない、吐き出したはずなのに。
 あきらめるしか、ないのかなぁ。 やだなぁ、死にたくないなぁ。
 このまま死ぬんだとしたら、俺……どうして生まれてきたんだろう。
「……疲れた。」
眠りたい。
 俺はゆっくりと目を閉じた。意識がすうっと遠のいていく。何だかこのまま、ずうっと、眠ってられたら幸せそうだ______
「クーデターさん。」
 不意に、静寂が破られた。 その透き通った声は地下室に反響する。
 重みのない足音が、階段を降りてきた。ゆっくりとした足取り。何か、不安定な物でも持ってるみたいな。
(この家の子、かぁ。)
 からかいにでも来たのかな。俺は皮肉めいた笑みを浮かべる。お暇なことだ。
「あの……えっと、嫌いだったらごめん、なんだけど。」
これ、食べてみて。
 階段を降りきって彼が、俺に向かって差し出したのは____ハヤシライス、だった。すごく、美味しそうな。
「……何、これ。」
「その、ろくなもの食べてないでしょ?水ぐらいしか与えてない、とか、父さんが言ってたし……これ、よかったら。」
 よかったら、なんて。どの口で言ってんだ。何入ってるか知れたもんじゃない。 だけどこんなもの見せられて、それでも食べずにいられるほど、俺は心が強くなかった。
「………いいの?」
「いいよ。 た、食べてくれる?」
仕立てのいい服を着た彼は、不安げに俺を見上げた。俺は無言で皿を取り、スプーンで勢いよくかきこむ。それを見て、彼はほっとしたように息をついた。
「ちょっと待っててね!!」
嬉しそうに階段を駆け上がって扉を開け、またしばらくして駆け下りて、戻ってくる。今度はその手に救急箱が握られていた。それと、ボウルにたっぷり入った水、タオル。
「おまたせ! ってあれっ、もう食べちゃったの!?」
「うん。すごく、美味しかった。」
 ぐい、と思い切り口元を拭う。彼は嬉しそうに笑った。 味もおかしくなかった、異常もない、遅効性なのかもしれないけど……どうしても、コイツが俺を騙してるとは、思えない。
「よかった、嬉しい……あ、ねぇねぇ、どっかケガしてるとことか、ある?」
「ケガ?……足首。」
 足首? 真っ赤な瞳がそう尋ねる。そのままこくりと頷くと、彼は遠慮がちに、僕の左足首に触れた。 そして、
 いきなり、泣き出した。
「えっ?え?何?どうしたの?」
動転する。本当にいきなりだった。涙が傷口にしみる。
「痛、そう……傷だら、け、っ、……血、滲ん、で、ぇ、う、……ごめん、ごめんなさ、い、」
「え?」
「ごめんなさい。僕、いつだって助けられたのに、今の今まで、怖くて、できなくて、……ごめんなさい、見て見ぬフリして、ごめん、ごめんね、………ごめんなさい。」
 顔を歪めて、声も上げずに、ぼろぼろと、たがが外れたように。俺の足首に触れたまま。ずっと、ずっと、ずっと。 俺は呆然とする。
「謝られたの……初めてだ………」
 見て見ぬフリなんて当たり前で、むしろ一緒に乱暴するようなヤツしかいなくて、助けてくれるなんて、手を差し伸べてくれるなんて、謝ってくれるなんて、泣いて、……泣いてくれる、なんて。俺の為に。
「謝んなくていい。お前が悪いんじゃないじゃん。」
「でも僕知ってた、知ってたよ、気付いてた、のに、」
「いいよ。俺、恨んでない。」
 傷の手当、してくれるんだろ。俺は努めて明るく言った。 泣かないで、傷にしみる。
「う、うん……消毒、するね。」
 彼は消毒液を手に取ると、少しずつ俺の足首にかけた。
「んっ、」
「ごめん、痛いよね。少しだけだから、我慢して。」
 小さく頷く。彼はガーゼを取り出して、優しく柔く傷口を押さえた。何度も、何度も、いたわるように。
 あらかた汚れを拭き終えると、彼はまた綺麗なガーゼを取り出し、僕の傷口に当てて、包帯を巻いた。すごく丁寧に。
「よし、これで終わり。」
「あ……あ、ありが、あ、」
 口ごもる。彼は不思議そうに首を傾げた。 俺は勇気を出して、口にする。
「____ありがとう。」
 ありがとう。 言ったのは初めてだった。言うようなこと、してもらったのも。
 俺の言葉で、彼は柔らかな笑みを浮かべた。
「ううん、気にしないで。 それじゃ身体拭くね。」
「え?あ、それは、いい。」
 どうして? 彼は純粋に尋ねてきた。 気持ち悪くないの?
「はず、かしい。 どうしても、なら、自分でやるから。」
 幸い両手は自由なままだ。まだ納得しかねている様子だったが、彼は俺にタオルを手渡し、ボウルを傍らに置いた。俺はタオルを水に浸す。
 絞って、身体を拭く。触ったところから新しい皮膚になってくみたいだ。気持ちいい。
「肌、真っ白……」
彼が驚いたように眼を見開く。 くすんじゃうんだね、やっぱり。
「お前のが白い」
「僕は外に出ないもん。君、すごい、肌白い。_____あぁそうだ、ねぇ君名前は?」
 無邪気な問い。俺は気にしてないけれど、申し訳ないと、思っちゃうかな。
「……俺、名前なんてない。」
「え?あ、……ごめん。」
 やっぱり。気にしてないんだけど、なぁ。
 左足に触れてみた。暖かい。他はどこも冷えきってるのに………彼が、触れてくれたところだけ。
「____お前は?お前の、名前。」
俺は彼の目を見つめた。彼はその大きな瞳に、俺の姿を映して、答える。
「僕? 僕の名前は、」
栞田久遠。
好きに呼んで。と、彼は言った。


「ねぇ僕、君の名前考えてきたんだ!!」
 それからほぼ毎日、久遠は俺に会いにきてくれた。一日のうちのその時間だけ、俺に取っては少し明るくて、ちょっと眩しくて、でも暖かくて。
「名前?名前くれるの?」
「うん!えっとね、こう。」
 ざっざっざっ。コンクリートの床に、鉄の棒で傷をつける。
「____ま、しろ?」
「そう! 真白許人!!」
気に入らなかった? 恐る恐る尋ねてくる彼に、俺は微笑みを返す。
「ううん、気に入った。ちょー気に入った。 いい名前、大事にする。」
「本当?よかった!」
 輝くように笑うと、久遠は実に楽しげにその意味を説明し出した。
「真白、はね、肌の色。それから君の色。君はすっごく白いから、雪みたい、綺麗な人。肌もそうだけど心もだよ。 許人は、少し悩んだけど……君はとっても優しいから。」
「優しい?」
「僕のこと、許してくれた。」
 だから、許人。人を許すって書いて、許人。
「あ、……ありがとう。」
 名前。名前って、どんなんだろう。俺のこと呼んでくれるのかな。人に呼ばれるってどんな感じだろう。温かいかな。犯されるより、温かいかな。無視されるより、温かいかな。名前を呼んでくれる人は、俺を殺そうとしたりはしないかな。
 久遠がくれた名前。
「___え?ど、どうしたの!?」
 久遠が不安げに俺に問う。 手を伸ばして、俺の目元を拭う。
「何で泣いてるの?苦しい?痛い?」
「違う……違うよ。」
じゃあ、どうして。久遠はなおも不安そうに続ける。 俺は心の底から笑って答えた。


「俺、今すっごく幸せなんだ。」
続きます。予想以上に長くなったので………

2011/01/21:ソヨゴ
inserted by FC2 system