「……うっげ、」
唐突に目を覚ます。寝汗で寝巻がびっしょり、濡れている。
「____シャワー浴びよう」
ぼそっと呟く。外はムカツクぐらい爽やかに、晴れていた。

ハグルマthinking

「おはようレンド___うわ、汗だく。」
「ヤな夢見ちった。風呂入るわー」
「了解。いってらっしゃい。」
ボロウはハムエッグを一人分作りながら、手を振った。え、何、俺の分とかない感じか。
風呂場でTシャツを投げ捨て、下着を脱ぎ、シャワーを浴びる。汗を流しながら俺は、次はどこに住もうかと思いを巡らせた。
(ここ、居心地いいけど……いつまでもいると取り締まられるし。)
風呂もトイレもキッチンもある住処なんて久々だから、離れがたい。しゃーないしゃーない、俺らはクーデターなんだから。諦めるしかないだろう。
「空き家あるかな……っと、」
ため息をつきかけて慌てて堪える。俺にとっちゃあ迷信じゃねーんだ。
明日あたり出ないとかなー、なんて、思っていたその時だった。
「よぉ、何してんのおにーさん。」
……………………ちょ、
「真白おおおおおおおおおおおお!!!」
「覚えててくれたんだ、意外。」
やっほー。真白は初対面のときと同じように、バカにしたような笑みを浮かべた。
忘れたくても忘れらんねーよお前は。 って、問題はそこじゃない。
「いやちょっえっ、何してんのお前何してんのって俺はシャワー浴びてます!!!」
「見りゃわかるっつの。大体ここに現れた時点で、予想してると思えよなぁ」
おにーさんバカなの? 真白の言葉に軽く傷つく。バカですよどーせ。
「____ってそれだけじゃねぇよ!!お前どうしてここが分かった!?」
「んー、勘?つかぶっちゃけ、俺おにーさんのこと探してたんだよねー。」
何でだよ。 尋ねると、真白は自らの首筋に軽く手を置いた。
「大したことじゃねぇよぉ。あのさぁ、ガキの子守りって得意?」
「は、ガキ?」
「んー、とりあえず外で待ってるわー」
気怠げに、真白はシャワー室から出て行った。


「ちょっとレンド!!どういうことよ!?」
頭をタオルで拭きながらリビングへ向かうと、ボロウが血相を変えて俺の両肩を掴んだ。
「なななななな何で真白がここに、え、何、」
「いや俺が聞きたいっすそれは。」
真白は我が物顔で家の菓子を漁っている。スナック菓子の袋がまた一つ、破られた。
「おいお前人ん家だぞ!!」
「細けーなぁ。つかマズいんだけどこれ、もっといいもんないの?」
「あーもうダメだ、おっさん着いてける気がしない。」
「おじさんって年でもねーじゃん、僕と六つぐらいしか違わねーだろぉ?」
んでさぁおっさん。手の平を返したように俺を中年呼ばわりする。
「折り入って頼みがあんだけど」
「聞いたら帰ってくれます?」
「ひどっ」
大して傷ついてもいない風だ。俺はもう開き直って思い切りため息をついた。あぁもう、ラッキーが脱兎のごとく逃げていく。
「さっき言ってたガキの子守りってヤツ?」
「そー。妙なガキに懐かれちゃってさぁ。」
ガキ、という単語を聞いた瞬間、ボロウは続きも聞かずに一目散に家を飛び出した。 何あれ、という真白の問いに、俺は渋々ワケを話す。
「あいつガキに好かれなくってねー。怖がられちゃうんだよね、どーも。」
「だから苦手なんだ」
「そ。傷つくんだって、怖がられると。」
へぇ。 真白はポテトチップスをくわえた。 案外繊細なんだね、おねーさん。
「で、何で俺にそんなこと頼むの」
「? あぁ、ガキの子守りね。いやさぁ、懐かれたはいいけど面倒くさくて。」
ばりばりばり。真白はポテトチップスを飲み込む。その様を見ながら俺は、自然と頬が緩む自分に気付いた。
ただのキチ*イだと思ってたけど、それだけでもないんだな。
「ふぅーん、面倒くさい、ねぇ。」
「____何。何でニヤニヤしてんの。」
「いやぁ、お前だったらさぁ、面倒なんて思うくらいなら殺しちゃってんじゃないかなーってね。」
なになに、どういう気まぐれ?  そっぽを向いた真白の頬をつつく。迷惑極まりないだろうとは思いつつ。
「面倒、だけど、殺すのはもったいねぇっつーか……見てっとおもしれーから、」
「お前さ、ガキとの遊び方知らねーんだろ。」
所在無さげだ。真白はすねたような表情をする。
「どう遊んでやればいいのかわかんないから、俺んとこに来たんじゃないの?」
「………ぴんぽーん」
うわーすごいねーおにーさん。 真白は軽く俺を睨みつけた。
「遊び方なんてしらねーよ。ガキと遊んだことなんかねーし。」
「お前がちっちゃい頃してもらったことを、してあげりゃあいいんだよ。」
何気ない言葉だった。俺はすっかり、失念していたんだ。真白が俺と同じように育ってきたと、なぜだか思い込んでいたんだ。
そんな訳がなかったのに。
「___してもらったこと?」
「そ。あんだろ?お前にだって。大人に遊んでもらったことくらい。」
遊んで、もらった。 真白は一度、俺の言葉を反復した。俺がその違和感に、もっと言えば嫌な予感に気付いた時には、真白はもう口を開いていた。

「“遊ばれた”ことしかねーなぁ。」

「え?」
「僕は大人に、おもちゃにされたことしかねーんだ。」
____あぁ。
「真白、」
ごめん。
俯く。言わせてしまった気が、した。
考えれば良かった。コイツはクーデターなのに。そして俺は、クーデターとしてはとても恵まれた育ち方をしたんだってことを……忘れていた。
「何謝ってんの? おにーさんは経験ないの?」
「いや___俺は。」
「ふぅん、ラッキーだったんだぁ。」
まぁ僕だってラッキーだけど。真白は至極当然のことのように言う。
「殺されなかっただけマシだもん。*されたなんて別に、よくある話じゃん。」
「…………」
「あーでも、そうでもねぇかなぁ。大概のヤツは殺されてたもんなぁ。けど変なの、僕よりかわいい顔のヤツいたのに、どうして僕が良かったのかな。」
「真白、」
「変態っているもんだよなぁ。体も出来きってないようなガキに欲情するとかさぁ、気持ち悪い。」
ともかく、僕は。
大した感慨もなく。それが不幸なことだと、気付いていないかのように。
「ガキの頃“何がして欲しかったのか”、分かんねーんだよ、僕には。」
真白はテーブルに顔を乗せ、面倒そうに、あくびした。
「………許人。」
ぽす。髪の毛に手を乗せる。くせっ毛だなぁと思っていたけど、予想より細い髪の毛だった。
「? 何。下の名前なんて呼んじゃって。」
大体のことは推測できる。きっとコイツに家族はいないのだろうし、いたとしてもひどい別れ方をしたのだろう。さっきのようにコイツの口から、当たり前みたいに、言わせちゃいけない。コイツは気付いていないのだ。自分が麻痺していることに。
とはいえ……コイツ、殺人鬼なんですけどね。 甘っちょろいよなぁ俺も。
「お前さぁ、たまになら家、来てもいいぜ。」
「だからぁ、何で手の平返しに。 同情してんの?別にいいよ、そーいうの。」
だって普通のことだろ、と、真白は言う。
「たまたまおにーさんがラッキーだったってだけっしょ。カワイソウとか思う必要ねーよ。僕みたいなヤツいっぱいいるだろ、だって、クーデターなんだぜ、僕ら。」
違う、
「迫害されてんだからさぁ。むしろ大人に気に入られて、*されてばっかだったから、僕は強くなるまで生き残れたんじゃん。」
違うだろ、
「それにもう殺しちまったもん、僕のこと*してたヤツはみんな。 僕はもうどうでもいいんだ、もうすっきりしてんの、だって殺しちゃったんだから。」
やめろよそんなこと言うの。
自分より年下の、まだ年端も行かない少年が、自分の身に起こった悲劇を何でもないことのように処理して、麻痺して、そんなのを見てると、ひどくやるせない気分になった。真白は本当に全然平気な顔をしている。それが痛々しいのだ、その状況が。そうさせたものは何?この少年の運命を引っ掻き回したものは何?
世界だ。
「___平気になるなよ。平気になっちゃダメなんだよ、許人。ヤなことはヤだって言わないとダメだ。」
「言ってるぜ僕は。好き勝手生きるって決めたんだぁ、他の誰がどうなってもいいから。 知ったことじゃねぇから。」
僕は僕のために生きる、僕だけのために。 僕の人生だもん、他人なんか気にしねーよ。
「違う、そうじゃなくて…………不幸を不幸と思わなくなると、人は壊れちまうんだよ。」
真白はきょとんとした風に、俺を見ている。群青色の瞳。それに何が映ったのだろうか、それは何を映したのだろうか。考えるだけで叫び出したくなる。誰がした?こんな世の中に、誰がしたんだよ、本気でさぁ。言えよ、知ってんだろ誰か、分かってんだろ、言えよ、ぶっ殺してやるよそんなヤツ。
「おにーさん、僕そんなこと分かってんよ。」
「………は?」
「分かってんの、それくらい。人はどうしたら壊れちゃうのか、なんて。………だっておにーさん。僕、壊れてるっしょ?」
真白は軽く、首を傾けた。
「僕はわざと壊れたんだもん。だから知ってるよ、人はどうすればおかしくなるのか。」
壊してあげよっか、おにーさん。
邪気のない笑顔で真白は笑った。 本当に、純粋な笑顔で。
「なぁ、真白………それ、どういうこと?」
「キチ*イも案外楽しーもんだよ。嫌なことは考えねーでもいいしさぁ、ラクだよ、すっげぇラク。すげぇ楽しいよ。空っぽになっちゃうけど。」
「わざと壊れたって、どういうことだって、聞いてんの。」
「どういうも何もそのまんまの意味だけど?わざと壊れたの、恩返ししたかったから。」
「恩返し?」
「そー。恩返し。助けてもらったから助け返すんだ、その為に、僕は一回壊れなきゃダメだった。」
意味が分からない。けれど、真白が今幸せじゃないことだけは、いやというほど分かった。
「許人____お前が何考えてんのかなんて知らねーし、俺に知る権利とかないだろーけど……頼ってもいいんだぜ?人間って、お前が知ってるよーなヤツばっかりじゃ、ねーんだから。」
「___おにーさん、お人好しだよなぁ。僕あんたのこと殺しかけたのにさぁ、変なの。」
「まぁあれはあれ、これはこれだろ。」
つーかさ、俺は単純に嫌なんだよ。頭を掻きつつ俺は言う。誰かが苦しんでるのを見るのは。特に、それが年下だとさぁ、嫌な気分になる。
「? 苦しんでなんかねぇよ?」
「苦しいって気持ちがわかんなくなるほど苦しかったってことだろ、お前は。壊れちまったって事はやっぱりお前は苦しんでんだよ。嫌なんだよ、そういうの。」
「………………ふぅん。」
おにーさん面白いね。 そう言って、真白は立ち上がった。
「じゃーお言葉に甘えてまた来るよ。 おにーさん、面白い。会ったことない人種って感じ。」
「____そうか。」
「そんじゃぁね、おにーさん。 まった会う日までー。」
歌うように言い残し、真白はフッとその場から消えた。 俺はふうっとため息をつく。ラッキーなんて、もうどうだっていい。
その場にしゃがみ込む。俺らが敵視している世界は、こうしてる間にも、見知らぬ誰かの運命を狂わせているのだろう。
アイツに何があったのか、結果何を生み出したのか、俺には一つも分からないけど。 せめて何かしてやりたかった。世の中ヤなことばっかじゃねーぜって、それだけでも、伝えたかった。
「____レンド。」
肩に手が置かれる。俺は振り向かなかった。
「ごめん、盗み聞きしてた。」
「…………なぁボロウ、アイツさぁ、アイツ、」
「分かってる。」
ボロウは低く呟く。 分かってる、分かってるわよ。
「何でかなぁ、アイツ、俺アイツのこと、ただのキチ*イだって思ってたけどさぁ、」
「私だって、そうよ。」
「けどさ、違った、そんなんじゃなかった、アイツはただ壊されただけだった、もうイヤだ、俺、こんな世界イヤだよ。」
「………ええ。」
「アイツ結構優しいヤツだよ、俺分かるんだ、そういうの分かっちゃうんだ、嫌だ、何でなのかな、何で____神様なんていないな、ボロウ。いるのは偽者ばっかりだ。だって神様が居んなら、こんな、こんなの、あるワケないじゃん。」
「___そう、その通り。」
憎い。
俺は小さく、小さく、唱える。
憎い。憎い。誰がじゃない、何がじゃない、世界が。
ぶっ壊してやりたい。
「私たちはあの子に、何か出来るかな。」
「壊れた物は元に戻るか?ボロウ。」
「分からない。けど、やってみる価値はあるでしょ。」
例えば、砕けた花瓶があったとして。それを元に戻すことは難しいだろう。接着剤を使いまくっても、完璧には戻らない。過ぎたことは取り返しがつかない。けれど、再び水を入れられるように。それは、出来ることなんじゃないか。
そう。俺は、『おにーさん』なんだからさ。

年下に“貸し”を、作っておこうか。

真白くんとかカミサマのあの子に関しては、今後色々と。
あと一応主人公なのにごめんねレンドくん。語り部って立ち位置はどうよ。

2010/11/27:ソヨゴ
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