TOP ここはコンビニ店内。イヤホンで音楽を聴きながら、雑誌を立ち読みしている青年。彼は小豆屋慎平という。
これから始まるお話は、ちょっとした昔話だ。

オモイデwinding

小豆屋は雑誌を閉じると、無言でそれを棚に戻した。ぐるりと店内を見回し、他に面白そうな物も無いので出ることにする。
彼はごく普通の若者であった。少しだけ自堕落な。そろそろ大学受験という年頃であったが、彼は勉強が一切できず、代わりにできたのは陸上競技。高校はそのスポーツ推薦で入ったのだが、プロになれる器かどうかは不明瞭だ。まだ決めかねている。
この時点では「軍人」という選択肢は彼の頭に無く、願い下げだとすら思っていた。軍人とは、“カミサマ”の為に命を捧げる職務のことだ。口にはとても出せないが、彼は自分の“カミサマ”のことを敬ってなどいなかった。時々電波にのる“カミサマ”の姿は、自分より年下のただの高校生。ただのガキじゃん、と、思ってしまうのも無理はなかった。
栞田教は、その前の“カミサマ”を殺して栞田が作り替えた宗教だ。だから栞田に敵対心を抱く者も少なくはなく、また、信仰していた“カミサマ”が普通の人間であったという失望から、“カミサマ”の存在そのものを信じなくなった者も多くいた。といっても、絶対多数は彼の信者であったのだが。
そして小豆屋慎平、彼は“カミサマ”そのものを信じなくなったタイプの人間だ。栞田様の為に命の危険を伴う職務に就く、など、彼にしてみれば有り得ない話。入隊希望者が存在すること自体が、彼には信じられないことだった。
「___寒ッ」
コンビニから出てそうそう、小豆屋は北風の痛さに顔をしかめた。小豆色のマフラーに顔を埋める。こげ茶の髪が風に揺れた。
(寒いなー……ぱっぱと家帰ろ)
と、そこで、彼は自らの財布の中身が乏しいことを思い出す。生憎目の前のコンビニにはATMが置いていない。仕方なく彼は銀行へとその足を向けた。
この判断が、彼の今後の運命を大きく変えることになる。


「うげ、待ち時間長っ……」
順番札を手にした小豆屋は、表示番号を見てため息をついた。けれども仕方の無いことだ。土日の銀行は混む。
イスに座って、ぼんやりと辺りを見渡す。と、背の高い青年が小豆屋の視界に入った。
(ちぇっ、イケメンかよ)
携帯を覗く彼の横顔は整っていて、鼻が高い。壁に寄りかかるその立ち姿も様になっていた。年齢は小豆屋より大分上のようだったが、確実に小豆屋よりモテるだろう。羨ましい、と小豆屋はちょっとした妬みを抱く。もっとも、小豆屋も顔は悪くなく、ただ中身が幼い為に相手にされないだけであったが。
青年は携帯を閉じると、誰へともなく苦笑した。その表情は板についている。苦労性なのだろうか。
(大人っぽーい____まぁ実際大人なんでしょうけど。女性に困ったことないんだろうな。)
小豆屋はすねるように顔を逸らした。こういうところが子供なのだが、彼は全く気付いていない。
平穏な日曜の、平穏な昼下がり。 何も変わらぬ休日であった。何も変わらぬ、平穏な。
そしてそんな平穏こそ、唐突に破られるものだ。
突然、小豆屋の前方にいる女性が怯えるように身をすくめた。ひっ、と、悲鳴の初めが詰まって漏れる。
何事だ?
いぶかしんで後ろを振り返った小豆屋は、自らの目を疑った。
「動くなぁ!!全員地面に伏せろぉ!!」
黒い目出し帽を被った男が、ショットガンを天井に向け……放つ。
その銃声で全てが壊れた。
「きっ……きゃああああああああああああああああ」
何人かの女性が叫び出す。場は一瞬にして混乱の最中となった。 うるせぇ騒ぐな、撃つぞ。男の罵声が響く。
小豆屋は地面に伏せて頭をかばった。ウソだろ何これ、こんな展開聞いてないよ。
体が小刻みに、震えている。小豆屋は、自らのふがいなさに歯ぎしりしたくなった。
「おいそこのお前ぇ!!どういうつもりだ、早く伏せろぉ!!」
男がショットガンを構えた。恐る恐る顔を上げると、銃口の先には先程の青年がいて。彼は冷たい目線で射るように男を見ている。
何やってんの!!殺されるよ!!?
心の中で叫ぶ。けれども、青年は怯える素振りも見せずに口を開いた。
「____お前さぁ、こんな言葉知ってるか?」
「はぁ!?」
その時蔵未が言った言葉を、小豆屋は今も覚えている。

「大佐!」
「おお、小豆屋。何だ何だ、えらくはしゃいでんな。」
小豆屋は息を切らしながら、ポケットからボールペンを取り出した。金色の文字で何事か書いてある。その側面を、小豆屋は蔵未に見せた。
「これ、この言葉……覚えてらっしゃいますか?」
「ん?えっと____」

「Two blacks do not make a white.」
青年の声が頭上で響く。彼は床に倒れ伏す強盗の背中に銃口をぐりぐり押し付けながら、皮肉に笑った。
「そのマヌケな目出し帽、脱いだらどうだ?」

その時である。小豆屋が軍人になると決めたのは。誤解を恐れずに言うのであれば一目惚れ、だ。
小豆屋は家に帰ってからあの言葉を調べた。有名な、異世界を舞台にした物語に出てくる言葉だった。黒に黒を足しても白にはならない。悪事に悪事を重ねても、決して善事になりはしないという意味であったが、おそらく彼は引っ掛けたのだ。強盗が、黒い目出し帽を被っていたから。
その物語の中では、イギリスという“国”のことわざとして登場していた。国、という概念がいまいちよく分からなかったので、小豆屋はその物語を読むのは諦めた。


「ああ……何だっけか、『Doomsday』とかいう小説に出てくる。」
「そうです。そうですけど……やっぱり覚えてらっしゃらないかぁ。」
「他にあったか?」
いえ、何でもないんです。少しだけ落ち込みつつ小豆屋はボールペンをしまった。蔵未はしきりに首を傾げていたが、やがて小さくため息をついて。
「____小豆屋、久々にメシでも食いに行くか。」
「いいんですか!?」
ぱあっ、と電球がついたみたいに小豆屋の顔は明るくなった。
「メシぐらいおごってやるっつーの。そんなにケチじゃねーぞ、俺は。」
はは。蔵未は変わらぬ苦笑を浮かべる。
「いえちがっ、違いますっ!!ケチだなんて思ってませ、」
「分かってるって冗談だよ。」
お前は本当に生真面目だな。 蔵未は愉快そうに笑って、立ち上がった。
「ラーメン屋でも行くか」
「ぜひ!」
「お前何が好きなの」
「大佐の行かれるところに俺はついていきます!!」
「大概のラーメン屋には全種類置いてあるだろ………そうじゃなくて、世間話だ。」
「えっと、豚骨ですかね。」
「豚骨ぅ?やっぱ若いヤツは違うな。俺もうそんな重いモン食ってられねぇぞ。」
「大佐は元々、脂っこいもの苦手じゃないですか。」
まぁいい、俺は塩を頼むぞ。蔵未の軍服を、あの日と同じ北風がはためかせる。蔵未は軽く軍帽を押さえた。
「俺も塩にします!!」
「ん?好きなの頼んでいいんだぞ、」
「いえっ!!塩がいいです!!」
そうか、じゃあいいけど。小豆屋の勢いに蔵未はまた苦笑した。
「ああそうだ、小豆屋。」
前方を歩いていた蔵未は、思いついたように立ち止まり、小豆屋を振り返る。
「何でしょうか?」
きょとん、としている小豆屋に、蔵未はにぃっと笑いかける。

「強盗する時、目出し帽なんか被るんじゃねぇぞ。……マヌケだからな。」

何だやっぱり、覚えてたんじゃないですか!
小豆屋は嬉しそうに笑って、蔵未の元に駆け寄っていった。

過去話。小豆屋くんが軍人になった理由は、やっぱり蔵未大佐でした。

2010/12/17:ソヨゴ
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