二人の誕生日は11月6日、チャイコフスキーの忌日です。
とっ、とっ、とっ。
跳ねるように廊下を歩く少年。その服装は、間違いなくこの学園には不釣り合いだ。
一目見てお坊ちゃまだと分かる、高級そうな服装。年相応ではあるものの、一般人に果てが届かないであろう衣服。
口元は楽しそうに緩んでいる。わくわくしちゃって仕方ないんです、そんな台詞が聞こえてきそうだ。
「___様。」
背後からお付きの者が声をかける。振り返ったその顔は、
鏡のように____彼に瓜二つであった。

ハンシン。

「ねっむ……」
ふぁーあ。 輪払虎は授業の退屈さに負け、思い切り大きなあくびをした。
今は彼が苦手としている数学の授業中である。数字の羅列、公式、彼の頭にはそれらは一切入ってこない。教師が唱える問いと答えは、彼の耳には呪詛のように響く。
「ワケ分かんねぇ……」
「何が? 簡単じゃんここら辺は」
隣の席の親友が、意外そうに声をかける。 虎は不機嫌そうに舌打ちした。
「どこがだよ。最早暗号じゃねーか数学なんて」
「いや解読不要だから普通の言語だから」
「数学が得意なヤツなんざ人間じゃねぇよ」
しかめっ面のままで虎は答えた。しかし、彼は不機嫌になったわけではない。
つい数ヶ月前までは、生きるか死ぬかの戦場にいたのである。このように平和を謳歌できる日常は、彼にとっては心地いいモノだった。くだらない言い合いも、彼のほぼ唯一と言っていい“幸せ”を、噛み締めさせてくれるモノ。
けれど。
平穏はいつだって、突然に破られる。

「すいませーん。輪払虎さん、いますかー?」

その声は。
雰囲気も、語調も、柔らかさも。 まるで別物だったけれど。
恐ろしいまでに、彼に似ていた。
「あっいたいたー。」
来訪者は虎を見つけると、嬉しそうに笑って虎に歩み寄っていった。
一目見てお坊ちゃまだと分かる、高級そうな服装。年相応ではあるものの、一般人に果てが届かないであろう衣服。
そして……何より。
「はっじめましてーお兄様。 ボクは貴方の弟です。」
にっこり笑ったその顔は、鏡のように、コピーのように、クローンのように複製のように転写のように_____
輪払虎に、瓜二つだった。
「あっれーお兄様、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してますけど、知りませんでした?」
「……再婚したんだっけ。」
「あぁ、お父様がですか? やだなーまるで他人事みたいに!!ボクのお母様は貴方のお母様でもあるんですよぅ、お兄様____にしても、」
ずいっ。
彼は自らの顔を虎に近づけた。
「似てますねーボクら……やっぱり血が繋がってるんだなー。ほんっと、瓜二つですよね。」
「……離れろよ」
「嫌がらないで下さいよぅ、傷つくなぁ。 あのねお兄様、ボクだって気持ち悪いんですよ?まるで自分が学ラン着て数学の授業受けてるみたい!!あはっ、ボク学校とか、行ったことないんですけどね。」
んで、話を変えちゃいますけど。 眉をひそめる兄とは対照的に、弟は目をくりくりさせながら口を開く。
「何でボクがいきなり貴方を訪ねてきたかと申しますと、実は今日ボクの誕生日なんですよ!……お兄様もですよね?おめでとうございます。」
「お前もな。」
「わぁい祝ってもらっちゃった! ってそれはともかく、そんな訳でボクいい記念だなって思ってお兄様に会いにきたんです!あと蛇足としてはお誘いに。お父様とお母様の結婚式、来ますかー?」
「行くワケねぇだろ___え、結婚式?」
口に出してみて初めて、虎は数々の矛盾に気付いた。
大体俺が結婚の話を聞いたのはつい先日のことじゃないか。結婚式を今行うのは妥当な日にち、だとしたら、目の前にいるこの野郎は____同じ、誕生日?ちょっと待てよウソだろ、ウソだって言え、冗談じゃない。 けれどもそもそもこの野郎は、
片親だなんて、ただの一言も言ってない。
「あはっ、今さら気付いたんですかー?そうですよぅお兄様、片親だったらこんなに顔が似てるはずない。ボクとお兄様はばっちし血ぃ繋がってますよ。」
彼は虎から身を引いた。出入り口まで歩いていき、引き止めようと虎が立ち上がった瞬間に振り返る。彼は今までと打って変わって、とても醒めた表情をしていた。
「ボクの名前はレオと言います。お礼の礼に音で礼音。藤宮礼音です。貴方が虎でボクが獅子______お兄様、ボクらは双子です。一卵性双生児。」
「お前、」
「あなたがお父様をお嫌いなのは知っていますよ。死んだお母様の旧姓を名乗ってらっしゃるのもそのせいですよね?まーボクだって、お父様の人間性は褒められたもんじゃないとは思ってます、けど、それでもねお兄様。ボクはお父様が好きですよ。」
「………」
「お父様とお母様は別居状態でしたよね?お兄様がご存知かどうかは知りませんけど、お父様とお母様の結婚って契約だったみたいですよ。跡継ぎ産んである程度育ったらそれでお別れっていう……あ、その顔は知ってましたね?あはっ、だからボクら双子が生まれたことは実にラッキーだったんです。けどねお兄様、お父様は本当は貴方が欲しかったみたいですよ。長男だから、跡継ぎにふさわしいから。だからお母様が貴方を選んで引き取ったあとも、お父様は時々貴方に会いにいらしてたわけだ。ボクは結局お母様にはただの一度もお目にかかりませんでしたけど。あぁこれ僻みじゃないですよ?嫉妬です。」
そこで彼は形だけの笑みを浮かべて、
「ボクは貴方に同情してるんです、お兄様。お父様はあの通り貴方を愛しておりませんし、_____まぁボクだって愛されてはおりませんが____だから貴方が愛する対象はお母様ただ一人だったんですよね?愛してくれるのも、そう。けれどもお母様は、」
「殺された」
「ええ____随分淡白ですね?もっと何かこう、籠る想いがあるかと思ったんですけど。」
例えばそう、怒りとか?
彼は皮肉な笑みを浮かべた。これまた皮肉なことに、その表情は兄に似ていて。
「想い、か……ないわけじゃねぇが、お前に言っても仕方ねぇから。」
「弟のボクにですか?」
「藤宮の人間にだよ」
「うわぁ、傷つくなぁその言い方。」
なーんて、実はさほど傷ついてもいないんですけど。 茶化すように返す。
「さてさてボクはそろそろおいとまさせていただこうかな。 今後もまた頻繁に、会いに来ることになると思いますけど、」
「好きにしろ。」
「____へぇー、もう二度と来んなって言われると思ってたのに。 それじゃ、お言葉に甘えて。」
じゃーねお兄様。
さらさらと手を振って、彼は教室を後にした。


「黒峰、出して。」
「かしこまりました____どうでしたか礼音様、初めて会ったお兄様は。」
「うーんそうだなぁ……まぁ言うとするなら、」

「虎……大丈夫?」
「あ? 別に平気だよ。」
「あれ、弟さんだよね?____どうだった?」
「そうだな……一言で言うなら、」

「「胸くそ悪い野郎だ」」

「優しいなぁ、なっまやさしーい。 あの環境でよくもまぁあんなお人好しになれたもんだよ。」
「甘いな、甘すぎる。 どう育てばあんな容易い人間になれるんだよ。」
「お父様の言ってた通りだ。輪払の人間は、馬鹿な奴らばっかりだね。」
「とっくのとうに知ってたけどな。藤宮の人間にろくなヤツはいねぇよ。」
二人は、同じ言葉を呟いた。
片方は歌うように、片方は_____憐れむように。

「「かわいそうなヤツ」」

日常編は彼らが中心になっていきそうです。 藤宮礼音くん。虎と獅子。

2010/11/29:ソヨゴ
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