綺麗な顔の人を見たわ。
姉貴は帰ってくるやいなや、興奮気味に僕に言った。
あ、ケーキ買ってきたわよ。ビニール袋を棚に置く。靴を脱ぎながら、姉貴は詳細を口にした。
「背筋が凍るくらい綺麗な顔だったわ。十秒間くらい、見蕩れちゃった。」
あぁ、と僕は思う。そんな人、僕の知る限り一人しかいない。
「姉貴、その人どんな目の色だった?」
「えっと……日本人では、ないわね。薄緑色だったわ。年齢は、私と丁度同じくらい。」
薄緑。僕は確信した。薄緑の目の、背筋の凍るような美青年。確実にあの人だ。
「ふぅん。ねぇその人もしかして、」
「え?」
「髪がさらさらじゃなかった?耳が隠れる程度の短髪じゃなかった?肌が真っ白じゃなかった?背が高かったでしょ、腕も足も長かったはずだよ。あと、手。指がすごく綺麗じゃなかった?」
「お、大当たりだわ。」
何でそんなに知ってるのよ。姉貴が戸惑いながら聞いてきた。何でもなにも、知り合いなんです。
「あー……あとさ、金髪の、軽薄そうな人と一緒にいなかった?」
「ちょっとだけ、彼より背の高い?」
「そう。」
いたわよ、いたいた。姉貴は答えた。 まぁた一緒にいたのか。いつも一緒にいるなあ、あの二人。
「何というか………釣り合ってない気が若干」
「大丈夫僕もそう思う」


何が悲しくて、姉妹二人とファーストフード店?
「にいに何頼むの?決めちゃいなよー」
「あーもう……」
まぁいっか、と僕は諦めた。おごってくれるらしいしね。
「ねえねセット頼んでいい?」
「あらなんて図々しい、恥を知りなさい。」
「僕はコーラだけでいいから」
「もっと高いもの頼んでもいいのよ?セットは?ハンバーガーは?」
差別だー、と千弘が騒ぐ。和弘は特別なのよちーちゃん、黙ってて。姉貴が答える。
「姉貴……」
「何かしら?」
「ガチで気持ち悪いんですけど。」
いやん和弘、そんな冷たいこと言わないで。姉貴が甘ったるい声を出す。美人だろうが何だろうが肉親だと思うと鳥肌が立つ。
「もうねえね超キモイww ブラコンとかマジ勘弁www」
「そのオタクっぽいしゃべり方やめろよ」
「そうよちーちゃん、疎ましいからやめなさい。」
お前だって十分疎ましいだろうが。吐き捨てると同時に順番が回ってきた。そこに現れた人物は、予想外なことに僕のよく知る人物だった。
「はい、ご注文お伺いいたし_____?」
和弘君?
問いかけにうなずく。バイトなんてしてたんだ、柳さん。
「こんなところにいるとやっぱり、綺麗すぎて浮きますね。」
赤や黄色で彩られた白い制服は、柳さんの美しすぎる顔にはあまり似合ってないように思えた。どうも、安っぽすぎる。
「ありがとう。褒めても安くしないぞ。」
いや、お世辞じゃないです。僕の言葉で姉貴は顔を上げた。あ、この前の。
「綺麗な顔の人」
「え?……あぁ、ケーキ屋にいた方ですか。」
「ごめんなさいねあの時は。じろじろ見てしまって。」
ご家族? そうです、僕の姉貴です。
「あっ私見覚えある! あのあの店員さん、クレープ屋行ったこととかありません?」
「前に一度だけ、ミサワと一緒に____」
「やっぱり! ミサワってあの、金髪の人ですよね!?」
いやぁあの時は萌えたなあ。 柳さんがその言葉の意味を深く考え始める前に、慌てて話題をすり替える。
「りゅっ柳さん!!今日はミサワさんいないんですか?」
「ん? あぁ、いるよ。バイト先結構被ってるから。」
呼んでこようか?と、柳さんが言う。
「いやいいです。別に会いたい訳でもないんで。」
「ちょっとひどくない!?」
「おわあああ!!」
ぴょこっとレジの影からミサワさんが現れた。隠れていたらしい。目立つ金髪を持つ彼は、不服そうな顔をして僕を見た。
「ったくかずくん、俺の扱いひどすぎね?」
「だってねぇ、柳さんと比べたらねぇ。」
「比べたら何ですか!?」
ミサワさんの叫びは軽く無視して、僕はミサワさんの胸についているネームプレートに目を留めた。あれ?
「『ミサワ』って……本当は漢字あるんですか?」
「え? あーうん、『美澤』ね。」
「何でいっつもカタカナ表記なんですか?」
だって読みにくいっしょ? ミサワさんは言った。 見た人が戸惑うからさ、普段はカタカナにしてんの。
「俺もこのバイトして初めて気付いたんだよ。まさか漢字があったとは。」
「へぇ…柳さんも知らなかったんですか。」
ところで。姉貴が横から口を挟む。あなた方は、和弘とどういったご関係で?
「俺は、市羽目悠の兄です。」
「あぁ、ゆーくんの! あんまり似てないですわね……」
「んでその兄の親友っす。まぁ俺は、和弘君の知り合いってとこっすかねー」
ミサワさんが柳さんの方に肘を置く。 うっとうしいぞ。柳さんは少し顔をしかめた。
「そういえばご注文は。」
「え? あ、忘れてましたわ。えっとこれ、ラッキーセット二つと……ちーちゃん水でいいわよね?」
「そりゃないよ!」
「しょうがないわねぇ。じゃあラッキーセット一つ追加で。」
「はい。ハンバーガーは何にいたしますか?」
「えっと、チーズバーガーとベーコンレタス____」
おい、真日!! 店長らしき人物の怒声が響いた。 市羽目に絡むなっつってんだろ仕事しろお前は!!!
「やっべ怒られちった。 んじゃー仕事してきますわー」
「呼んだ覚えないがな」
「だからその扱いなんなの!?」
いやー違うんですよー店長。 へらへらと言い訳する彼の声が聞こえてくる。 ちょっと知り合いに会っちゃいましてね。話弾んじゃって。
「あんなんだから時給下がるんだよ、アイツは………」
注文を取りつつ、呆れたようなため息をつく。僕は思い出して柳さんに尋ねた。
「あの、柳さん。」
「何だ?」
「そういえば悠、昨日から合宿に」
「そうなんだよ。」
いきなりずん、と空気が重くなる。柳さんは見るからに落ち込んでいた。心なしか髪の毛のはりがちょっと、なくなった気さえする。
「家に帰っても悠が居ない、と思うと……何もする気がしなくてな。」
「え、メールとか」
「メールもしてるし、電話もしてるよ。 悠に言われたからな。」

「兄さん、毎日メールしてね?」
「もちろんだ。いや、電話しようか。」
「じゃあメールも電話もしてね!」
「分かった、必ずする」
「兄さん俺のこと忘れないでよ!?」
「忘れるわけないだろう? ………三日間か、長いな。」
「俺だってつらいけど、」
「いいんだ。合宿、楽しんでこいよ?」

「恋人かてめーら!!」
「いや兄弟だよ」
兄弟ってあんたそりゃ行き過ぎでしょうよ。 過保護ってレベルじゃないですって。
「いいですねぇ、弟さんと仲良くて。」
姉貴が隣でうっとりとしている。僕と千弘は揃って引いた。 双子だから、その表情はコピーのように瓜二つだったことだろう。
「ねえねキッモ……」
「姉貴、ちょっとそこの車道でトラックに轢かれてくれば…………?」
「俺だったら自殺してるな、悠にそんなこと言われたら。 ん?」
携帯のバイブ音が響いた。柳さんはカフェエプロンのポケットからブルーベリー色の携帯を取り出す。シルバーのイニシャルストラップ、それだけ。シンプルだなあ。
「あ、悠からメールだ。」
「何書いてあります?」
「『今、部屋でみんなでテレビ見てまーす。兄さんは何してる?』」
「何そのどうでもいい情報!!twitt○r!?」
いい発音だな。茶化すと、柳さんは返信文を打ち始めた。無茶苦茶速い。
「はい送信」
「はっや!! 三秒とかかってないですよ!?」
「まぁ短い文だからな。」
と言っても、ボタン音から察するに二十文字以上は打っているはず。どういう指してんだ。
「お、また来た。」
「ええええ悠もはっや!」
「『バイト中かぁ。ごめんね邪魔しちゃったよね☂ お仕事頑張ってね兄さん♡』」
「彼女か! あとクールな顔して声真似すんのやめて下さいよ柳さん」
「だから弟だって。 和弘君こそ無表情でハイテンションなツッコミするなよ。」
柳さんが軽く言い返して携帯をいじり始めた、その時。
「市羽目!!弟さんとメールすんな!!!仕事中だぞ!!?」
「あ、すいません。」


邂逅、チーズバーガーセットで。

バイトっていいよねってそれだけの話です。

2010/11/22:ソヨゴ
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