「はい皆さん」
 美澤さんが改まった様子で僕らを見回す。僕らは小さく、それに頷く。
「今日が何の日か分かってますね?」
「「「いえっさー」」」
「今日何やるかも分かってますね?」
「「「もちろんでーす」」」
「よっし上出来、準備始めよう!!」
 散らばって!! 美澤さんが叫ぶ。気分がノっている僕らはそれに合わせて敬礼した。何故気分がノってるかって、問われるまでもない。これは美澤さんの為ではなくて、柳さんの、為なのだから。

君のいる日々に、

 機械的な電子音がいつも通りの音量で鳴る。布団から手を伸ばし探り探りアラームを止めた。朝は苦手だ。おまけに、寒いのも。
 心の底から外に出たくない。全細胞が拒否している。布団の中に閉じこもりたい……というか、着替えたくない。セーターを脱ぎたくない。脱いだ瞬間に冷気に襲われることはほぼ確定だ、くそっ、勇気が出ない。寒がりかつ低血圧気味の俺にとっては冬の朝はまさに天敵で、今日の朝も例外ではなかった。
(大学……サボッちまおうか。)
 窓につく水滴の量が外の寒さを物語っている。単位は余裕だし、別に今日くらい行かなくてもいいか。どうせこんな日は美澤だってサボッてる。アイツがいないなら、ますます行く意味もない。
「……寝よう」
 もう一度布団を被りなおす。丸まってから目を閉じると、図ったようにまたアラームが鳴った。しまった、スムーズ切ってなかった。またやっちゃった。
「あーもうっ____!」
 ヤケになって飛び起きイライラと携帯を掴む。スムーズを切って閉じようとすれば、待ち受け画面のカレンダーが、今日を黄色く塗りつぶしていた。
「二月九日?………何か、あったかな。」
 少し考えてみる。が、何も思い浮かばない。大した用でもないのだろうと俺は黙って携帯を閉じた。ブルーベリー色の本体を投げる。
 もう一眠りしよう。起きるのは、12時頃でいいや。


「隊長ー、タバスコこれで足りますか?」
 僕は台所の美澤さんに尋ねた。紙袋がひどく重い。当たり前だ、中はぎっしりタバスコの瓶。本当にこんな使うんだろうか?
「んー……もしかすっと足んねぇかも」
「えっウソ」
「アイツの味覚を甘くみるな、壊れてっぞ?」
 言いながら美澤さんは、バターライスを軽く返した。美味しそうな匂い。 案外、手慣れてるなぁ。
「美澤さん料理上手いですね」
「そう?まーよく作るしね」
「好きなんですか?」
「いや別に。必要に駆られてまして。」
 必要。 独り言みたく問いかける。美澤さんは素っ気なく答えた。
「オフクロ風俗嬢だから。朝晩いねぇし昼は寝てんの。 だからまぁ、自炊ですよねー。」
 ざっざっざっ。しゃもじが手早くご飯を切る。 気まずい。
「えっと……」
「気にしなくていーよ?別にどうとも思ってないし。風俗嬢だって立派な仕事じゃん、夢売ってんだから。体使ってな。」
 どうでもいい、なんて、思ってるはずがない。口ぶりから伝わってくるのはほんのわずかの嫌悪感、そこからくる無関心。 仲々に複雑な家庭だ。
「あ、かずくんタバスコ取ってー。投入しまぁす」
「いえっさー」
 瓶を一つ手渡す、と、紙袋ごとちょうだいと言われた。いぶかしみつつ差し出せば、一本、二本、三本、四本、次々と開けられていく。ちょっと待って何本入れる気。
「もうそれもはやスープですけど!!?」
「あっれ言ってなかったっけ?これリゾットになる予定だぜ。多分柳以外食えないけどそこら辺は諦めてー」
 あっという間に血の池と化したフライパンを見て思う。 柳さん、あなた何者ですか。


 ぴったり正午に目を覚ました。自らの体内時計に感心しつつ起き上がる。一つあくびをし、セーターを脱いだ。トレーナー一枚で布団からでて気がついた。 脚が寒い。
「___また下脱いでる。」
 布団をめくり寝ぼけ眼を擦る。だめだ見えない。机まで歩いていって眼鏡ケースに手をかけた。久々のグラスの感覚。いっつも、コンタクトだから。
 また布団に戻って中を探った。そのうち異質な感触がして。引きずり出せば、思った通り部屋着のズボンだった。黙ってそれを履き直す。
「………お腹空いた。」
 確か、買いだめしといたカップラーメンがあったな。お湯残ってるかな。


「よーし、料理は大体出来たな!」
 しゅるっ。美澤さんはエプロンを脱ぐとそこら辺に放り投げた。緑のエプロンが床で丸まる。
「悠くん虎くん、飾り付けできた?」
「あ、もう少しで出来ます!」
「呼んで下さって大丈夫ですよ。来る間に多分終わるんで。」
 悠と虎がそれぞれ返事する。ちょいとリビングを覗いてみれば女子顔負けの装飾で、なるほどこれは悠の仕業か。
「虎がいたから、高い所まで使えたよー!」
「そりゃ良かったな……」
 楽しそうにはしゃぐ悠に比べ虎は少し疲弊していて、その様子から察するに飾り付け自体は虎の担当だったようだ。悠は飾りを作っていたらしく、虎は結構不器用だから、当然の割り振りと言える。
「いやぁありがとね二人とも。それじゃあ今からメールしまーす。」
 彼は携帯をちゃらちゃらと振った。オレンジの本体とストラップが揃って揺れる。彼は腕を下ろして携帯を開いた。 電子音が、響く。


 初期設定そのままの着信音が部屋に響いた。携帯を手に取って開けば、美澤からメールが来ていて。
『柳、今から俺ん家来れる?出来るだけ早く来てー』
 家?何か用でもあるのだろうか。とりあえず、着替えなくては____何着よう。
 手を伸ばし、そこら辺にある服を取った。ジーンズ、パーカー、etc。外はいまだに寒そうで、ダウンコートを羽織ろうと決める。こんな死ぬほど寒い日に呼び出すなんて迷惑なヤツだ。が、このまま家にいてもだらけてしまうだけだろう。行ってみるか。
 ふと、思い出す。今日用事あったはずだよな。
 もしかしたら美澤と、何か約束してたかもしれない。持ち物はなさそうなので俺は手ぶらで家を出た。外には雪がちらついていた。


「あっ来た!」
「来た?はいみんな位置について!!アレ持った?」
「「持ってまーす」」
「え、僕持ってない。虎ぁー」
「知らねーよ、机の上にあっただろ?」
「ウソ知らないんだけど」
「和弘の分は俺持ってるよー」
「「余計なことしてんじゃねぇクズ」」
「はいもめないもめない、かずくん持った?」
「持ちましたー」
「OK!さぁみんな、息をひそめて。」


廊下を歩く。暖房機能のない廊下はいつも通り冷えきっていて、前方に見えるリビングが眩しい。早くドア開けて中入ろう。少しだけ早歩きして、俺は勢いよくドアを開けた。

「「「「Happy Birthday!!!!」」」」

パンッッ
クラッカーが一斉に鳴る。 俺はドアを開けたまま、固まった。


 紙のリボンが舞い上がって、火薬の匂いが辺りを包む。ぱち、ぱち、ぱち。柳さんは呆気にとられたように、その大きな瞳でまばたきをした。あまりにも長い間固まったまんまだったから、僕らは少し不安になって。
「「あのー………」」
「に、兄さん今日誕生日でしょ?だからその、サプライズ。」
「大丈夫かー柳、凍り付いちゃってますけど………」
 僕ら四人は口々に、遠慮がちに、声をかけた。恐る恐る様子をうかがう。柳さんはまだ、固まったまま。
「あの___あれ?」
 隣で虎が、何かに気付いて声をあげた。僕が虎に尋ねると、彼は一言「目」と言って。
「目?……あ、」
 何だ。 
 柳さん、泣いてるじゃん。
「って何で泣いてるの兄さん!?」
「いや…その……忘れて、たんだ。誕生日。」
 彼はようやく口を開いた。 それに、その、こんなこと……してもらったことなかったから。
「嬉しくて……何か、泣けてきた。」
 嬉しそうに涙を拭う。そんな柳さんに、美澤さんは近寄っていった。
「ほら泣くな、上向いて。」
 美澤さんは柳さんの頭の後ろに手を回し、ほんの少し上を向かせた。そのまま額にキスをする。 やっぱ付き合ってんだな、あの二人。
「生まれてくれてありがとう、柳。」
「出会ってくれてありがとう、美澤。」
 二人はそう言って笑い合った。完全に恋人だ。オーラがサーモンピンクだもの。
「あまーい」
「お前にんなこと言う権利ねぇよ」
「なんでさ」
「四六時中いちゃついてんだろ?このバカップル。お前ら“遠慮”って知ってる?」
 軽口を叩き合う。悠がやめなよと口を挟んだ。 そんな僕らを見つめて、柳さんはふわりと微笑む。
「みんな、ありがとな。」
 やばい、超美人。三人揃ってぼけーっと見蕩れた。 美澤さんが愉快げに笑う。
「おいおい惚れんなよ?こいつは俺のもんだから。」
 分かってますよ、それくらい。だからともなく呆れた返事。 まぁ最初から分かってたけど、僕は二人が大好きなようだ。



とりあえず、お幸せにね。
最大級の祝福を。
おめでとー柳、お誕生日話です。ミサ柳は公式です正直すまんかった。

2010/02/09:ソヨゴ
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