和弘と喧嘩した。

とどのつまりは。

 お察しのこととは思うが俺は欠片も悪くない。いつもの軽い言い合いが何だかおかしな方向に行って、俺が愛想を尽かしただけだ。先程から、二人分の隙間をあけて二人してそっぽを向いている。膠着状態だ。和弘は体育座り。不服そうに壁を見つめてる。俺はというと片膝を立て、何でもないふうを装って静かに窓に目を向けている。__はずだ。恐らく、あいつからはそう見えるんだろう。
 幼い頃からそうだった。俺達の喧嘩というと大抵俺が愛想を尽かして、それを見て和弘が後に引けなくなってしまう。結果、沈黙。長い長い静寂。そしていつだって、気まずくなるのはあいつの方。
 気付いてる。さっきからちらちらと、和弘が俺を覗き見てるのを。知っている。これは和弘が何となく反省しだした証拠なんだ。 大人げないとは思いつつ、俺は気付かない振りをする。アイツが謝ってくるまでは無視を決め込んでいる。さて賢明な読者諸君ならもうお分かりのこととは思うが、俺は別にもう怒ってなんかない。ただ反応が面白いから、いつもの仕返しにからかってるだけだ。普段とは立場が逆。 少し、爽快だ。
 ちらり、上目遣い。不安げな。またすねてそっぽを向く。さっきからこれの繰り返しだ。さっさと謝ってくりゃあいいのに……昔に比べると、随分間隔が長くなったような。 退化してるじゃん。
 俺はそれを見て思い出す。 確か幼い頃にも、こんなことがあったような。


 べつにおれはわるくない、と思う。いやわるいかもしれないけど、いやたぶんわるいんだけど……そこまでわるくないと思う。だっておれはただいつも通り、いつもと同じこと言ってただけだ。だから、いきなりおこったとらがわるい……と思う。そうだと思う。
「おれは、あやまんないよ。」
 立ち上がったままそっぽをむいた。うずくまっているとらは、やっぱりなんにも言ってこない。下を向いているせいでとらのヒョウジョウは分からない。 なんだよ、と思う。そんなにおこんなくたって。
「……なんか言えよ。」
 ムハンノウ。なにもかえってこない。おれはますますひねくれた。 ムシとかひどくない? おれそんなわるいことしました?
 もーいい、なにも言ってやんないぞ。そうきめこんで、おれもムシ。そうすりゃそのうちあっちからあやまってくる、……だろう。それがスジってもんだろう。だっておれあやまるほどのことしてないもん、ゼッタイ。だからおれはわるくない。正しい。おれがあやまるドウリはない、__はず。
 とらはさっきから身じろぎ一つしない。日が西にしずみ始めて、だんだんと空が赤くなっていく。もうすぐ五時のカネがなる。……気まずい。なんだよ、なんでおれが気まずいの、気まずくなるのはとらの方、でしょ、……ちがうのかな。
「……とら。」
 しゃがんで、声をかけてみる。せっかく話しかけたのに、やっぱムシ。 おれはむっとする。
 もういい、先にかえっちゃおう。とらなんかおいて行っちゃおう。そしたらさすがになんか言う。なんか言ってくると思う。__多分。
「おれ、もうかえるからね」
 立ち上がって歩き出した。わざと足音を大きくして。 5mぐらいすすんだころ、そろそろかんぁとふりかえったけど、ヤツはまだヒザをかかえたままで。ちくしょう、へそまがり。とらのバカ。おれだってゆずらないからね。おれはかまわずに足をすすめた。15m、くらい。今度こそってふりかえった、けど……1mmも動いちゃいない。 なんなの、おれがかえってもうずくまるつもりか、バーカ、とらのバーカ、いいかげんあきらめろバーカ、__やっぱり、わるいのおれだよね。
 ひどいこと言っちゃった、かも。すごくおこっているのかも。もしかしたら、__きらわれた、かも。
「うぐ、」
 いてもたってもいられなくなって、おれはゼンソクリョクでもどった。おんなじようにうずくまってとらのかおをのぞきこむ。とらはかおをヒザにうずめたまま、どんなかおしてるか、分かんない。
「とら。とら、ごめんね。」
 ハンノウはないけど、つづけた。 「ひどいこと言っちゃってごめんね、お、おこってる? ねぇ、」  ゆさぶってみる。いやがるそぶりもしてこない。 こわい。 「ご、めん、ごめんとら……きらいに、なった?」  いいながらちょっとなみだが出てきた。そうしよう、きらわれちゃったら。きらわれたかな。やなやつだから。あんなこと言わなきゃよかったな、どうしよう、きらわれたみたい、どうしよう、ゆるしてくれるかな、くれない、かな、やだ、きらわれたらいやだ、……どうしよう。
「う、__ねぇ、ねぇごめん、ごめんね、あやまるから……ゆるして、きらいにならないで」
 ちょっとだけ、とらがそのかおをあげた。
「……あっは、」
「え?」


「と、……虎、ごめんね。」
 ずるずると擦り寄ってきた彼は小さな声でそういった。ごくごくわずかな声量だったが、それでも静かなこの部屋には響く。冷たい瞳をわざと作って黙り込んだまま睨みつけると、彼の両肩がびくっと跳ねた。無表情はどこへやら、その表情はひどく不安げで、__俺は結局吹き出してしまう。
「ぶっは、」 「え?」
「マジだと思ってた? バッカじゃねぇの、俺がんなことで本気になるかよ。」
 いつもお前はそんなんじゃねぇか。笑いながら続けると、和弘は思い切り舌打ちした。悔しさからかそれとも羞恥か、彼はまた深く顔を埋める。いやぁ痛快だ。 ざまぁみろ。
「はっ、バーカバーカ和弘のバーカ。ガキじゃあるまいしキレる訳ねぇだろ? まんまと騙されやがってマヌケ、お前が自己中なのは元々の性分だろ、もうとっくに諦めてるっつの。」
 にやにや笑って彼を見下ろす。と、彼は自身の膝を抱えて、ぎゅうっと強く引き寄せた。
「ぼ、……僕は、さぁ、」
 ん?
「ほん、きで……嫌われたかと、思っ、て、」
「は、はぁ?」
「ずっと無視、するし、顔見えないし、何も言わないし、」
「ちょっ、」
 は、えっえっちょっと待って、まさか、__泣いてるとかは、ないよな?
「いやあの、」
「ガチでとうとう愛想尽きたかと、思って、めっちゃ、怖かったのに、」
 えっいやこれは予想してなかった、マジすか、お前そんな素直だったっけ? 俺の記憶が正しければ、__15年分の記憶が__お前は素直の真逆を行くはず、だろ、そういうヤツなはず、じゃ、あれ? あの、泣かれると困る。
 俺は和弘に泣かれると弱い。至極残念で仕方ないんだけど、まぁ俺は苦労性なんだろう。そこら辺は自覚してるけど、……負けず嫌いで、ひねくれ者で、滅多に泣かないヤツだから、なおさら。弱いところを見せられるとちょっと。対処できなくなっちまう。コイツはいつでも自信満々でわがままで マイペースで、いっつも俺を振り回してくる。だから、そうであってくれないと困る。 戸惑ってしまう。
「え、えっ泣いてる? ははは分かったぜ嘘泣きだろ、」
「っぐ、じゃ、そう、思って、れば?」
「えええええ」
 泣くなってほら、悪かったよ。言って背中をさすっては見るけどすすり泣きは続くばかりで。
 困った。


「あっは、」
「え?」
 こらえきれずにふき出すと和弘はまのぬけた反応をした。それが面白くって、ぼくは大声で笑ってしまう。さっきまでの、シンコクそうなかおといったら! シャシンにとっておけばよかった。
「な、なんでわらってんの、」
「じょうだんだよ、ジョーダン。 ぼくがほんきでおこるわけないでしょ。」
 和弘はぽかーんっとしている。ぼくはくちもとをおさえながらくすくすわらう。 和弘はまだ、よく分かってないみたい。
「どーいうこと?」
「だーかーら、からかってたの! ばかだなぁ、きらいになったりしないよ。ぼくはかずひろが大好きだもん。」
「……ほんと?」
 ほんとう、ほんとう。 おそるおそる聞いてきたかれににっこりわらってそうかえす。 まさかこんなカンタンに、だまされちゃうなんてなぁ。アンガイたんじゅんなんだよねぇ。
「なんかすっかりくらくなっちゃった。 和弘、早くかえろうよ。」
「__うぐ、」
 、あれ?
 なんだかヨウスがおかしかったから、ぼくは立ち止まりふりかえった。 見ると和弘はりょうのこぶしをにぎりしめ、て、……えっまさか、ないてる、の? 「ちょっと、どうしたの和弘」
「お、おれは、さぁ、ほんきで、きらわれたんだと、思っ、」
「え?」
「すごく、こわかった、のに、……なんだよ、……とらのバカ」
 えっうそ、そんなこわかったの? いやなかせるつもりなんて、__どうしよ。
「ご、ごめんねからかったりして。ね? なきやんでよ。」
 ちかづいてせなかをさする。そのうち和弘はこえをだしてしゃくりあげ始めてしまった。 けっきょく6じごろになるまで、ぼくはいえにはかえれなかった。


「あーもう、……泣くことねぇだろうが、俺が今さら愛想つかすかよ……もう十五年の付き合いだぞ?」
「そ、そうだけ、ど、だって、」
「__悪かったよ。」
 からかったりして、悪かった。
 ため息まじりに、俺はつぶやいて。 結局こうなるんだよなぁ……全く、いつも損してる気がする。
 和弘が少し顔を上げる。ちらりと見えたその口は、__くっそ、またはめられた。
「しかえしー。」
 とびっきりのイヤな笑み。 ぱっと顔を上げ、和弘は、ピースしながら舌を出す。 んだよやっぱり嘘泣きかよ、本当にコイツは……どうしようもない。
「……嘘泣き、上手くなったな」
「でしょ?」
「悪びれろアホ、__全く。」
 妙な方向に進化しやがって。

和弘と虎の一人称は逆でした。虎は昔は引っ込み思案で、和弘の背中に隠れてるような子だったんです。
ちなみに。和弘は虎の名前を同格のかなんて全く気にしてなかったけど、虎は和弘の名前が気になって、おじいちゃんに教えてもらった。なんて裏設定があったり。
2011/05/03:ソヨゴ
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