Dキス+BL注意
 章人が蛍光灯をつけ参考書を開いていると、部活帰りの弟が兄弟共同の扉を開けた。章人と章吾は双子、共に高校一年生だが、難しい年頃ながら一緒の部屋を使っている。弟は程々に兄のことを尊敬しており、兄の方は程々に弟を可愛がっていて、実に理想的な兄弟である。近すぎず、遠すぎず。平均よりはちょっと近めで。
「おかえり、章吾。今日も部活?」
「でっすねー。兄ちゃんまた勉強?」
 偉いねぇ、と弟は呆れる。兄は穏やかな、それでいてどこかひんやりとした微笑を浮かべて彼に応えた。 そんなに、大変でもないよ。
「自分から机に向かえる時点で俺にとっては超人ですし」
「超人、だなんて……変なことを言うね」
 くす、くす。兄は控えめに笑った。何がツボだったのだろうと一般人な弟は戸惑う。
 確かに、章人と章吾は双子だ。しかし二卵性双生児である。外見などは瓜二つだがよく見ればやはり少し違って、性格に限って言えば、ほとんど真逆ですらある。
 兄の章人はミステリアスだ。穏やかで、冷ややかで、何を考えているのか分からない。秀才の彼はスポーツを好まず、体育の成績は底辺に近い。その教科も一通りできるが得意なのは文系科目。美しい顔立ちをしていて、彼女がいるというよりは高嶺の花と言われるタイプ。いわゆる、美男子というヤツ。
 一方、弟の章吾はスポーツ青年。バスケ部命の日々を送っており、勉学の方は疎かにしている。文系科目はからっきしだが理系科目は割と得意で、数学と物理が好き。明るく軽い性格で、__と言っても、案外義理堅かったりもするが__その見目の良さからか常に彼女がいるタイプ。いわゆる、イケメンというヤツだ。
「あ、そーいやさ兄ちゃん」
  さてそんな弟はベッドに腰掛け、彼に合わせてまたイスを回した兄に一言、お知らせをする。
「今日クラスでさー、兄弟の話になったわけ」
「兄弟?」
「そ。兄ちゃん、みんなに褒められてたよ」
 言いつつ、章吾は昼下がりの会話の内容を思い出す。『沢霧くんのお兄ちゃんって、すっごく美人さんだよね』。“美人”という形容は、なるほど兄に相応しいなと章吾はこっそり賛同する。綺麗な顔してるしな、なんて。自分のことは棚に上げて。
「そっか、……嬉しいな」
「美人さんだよねー、だってさ」
「美人?……そんなの、章吾もでしょう」
 兄は不服そうに眉をひそめた。弟はそんな兄を見て、こりゃ珍しいと目を丸くする。兄は基本、微笑んでいる。感情を表に出さない。滅多に顔色を変えないし、眉をひそめるなんてことは一年に一度あるかないかだ。何が兄の表情を変えさせたのかは分からなかったが、章吾は若干警戒をする。気をつけないとまずいかもしれない。
 もしかして、ちょっと苛々してる?
「俺は美人ってタイプじゃねーよ?」
「そう? 章吾は美人さんだよ」
「兄ちゃんに言われたってさぁ」
 今度は弟が顔をしかめた。彼はちぇっと舌打ちをして、すねた素振りでそっぽを向く。きょとんとする章人からは章吾の右耳が見えた。揃いのプラチナの髪から覗く、部活のせいで日焼けした肌。___そして、
「章吾」
「んー?」
 兄の呼びかけに答えた章吾は、彼と目を合わせ動きを止める。霧のように優しい彼の空気が、冷えている。雨に変わる。心地よいミストに慣れていた章吾は、少し、ぞっとするものを感じた。雰囲気が変わった、……一体何故?
「……ピアス、開けたの?」
「え? あぁ、うん。今日帰る時に」
 章吾は何気なく、答える。前から開けたいと思っていたので、たまたま部活が早く終わった今日友人と二人で開けに行ったのだ。実際に穴を開けたのは章吾だけであったが、今付けているピアスを選んでくれたのは友人である。もっとも、章吾にとってその友人はただの「友人」などではなく、親友であり、部活仲間で、さらに言えば“恋人”だった。なので、本当はお揃いで開けたかったのだけれど、……章吾に厳しい彼は一言「痛そうだから」と断った。彼のその、コーヒー色の黒髪と、ビターチョコレートブラウンの瞳に良く似合いそうな小さなピアスを、章吾は既に、見つけていたのだが。
「どう、似合う? 蔵未が選んでくれたんだけどさ」
 章吾は耳を軽く引っ張り、兄に対しておどけてみせる。無論機嫌の調査である。章吾の気持ちを知ってか知らずか兄の表情は険しくなって、抹茶の瞳はますます濃くなり、章吾は、首に冷や汗をかいた。 怖っ。
 でも、なんで怒ってんだろ?
「……似合うよ。章吾に似合ってる。……孝一くんは君のこと、よくよく、知っているからね……けど、」
 章吾の左肩に、章人の左手が乗った。そのままぐっと力をこめられ章吾の身体はベッドに倒れる。抵抗すれば力の強い弟が勝つはずなのだが、完全に不意を打たれた彼は抵抗にまで考えが及ばず、呆気なく押さえつけられる。章吾の髪の毛を耳にかけると、兄は弟の耳を撫でた。弟は、静かに混乱する。
「へ、え? 兄ちゃん一体どしたの、」
「似合ってるよ、章吾。君は何でも似合う者もの、……ピアスだって、すごく似合うよ。だけどね章吾、君は……悪い子」
 章人の指がピアスをなぞる。細く冷たいその指がくすぐったくて、吐息がもれる。
「んっ、……や、ちょっと兄ちゃんやめて、」
「動かないで。君は、いけない子なんだから」
「な、何でいけないんだよ、」
「だって、……章吾。君は、自分の身体を傷付けたんでしょう」
 兄の顔が近付いて、その口元は耳によせられる。章人は章吾に囁いた、__いけない子。君は、悪い子。__自分の声にとてもよく似た、けれど艶のある、湿った囁き。章吾は兄を押し返そうともがく。兄は耳たぶを柔く食んだ。力が抜けて、上手くいかない。
「だめだよ、穴をあけるだなんて……せっかく、綺麗な身体なのに」
「や、兄ちゃん、やめっ、」
「君は、いけないことをしたんだよ。だから、……お仕置き」
 兄の唇が耳からはなれる。章吾は、一瞬安堵した。だが章人の唇は、……今度は、章吾の唇を捉える。
「っ!?」
 章吾は慌てて逃げようとしたが、兄の舌の方が速かった。差し込まれた柔らかさに章吾の身体は反応して、絡むたび、ぞく、ぞくと、腰の辺りが疼いてしまう。唾液と唾液が密着して生じる熱は彼を溶かして、快楽が、章吾を侵していった。背徳感が彼を撫で上げる。不思議と、嫌とは思わなかった。嫌悪はない、ただ気持ちいい。でもこんなのだめだよ兄ちゃん、だめ、だめ、やめてよ、兄ちゃん、__口に出すことは叶わない。全て、兄に飲み込まれてしまう。熱がくらくらと彼を乱した。いやらしい音が耳に届く、しつこくしつこく鼓膜を揺らす、触れている兄の唇は自分のそれより瑞々しかった。唾が口の端から零れる。ぬるり、ぬるり、擦り合わされて、みるみる考えが纏まらなくなって、章吾は兄の腕に縋った。袖が握り締められるのを感じて、章人はわずか微笑む。口づけは酷く激しくなった。彼の中の何もかも、喰らい尽くそうと言わんばかりに。境界線が分からなくなる。もう、どうなってもいいような気がした。このまま食べられちゃおうかなんて、よこしまな、魅惑的な考え。口腔内が犯される、味わわれて、貪られて、章吾は自我を手放した。ただ、兄にしがみつく。兄はそれを微笑って見ている。
 唾液が糸を引いた時には、章吾はすっかり惚けてしまっていた。
「ん、ぅ……にい、ちゃん……」
「ごめんね、辛かった? けど君が悪いんだよ、……これは、お仕置きなんだから」
 一筋だけ零れた涙をいたわるように指で拭って、章人は、愛おしげに言う。章吾はまだ手を放さない。章人は章吾の手を、硝子でも扱うかのごとく繊細に、ゆっくりと解く。章吾の手はベッドに落ちる。
「ん、いい子。怖かったでしょう?」
「兄、……ちゃん」
「僕は、少し出掛けてくるから。留守番していて?……いいかい、章吾」
 ベッドから降りて、ドアの前へ。把っ手に手をかけながら、美しい兄は弟を見つめる。そうしてその、蕩けたままの彼の瞳に満足して、口をたゆませた。弓矢のように流麗なカーブ。章人は言い聞かせるように、それでいて誘うかのように、囁き声で、言葉を紡いだ。
「いけない子には、……お仕置き、だからね」
 キィ、と部屋の扉が開く。去ってゆく兄の姿を弟はぼんやりと眺めた。バタン、音を立て扉は閉まる。瞬間疲労に襲われた彼は睡りの中へと引きずり込まれる。穏やかに。雪の降る速度で。彼の瞼は閉じられていく。

シルバーの誘惑

 翌日。彼は、またピアスを開けた。
学パロ限定の沢霧兄弟。章人兄さんが、もし産まれる前に死んでなかったなら。

2011/09/09:ソヨゴ
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