あいつは今もどこかで生きてるんじゃないかって、そんな気がしてる。答えなんて分かりきっているのに。でも信じたいんだ、これはただの、悪い夢。

沈む、

「冬夏ちゃん。」
「鹿倉さん、こんにちは。」
 戸口をくぐると、疲れきった表情で、彼女は俺に会釈した。
 春秋が死んだことになってから、もう随分経つ。今日はあいつの十三回忌だ。
「すみませんわざわざ、東京から……」
「気にしないで。春秋は俺の親友だったんだし。」
「そう、ですか。ありがとうございます。」
そう言うと、冬夏ちゃんは目を伏せた。 もう何も、話したくないのだろう。

葬儀は長くかかった。周りの親戚筋は早くも立ち話を始めている。まあ、田舎の人付き合いなんてこんなものだ。
日帰りのつもりでいたのだが、冬夏ちゃんが引き止めてくれた。葬儀で疲れているだろうと断ったのだけれど、是非と言われて、結局好意に甘えることにした。

「いやぁ、智巳くん、久しぶりだねえ。いい青年になったな。」
「いえ、そんな。お父さんもお変わりありませんね。いつもお元気で。」
「元気だけが取り柄なもんでな。」
 お父さんは俺に酒をすすめてくれた。本人も、煽るよう焼酎を飲む。
「あなた、あんまり飲むと体に障りますよ。もう若くないんですから。」
「いいんだいいんだ、今日くらい飲ませろ。」
 お母さんの制止も聞かず、お父さんは俺のコップに焼酎を注ぐ。 投げやりに飲み続ける。 彼はコップを机に置くと、一瞬、動きを止めて。
 おもむろに、泣き出した。
「あいつも、生きてればきっと立派な青年に……ああ、飲みたかった。あいつと一緒に、酒が飲みたかった。あいつと、あいつと一緒に、酒が……」
 俺には何も言えなかった。俺は黙って俯いて、コップを硬く、握りしめた。

 お父さんはもう寝てしまった。縁側に出て涼んでいると、冬夏ちゃんが後ろから話しかけてきた。
「お父さん大丈夫だった?」
「ええ、まぁ。それにしても飲みすぎです。」
「確かに、すごい勢いだったな。」
はは、と軽く笑う。冬夏ちゃんも笑うだろうと思った。けれど何の反応もない。不気味な、ほどに。
 身の毛がよだつような心地がして、振り向く。背後に立つ彼女の顔は、何の色もなかった。
「良く笑っていられますね、鹿倉さん。」
「は?」
「あなたが兄さんを殺したくせに。」
「………え?」
「しらばっくれないで下さい。私、見てたんですよ。あの、幼い頃良く遊んでいたあの川原で。あなたと兄さんが喧嘩をしているのを。」
 首筋を、ひやり。冷えた汗が伝う。
「あの日あなたと兄さんは、川原で取っ組み合いの喧嘩をしていたんです。上流の方だったから、川も深くて。私桟橋から、見てたんです。ずっと。」

 理由は些細なことだった。あまりよく覚えてないけど、とにかくしょうもないことだ。頭に血が昇ってた。それを言い訳にしようとは、思わないけど。
 春秋を殺してしまった時のことは、鮮明に覚えている。
 俺の両手が春秋を突き飛ばす。春秋は体勢を崩す。ばちゃり。片足が川に浸かる。そのまま仰向けに倒れて、頭が、岩にぶつかる。軽い体が小さく跳ねて、もう一度鈍い音を立て、力が抜けたように沈んでいく。見えなくなる。しばらくして、静かに浮かび上がっていく。
 今さっきまで世界は俺の味方だったのに、春秋がでくの坊みたいに動かなくなった途端、世界は俺に敵意を向けた。怖かった。逃げ出した。夢だよあんなの、春秋が×んだ何てそんな、嘘だ。
 数日後。春秋は失踪扱いになった。
 一ヶ月経った。怖かった。三ヶ月経った。まだ怖かった。半年経った。まだ忘れられなかった。一年経った。二年経った。何年も時が過ぎた。何も起こらなかった。
 時が経つに連れあの日は遠くなり、記憶は薄れ、俺は本当にあの日をショッキングな夢かなにかだと思うようになった。あの日俺らは気の済むまで殴り合って、仲直りして帰ったんだ。その帰り道、あいつは不幸にも誘拐されたかなんかしたんだ。まだ生きてるかもしれないじゃないか。
 でも『あの日』は、夢なんかじゃない。

「私、許しません。鹿倉さんの人生、めちゃくちゃにしてやります。殺したりしてあげません。苦しんで下さい、一生。」
「………」
「何ですかその目は。わざとじゃないって言いたいんですか。被害者面して、ふざけないで下さい。」
「___違うよ。そんなこと言いたいんじゃない。」
「じゃあ、何て。」
「君の復讐から逃げるすべなら、あるんだってこと。」
「……もしかして、あなた、」
「そうだよだってこれは、悪い夢、なんでしょう?」
 冬夏ちゃんが手を伸ばして俺を捕まえようとする。その手が届く前に、俺は悪夢から逃げ出した。










ばーん。
昔書いた短編です。手直しうp。
結構気に入ってる話です。失踪、っていいですよね。

2010/01/09:ソヨゴ
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