花葬



 “棺囃子”が聞こえる。
 僕は黒板から目を離し、窓から外を見下ろした。大樹に紛れて見えないが遠くから確かに届く。棺囃子。朗らかな声。微かに開いた窓の隙間から花弁がひとひら入り込む。僕は黙って、それを手に取った。
 雪と見紛うほど真白な花弁は、ひとひらで十分に春の匂いを運んできていた。近づけて、香りを嗅ぐ。さして用もなかったので、手の平に載せ、優しく優しく吐息を与えて。くるり、一つ回ると、花びらはどこかへ去っていった。


 桜並木の中央を、しゃらりしゃらりと、妙な人々。俯いている上に目深に笠を被っていて、顔や表情は分からない。性別も不確かだ。集団はただひたすらに一つの棺を運んでいた。棺を持たぬ取り巻きは、へんてこな踊りを舞って。ゆらり、ゆらり、ゆっくりと、運ばれていく棺の中には、__絢爛な着物を纏う少年が眠っていた。
 少年が身につけていたのは、女物である色留袖。赤の地に淡紅藤の辻ヶ花文様、彩るように金の刺繍で雲や牛車が象られている。雅で女性らしい文様だが、しかし不思議と違和感はない。彼の眠る棺には、桜の花弁が敷き詰められている。絹のような少年。肌は桜の花よりも白く、しかし頬は甘そうに色づき、触れたくなるほどきめ細かい。稲穂のごとき金髪も、なめらかな長い睫毛も、まるで絹糸のようだった。閉じた唇は果実、苺、つややかで瑞々しい。儚げに眠る少年は動くでもなく息を止めていた。まるで初めから、息などしていなかったかのように。

  春の初めに うららかに
  小さなをとこの姫さまが
  棺囃子に乗せられて
  お稲荷さんに連れられて
  眠り人形の姫さまが
  おぅい おぅい 春だよぅ

 棺囃子は賑やかさを増す。はらはらと舞い散る桜。前が、見えなくなるほどに。鈴の音が、尺八が、哀れな姫を取り囲む。棺は丘の上へと向かった。てっぺんの、朱い神社へと。


 夕日が山向こうへと沈む。最後に土産を残すかのごとく、夕日は空を焼き尽くしていた。その風景に少年が一人。小高い丘を登っていく。てっぺんについてようやく、彼は小さなため息をついた。学ランの袖で汗を拭うと彼はまた歩を進め、無言でそびえる鳥居をくぐった。石畳を鳴らして歩く。音は控えめに鼓膜を揺らして、すぐにしんと鎮まっていく。その内、彼は足を止めた。神社の奥、桜の大樹。そこに眠る一人の少年。
「……空木。」
 そっと、呼びかける。無論返事はない。彼は少年の元へと、音を立てずに歩み寄った。起こさぬよう、気を遣って。その必要はないというのに。
 少年は花に埋もれていた。降り積もった大量の花弁、その中央で、息もせず。桜の花の小さな山は辺り一面を覆い隠し、凛として存在していた。少年は、幻のように。触れることのできないような。
「空木。」
 彼はまた少年の名を呼び、横たわり眠り続ける彼に、被さるように倒れ込んだ。身体が重なる前に手をつく。寂しげな碧眼は、物言わぬ少年をただただ優しく見つめていた。潤むでもなく、乾くでもなく。ただ静かに開かれている。
「君は……僕を置いて行くんだね。」
 答えぬことを知りながら。 在りし日の、赤い瞳を浮かべて。
「君は、逝ってしまうのだね。」
 桜に連れ去られていった、哀れな哀れな、をとこの姫さま。もう二度と会うことはない。お稲荷さまに連れて行かれた、哀れな哀れな、僕の姫さま。
「左様なら。」
 唇を合わせる。柔らかな感触を、儚すぎる幻を。繋ぎ止めておくかのように。長い間、永久に、永久に。
 やがて彼は唇を離した。そして立ち上がり、背を向けると、二度と振り返ることはなかった。
耽美なものを書きたくなって。でも耽美って難しい、何だか上手くいかなかったような。
しかし書いてて楽しかったです。

2011/04/03:ソヨゴ
inserted by FC2 system