もみじ、と。声に出してみた。

言の葉を染めて。

「何?」
「え?」
「今、呼んだでしょ?」
 図書室。俺の目の前でノートを開く彼女は、くるり。俺を見ながらペンを回す。
「あぁ…いや、呼んだわけじゃない。」
「だって今、もみじって。」
 お前の名前じゃなくて。俺は答える。 お前の名前じゃなくて、ほら。窓の外。
「____紅葉の方。」
「そ。」
 彼女は不服そうに眉間に皺を寄せた。また下を向き、参考書を開く。………不機嫌になることないだろ。
「なぁ、もみじ。」
「………」
「今度はお前の方。」
 彼女はしかめっ面のまま顔を上げた。 何?今問4解いてるんだけど。
「近いうちにさ、京都行こうぜ。」
「紅葉、見に行くの?」
 もみじと紅葉、見に行くわけ。彼女は刺々しい声を出す。 バカみたいじゃない。
「いいだろ別に。」
ちょっとムッとしつつ、応える。 つまんない女。
「大体アンタ、彼女いるんじゃないの」
「今フリー」
「じゃ、別れたんだ。」
 いやまぁ、そうなりますかね。曖昧な返事を返しながら、数日前の出来事に思いを馳せた。俺の方からふったばかりで、後ろめたい。その理由もまた罪悪感を増長させた。
 ごめん。俺、他に。
「他の子誘えば?見ての通り、最近私忙しいのよ。」
 彼女はまた俯いて、参考書へと目を落とす。 何だよ、つくづくつまんない女。
「あんたモテるんだから、他にも人いるでしょ。」
「モテてなんか、」
「うそ。今日アンタの靴箱に、ラブレター入ってたじゃない。」
 え、見たの。間の抜けた声。 何よ、人を覗きみたいに。彼女は苛立ちながら返した。 その時の俺の表情は、恐らく声と同じように間が抜けていたことだろう。
「入れるとこ、たまたま見ちゃっただけよ。」
 あぁ、なんとタイミングの悪い。
 ラブレターは名前も知らない後輩からだった。ご丁寧に学年とクラスまで明記して。 俺は、顔も知らないのに。
「その子と行けば。かわいかったわよ?」
「___あのさぁ、紅葉ってさぁ。」
 彼女の言葉はわざとむし。いぶかしげに顔を上げた彼女からあえて目を逸らし、俺は窓の外を見る。
「色んな色、あるだろ。染まり方って全然違うだろ。それってさ、ちょっと人間みたいじゃない?」
「___そうね。」
「でも一枚一枚見るわけにはいかない。山ほどあんだから。違うっつってもその形はほとんど変わんないわけで、特別なんてない、みんな一緒だよ、ほとんど全部同じだよ、だけど………それでも。」
 不自然に言葉を切る。彼女は睨むように顔をしかめた。 アンタさっきから何が言いたいの?
「それでも、それでもね、俺は____お前の色に目が止まるんだ。」
 ごめん。俺、他に好きなヤツができたんだ。




 もみじっていう、つまんない女。
昔書いた短編。こっぱずかしい学生恋愛。

2011/03/28:ソヨゴ
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