私は空気のようなものだ。それは分かっている。教室に入ったところで私に目を留める者はいない。
 それでも、そう。
「おはよう!」
「……おはよう。」
 彼だけは。 私が“いる”と、認めてくれた。

シュウマツ

 空峰レノ。ロシア人と日本人のハーフ。檸檬のような金髪と深い深いブルーの瞳が、その血を如実に物語っている。端正な顔立ちで、黙っていると彫刻のよう。それでもひとたび話しかければ、太陽のように明るい笑みを見せながら応えてくれる。優しい人。ひどく、優しい人。
 このクラスにおいて、私は疎外するべき存在だ。知っている。いつかなにかのタイミングがあれば、みんな途端に牙を向いて私をいじめの対象にするつもりで。分かっている、だからこそ、思い通りにはならないように。私は控えめな毎日を送っていた。
「そろそろ14日だねー」
「なーっ!もう作ったぁ?」
「まだまだ。材料も買ってないよ。」
 隣の席に群がる女子どもが中身のない会話をしていた。私は黙って鞄を置き、目立たぬように席につく。話題は渡す相手に移った。
「アユミは本命チョコ渡すー?」
「うん渡すよー」
「うっそマジ!?えっだれだれ」
「えーっ言いたくないなぁー」
 白々しい。どうせ言うくせに。結果の分かり切った問答などして何が楽しいのだろうか。言うまでもなくコイツらは、渡す相手など知っているはず。
「えっと、ね……空峰くん。」
「うわぁやっぱり!?勇気あるぅー!」
「競争率高いもんねー!でも、アユミなら絶対イケるよー」
 馬鹿みたいだと思いつつ、私は静かに本を開いた。文字の海を泳ぎながら飲み込めていないことに気付く。 動揺。
 空峰くん、なんだ。


 当日。
 迷いに迷った。でも…作ってしまった。鞄の底に眠ってるチョコは夜中までかかって作ったもので、それだけに不安が大きい。ない、と、思うけど____捨てられちゃったら。
 もっと言えば、私は「目立ってはいけない」のだ。人気者の彼に私がチョコなんて、それこそ引き金になるかもしれない。 誰にも、バレてはいけない。  黒板を見る。ゴミ捨て当番、空峰。


 私が焼却炉に来て五分、経った。彼はまだ来ない。どこかへ寄っているのだろうか。手の中のチョコレートを見る。____作るの、大変だったな。 「……もう、いいか。」
 私は重い鉄の扉を開いて中に箱を放り投げた。閉じて、なかったことにする。やっぱり私は渡せない。
 結果は、分かり切っているのに。____馬鹿みたいだから。
「いいんだよ、ね………私は、“空気”で。」
 それでもここにいるってこと___知っててくれたら、十分なんだ。



「___ん?」
 焼却炉の扉を開ける。と、汚らしいゴミに混じって、似つかわしくない色が見えた。ピンク色の綺麗な箱。
 手に取ってみる。小さなカードが挟まっていた。 『空峰くんへ』。
「……僕?」
 抜き取って裏返す。差出人は、“空気”。
「___ぶっ、」
 あっは、あはははは。思わず声を上げてしまった。 え、アイツ?アイツが僕に?
「アユミに渡すかぁ。」
 明日には。ぐちゃぐちゃに潰された箱が彼女の机に乗っているだろう。そしたらようやく始まりだ。君にとっては、終わり、だろうけど。
 表情を想像する。どんなカオする?どんな気持ち?ねぇこの世の終わりって感じ?教えてよ、____楽しみだなぁ。
 もう一度箱を見る。せせら笑って、俺は吐き捨てた。
「本ッ当………馬鹿な女。」

こっぱずかしい学生恋あ、___あれ?

2011/03/28:ソヨゴ
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