R-16程度で。
Q.Which is a TRUE?



 男はケーキを皿に載せたまま、しばらくの間それを眺めた。白くなめらかなクリームチーズ。頂上にのるラズベリーは飴でコーティングされていて、飾られた者特有の艶めかしさを振りまいていた。彼が買ったのはムース・フロマージュ。彼は特別フロマージュが好きという訳でもなく、そもそも甘ったるい物自体敬遠している節があった、しかし、彼は糖蜜の海で溺れ死にたいと欲することが稀にある、今回もそうだった。その焦燥感は狂気に近く彼は抗う術を知らない。喰らった後に襲いくるものが嫌悪と吐き気であることを理解してもなお逃がれられない。そして今、彼は髪色と同じ銀のスプーンを手に取った。……溶けすぎず残りすぎもしない絶妙なクリームの感触、……もいだばかりのラズベリーの反抗的な瑞々しさ、……まろやかすぎるケーキの中でほくそ笑むジャムの甘酸っぱさ。 彼は、何もかもよく識っている。

 娘の、皮膚の薄い、絹に似た肌を、しばし視線でたっぷりと犯す。必要なのはイマジンだ、……イマジネーションが官能を喚ぶ。男は娘を椅子に縛り付け、サテンのリボンで目を覆っていた。そこには何のフェティシズムもない。彼は彼女を愛してはいないしマニアックなプレイも好んではいない。彼は彼女の銀のメッシュから手を放し、別の椅子に座った。グロスを塗られた唇を眺める。彼は、何もかも取り去った後でただ一箇所だけ飾り立てるのが好きだった。“そそられる”のだ。それはグロスでもいいし、ネイルでもいい。シャドウでもいいしピアスでもいい。__いや、彼は彼女の耳に穴が空くことを好しとはしない。自分と揃いになるようで苛立たしくて仕方がないのだ。この女は、俺の下に居て、俺に踏みつけられていればいい、……彼女の髪に輝いている揃いの色の一房だって、引きちぎってしまいたいのに。

 男はスプーンを差し入れる。中央のジャムはまだ取っておく。チーズが甘ったるく舌でとろけ、それは想像した通りなめらかすぎるほどになめらかで、舌を撫でていく優しさに男はほんの少し微笑んだ。男は次にラズベリーを摘み、唇で飲み込むように口の中へと押し込んでいく。甚振るみたく転がして、唾液で飴を溶かしていく。身に纏っていたドレスを剥かれ生の果実が露になる。男はそれに歯を立てて、ゆっくりと、ゆっくりと、実に歯を食い込ませていく。豊かな蜜が溢れ出す、甘すぎるクリームの味を忘却させてくれるモノ。彼が、望んでいた通り。

 赤。彼女の口の端を伝う。彼女の形のいい唇を中指でなぞると彼は、痛いか、とだけ尋ねる。彼女は真黒なリボンの下で同じように黒い睫毛を震わせ、きもちいい、と嬉しそうに言った。彼は心底鬱陶しそうに眉根を寄せて、頬を殴る、鈍い音がして彼女は黙る、殴られた左の頬が赤く染まってチークのようだ。男は少し機嫌を直した。グロスがとれちまったんだ、化粧の代わりに丁度好い、__ならばどちらも殴らなければ。彼は右頬を暴力で染めて彼女は痛みで目を覚ます。あ、と小さく声をあげる。男は実に有名な聖書の一節を思い出した。順序が逆だな、と楽しげに。

 さてもう一口、と思ったところで、彼はあることに気がついた。 ジャムがケーキから流れ出している。
「あぁ、……行儀悪いなぁ」

「血で濡れてるなら前戯はいいか」
 いつだったか彼女は彼の子供が欲しいと宣った。この身体のシステムが彼女にそんな夢を見せるなら、一層こんなもの奪ってしまうか、粘ついた赤を掬い取りながら彼は考え唇を歪める。胎を裂いて引き摺りだす、その幻想は仲々に男の獣を掻き立てるもので男は自らの頭に巣食う野蛮な生き物に身を委ねた。牙に噛み砕かれながら彼は思う、これは、何だ? 『男』を獣に喩える時に人々はよく狼を使う、だが男の抱くイメージに気高い狼は相応しくない、ハイエナだ、と彼は思った。生きるも死ぬも見境なく、食い荒らし、奪い取る獣。ハイエナは赤に喰らいつき男はラズベリーを連想する、あぁ、ジャムだあの赤だ、ジャムに突っ込んで果てるのかそりゃあいいそりゃ最高だ。男は堪えきれなくなって声をあげてあはははと笑うあははははあははなぁ李伶、勿体ないから取っとこうか、子宮。



A.Both are right.
どちらも真実。

2012/03/13:ソヨゴ
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