「昨月は負傷者五名、病人死人共になし。皆よく励んでおります。」
「了解、報告ご苦労……っと、世間話くらいしていけよ。」
 報告を終えて帰ろうとした俺に、准将はそう声をかけた。

昼下がりに

「____世間話、ですか。」
「そ、世間話。 茶でも飲んでけ。」
 机に目を落とす。 香り立つようなレモンティー。
「お、珍しいな。」
 席に座った俺を見て、准将はからかうような声をあげる。
「たまには飲んでみようかと。」
 目を伏せつつ一口飲めば、香りが中で舞い広がって。 俺は驚いてカップを見つめる。
「これ…」
「美味いだろう?だから言ってるじゃないか、俺の作る紅茶は美味いと。」
 軍人とは思えないような優雅な手つきで、准将は紅茶を口に運ぶ。
「だのに床に捨てやがって。」
「申し訳ありません。」
 飲んどきゃよかったかも、と思う。だがあの時は………とてもじゃないがそんな余裕はなかった。いい香りは届いていたけど。
「まぁいいさ、気にしなさんな。 くだらない話でもしようや。」
「くだらない話ですか。」
「そう。話題ないか? ないなら俺から話すが。」
 残念ながら、と返す。普段小豆屋と話してるような内容を准将と話す訳にもいかない。
「沢城代将、知ってるだろ?」
「ええ。あまり関わりはありませんが。」
「アイツ最近、会う人会う人に聞いて回ってるらしいんだ。」
「何をですか?」
軍内で好きな隊員。
 は、と気の抜けた声が出る。好きな隊員?
「そんなもん聞いてどうするんですか?」
「知らねぇよ。 人気調査みたいなもんらしいが、調べてどうすんのかね。」
「____おヒマなんですね。」
「そのようだな。」
 一口、紅茶を口にする。その心地いい渋みを味わいつつ、また俺は口を開いた。
「それで、何か面白いことでも?」
「面白いかどうかは知らんが……男女どちらに聞いても、返ってくるのは大体同じ人物だったらしいぞ。」
誰ですか? 蔵未大佐。
「___へ?」
「お前だよ、お前。」
 そう、ですか。ぽつりと返す。 嬉しいような、そうでもないような。
「そりゃ光栄な話で………ん?男?」 「憧れだろ、憧れ。 女子はどうだか知らんがな。」
 女ってヤツは切り替えが上手いからな。 准将は呆れ気味に言う。
「戦場と日常と、上手く使い分けてきやがる。 あれじゃないか、部活の先輩にキャーキャー言ってるような心境なんじゃないか? マジなヤツもいたらしいけど、男女問わず。」
「………そんなこと言われましても。」
「まぁ戸惑うよな。」
「手放しでは喜べませんね。というか、喜べません。」
 マジなヤツ誰だよ。特に同性。
「まぁ軍隊なんてそんなもんだろ?お前だって詰め寄られたことない訳じゃあるまい。」
「准将だってそうでしょう。 俺は幸い何事もなく今日までやってこられましたが。」
 同じ軍人だからって、階級が同じだからって___実力までそうとは、限らない。
「あぁ、そういえば。 准将はどうだったんですか?」
「ん?いや俺はいなかったぞ。 小豆屋って答えたヤツはちらほらいたらしいな、主に女子。」
「それ…ぬいぐるみ感覚でしょう。」
「おそらくは。」
 俺は少しだけ苦笑する。 小豆屋はかわいいからな。母性本能ってヤツがくすぐられるんだろうか、女じゃないから分からんが。
 けど……少し意外だ。准将の名が挙がらなかったとは。
 頭脳を買われて軍隊に入った人だ、演習には滅多に来ないし………よく知らないってのが、一番の理由かな。
「准将、言って差し上げましょうか?」
「は?何て。」
「沢城代将に、尋ねられたら。」
比乃准将が好きですよ、って。
「____そんな気遣い要らねぇよ。」
「そうですか?」
つくづくかわいくない部下だな。 貴方相手には、ね。
「俺、上司からの信頼厚い方ですよ。」
「俺だって信頼はしてるよ、信頼は。」
「知ってますけど。」
「だからお前は……態度が違いすぎないか?」
 いいじゃないですか、別に。 俺は紅茶を飲み干して答える。 おべっか使われんのも、気味悪いでしょう。
「まぁ……今さらだな。」
「ほら。」
 気は遣うには遣うけど、ご機嫌取りは向いてない。 准将相手じゃなおさらだ。
「では。紅茶、ありがとうございました。」
「ん。じゃあな孝一。」
 席を立つ。 准将は湯気の薄くなったカップを置いて、軽く手を振った。
「___あぁ、そうだ准将。」
「んお?」
「紅茶、むちゃくちゃ美味しかったです。」
 微笑んでから部屋を出る。 さて、五時からまた演習だ。


「…………なるほど。」
ありゃぁモテるはずだわ。

たまにはほのぼのな二人。

2010/01/19:ソヨゴ
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